小林カツ代というすごい人がいたことを忘れてはいけない(その1)
ここ数年、小林カツ代にハマって、彼女の著作や関連本を読み漁っている。
本屋の料理本コーナーに立ち寄ってはどれくらい彼女の本が並んでいるかをチェックするし、レシピに習って料理を再現するのも趣味になっている。
「小林カツ代って誰?」って人は、これを機会に覚えてほしい。『FGO』であれば☆5サーヴァントで召喚されることは間違いないし『civilization』の指導者キャラになればチート扱いされるだろう。(真面目にいえば、家庭科の教科書に掲載されるくらいの偉業がある人だと思っている)
簡単にいえば、日本の家庭料理を進歩させ、多くの家事従事者を救った料理家だ。
ただ、彼女の功績はあまりにも大きすぎる上に、そのほとんどが日常にすんなりと溶け込んでしまったため、あまり正面から評価がされているとはいえない。(そこがすごいんだけどね)
僕も数年前までは「小林カツ代?テレビの料理番組に出てた人ね』くらいの認識で、気にとめていなかったのが正直なところだ。
しかし、2015年に出版された『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』(阿古真里)を読んで、ひっくり返った。家庭料理の分野でこれだけ活躍した人がいたのかと、見る目が完全に変わったのである。
「もしかして、彼女の人生をたどれば、めちゃくちゃ面白いものが見えてくるのでは?」といった思いは、続く2017年に出版された『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(中原一歩)を読み、確信に変わった。
とりあえず、すでに興味が湧いた人は上記の2冊を入手して読めばいいと思う。それだけで、表にはあまり浮かび上がらない日本の家庭料理史の世界を学べるはずだ。
(余談だが、阿古真里さんの『昭和の洋食 平成のカフェ飯: 家庭料理の80年』もおもしろいので、もっと広範な家庭料理の歴史を知りたい人にはおすすめしたい)
以降では、小林カツ代の何がすごいかざっくり紹介しよう。
"時短”料理レシピの開拓者
彼女は生前に230冊以上の著書を残しているが(この時点ですごい)、それらの仕事の中で最も大きい功績は"時短”料理レシピの発明だろう。
時短とは、時間を短くすること。料理の手間をできる限り省略し、楽して簡単に作れるようにするレシピである。
例えば、彼女のレシピには、全く具材を炒めないカレーがある。
最初から野菜を茹で、最後に豚薄切り肉をヒラヒラとルゥにくぐらせておしまいというものだ。
僕も実際に試したけれど、このレシピなら豚肉の味が外に逃げ出さないし、肉質が固まっていないので、しゃぶしゃぶのように食べられる。何より調理が早い。じっくり飴色玉ねぎを作る必要もないので、時間はかけたくないけどカレーが食べたいときに重宝している。
今では料理に時間をかけないようにする工夫は当たり前となったので、ピンとこないかもしれないが、彼女の活躍した70年代~80年代はこれが革新的だった。なぜなら、当時は「料理=愛情」という観念が強く、時間と手間を惜しまないのが世間の常識だったからだ。
しかし、高度成長期以降の日本は、夫婦の共働き化が急速に進む。そうなると、従来のような手間のかかる家庭料理は難しい。調理時間に縛られ、家事が苦痛になる人も増えてしまう。
そんな時代に小林カツ代は『働く女性のキッチンライフ』を刊行。「とにかく仕事を持ち続けていきたいというのであれば、少しでも良い方向に、らくな方向に持っていく方法論が、もっと論じられてしかるべきです」と宣言し、週一家政婦の導入やお惣菜の活用など、料理だけでなくライフスタイルについても積極的に時短化を訴えるのだ。
その後、数多くの時短レシピを紹介し、従来の料理では定説となっていた常識を次々とくつがえした。「ほうれん草は茎からではなく葉から湯掻いて大丈夫」、「昆布は沸騰させて少しくらいグラグラさせても十分に出汁はとれる」など、発明は枚挙にいとまがないが、その多くが家庭料理のハードルを大きく下げたことは言うまでもないだろう。
つまり、小林カツ代は時短料理を提唱して、女性のワークライフバランスを劇的に改善した人物といえる。彼女が亡くなった後も多くの女性たちにレシピが愛用されているのもうなずける。
勘違いしてほしくないが、小林カツ代は決して料理を積極的に手抜きせよといっているのではない。家庭料理はそれぞれの家庭の事情に合わせて柔軟に対応するよう提唱した人である。
だから、彼女のレシピ本の中には、本格的な家庭料理もたくさんあるし、同じメニューでも本ごとに細かく変更を入れている。そうした間口の広さも彼女の魅力のひとつだったのである。
長くなったので、この話はまた次回。