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ふと顔を上げて微笑む貴方にどうしようもなく惹かれ

「では、今日もお仕事頑張りましょう!」
某大手通販の巨大倉庫で、発送エリアを管轄するリーダーが溌剌とした声で、仕事の始まりの挨拶をスタッフ達へ掛けた。
「はい!」
スタッフ達は一斉に返事をした後、各々自分の持ち場に散っていく。

私もバーコードを読み込むコード機を片手に持って、足早に目的地へと向かう。
この仕事はとにかくスピードが大事で、けれど丁寧かつ正確に作業しないといけない。
体力もそれなりに必要だ。

卒業は出来たものの、出席日数が少なすぎたせいで高校の紹介による就職活動が出来なかった私が、この会社に即採用されたのは実家がじり貧だった私にとって本当に救いだった。
ただ運動神経と速読が得意なだけの私にはピッタリだったのだ。

機械のモニターが示す数字を確認し、黙々と作業をこなしていく。
この作業の良いところは無心になれるところだ。

「キーンコーン」
時間はあっという間に過ぎお昼を知らせるチャイムがなった。
一旦仕事は休憩だ。
画面の右端に自分が終えたタスク量が表示されて、フフと笑う。
今日こそ達成率上位に入るかもしれない。

倉庫エリアを出て、食堂へ向かう。
ここでしっかりと休憩し、ご飯でエネルギーを蓄えないと午後の終盤にはバテてしまう。

おにぎり2個と豆乳、ローソンからあげ、そしてプロテインバー
これが私のいつものお昼ご飯だ。
もくもくとご飯を食べていると、
「花菜さん今日もプロテインバー食べてるの?」
と後ろから声が掛かってきた。

「はい今日はチョコレート味です!」

声を掛けてくれたのはエリア管轄のリーダー渡辺さんだった。
「野菜ないじゃん、野菜も食べな?」
そう言って自分のお弁当箱を開けプチトマトをくれた。
「いいんですか?わあ!ありがだく頂きます。美味しい~」

「ふふ、午後からも仕事頑張ろうね」
「はい!」

そう言うと、彼女は各々のリーダーが集まるテーブルへと向かった。
彼女の背中をチラッと見た後にすぐ窓の外の風景を見る。
私は彼女が好きだった。
だからこそじっと見つめないよう意識して目をそらす。

彼女は気っ風がいい女性で、私以外の他のスタッフ達にも慕われている。
スタッフがミスをして注意する時も、常に丁寧に諭し、落ち込むスタッフのやる気まで盛り返す人なのだ。
切れ長な面立ちに長身、スラッとしていてとても格好いい。
彼女を見るとどうしても憧れと恋慕がない交ぜになって、私の心は四尺玉花火が大量に打ち上がる。

今日はラッキーだ、と心が弾んでまた仕事場へ戻る。

午後の業務開始から一時間程すると、画面に表示される指示番号が大きな貨物に変わってしまい、労働時間終了までそれが続いてしまった。
そのせいで午前中に比べてあまり数はこなせず、思うような結果が出なかった私は少し気落ちした。
とぼとぼと端末を管理センターまで返却しにいく。

ズラリと並べられた端末の充電池にコード機をセットして、隣のテーブルに設置されているPCに情報を打ち込んでいく。
私の派遣ナンバーを入力し、ログアウトをすれば今日の業務は全て終了だ。

リーダーの渡辺さんへ「お疲れ様でした」と挨拶をする。
端末全てのシステムを管理するパソコンに注視していた彼女は、パッと顔上げて「花菜さんお疲れ様!気を付けて帰ってくださいね」と微笑みながら一言。

落ち込む私の精神は全部吹っ飛んだ。

「はい!気を付けます!お疲れ様でした!」

そうテンション高めに返事して、その場から離れた。
ただ少し、微笑まれただけで心が軽くなるのだから単純すぎる。

どうしようもなく彼女に惹かれてしまう気持ちを押し殺して、また明日も頑張ろうと思う花菜だった。







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