二次創作小説とVtuberの相性について
この記事は、いつもお世話になってる(小説読ませてもらってる)SYSTEMAさんの記事へのお気持ち表明です。
あくまで個人的意見が多いので、えぇ!と思われるかたもいるかもしれませんが、その時はぜひ意見交換しましょう。
①供給が多くて情報が整理できない
Vtuber、特に大手というのは毎日の配信も多く、切り抜きなどのまとめがあっても実際に追いつかないくらい情報量があるのは事実だ。
それに対してどうしても消化(昇華でもいいのかも)に時間のかかる小説の場合だと、「自分なりの解釈」をしてある意味オリジナルの展開を考えるはずだ。
そこがある意味イラスト(一枚絵など)とは違うところで、ストーリー性+そのVtuber自身の特徴のイメージのすり合わせがあるからこそ、どうしても時間がかかるながらも大変面白いものだとも思う。しかし、配信などで新たな一面が見えるのも事実で、そうだったんだとイメージが壊れる=「解釈違い」となってしまい、どうしても違うと感じてしまう。
ただ私自身としては、そのイメージもある意味そのVtuberなんじゃないかと思う。イメージというのは、視聴者自身も知らないしもしかしたら本人もよく知らない・考えていない部分を補完するものだと思っている。そのイメージにずれが生じたとしても、そのイメージを構築するまでの周りの情報というものが整理されていれば、そのイメージについても納得してしまうと思う。
これは私もssを書いてもらって感じたことだけども、自分が普段何気なくしていることもssではイメージして書いてもらっていて、そこに齟齬があったとしても読んでいる本人としては「確かに考えたことなかったな!」とか「言ったこと確かにないな...」って気持ちになって、そこまで考えてくれてるんや......ありがてぇ......ってなる。
小説を書いてる方の心の中に”自分という存在”があるんだって思えて感動まで覚えるから、イメージの齟齬についてはあまり気にしなくてもいいと思った。あんまりかけ離れると違和感が大きくなるのは仕方のない問題だけども....
②Vtuberの方への貢献ができないあるいは、時間というリソースを割くことになる。
確かに小説は読むのに時間がかかる。物にもよるが長編になればなるほどどうしても読むために意気込んでしまうのも事実だ。むしろセリフや朗読とかではなく、単に小説として紹介するVの人って見たことないかも。
大手ではない弱小の個人が大きく言うことではないが、”自分”が出ている作品を読む・見るという時間というのはとても大事なものだと思う。
我々がこうやって活動を続けていけるのはひとえにファンの人の応援であり、声であると思う。配信で面白いコメントがあれば思わず見返してしまうし、私自身は頂いたイラストをL版印刷したり、小説は別のHDDに保存したり、企画でもらった小説を読みなおしたり、もらったお手紙を見て泣いたりだってする。その時間がなければ多分まともに活動を続けられない。
小説のいいところは①でもいったように、その作者の中に「自分が存在すること」が強みだと思う。イラストでも漫画でもある意味再現のできない物語の中の存在感。第三者視点からみれる私のイメージ。それは自分でも思えない程かっこよかったり、強かったり、やさしかったりする。肉体じゃなくて、私自身を存在たらしめてくれる小説というのは、ものすごくありがたくて、それを読むことへの負担を感じたことはない。と私個人の意見として断言する。
③Vtuberそのものが物語を紡いでいるためバッティングする。
これはいろんなVのあり方にもよるところが多いと思う。自身の存在を、自分が物語るストーリーの主役におくVの人もいれば、趣味を楽しみたいだけのVの人もいるし、得意なことで大きな舞台に上がっていく人もいると思う。その人の歩み方があるし、その人が紡ぐストーリーがあるのも実際のところ。でもバッティングしてもいいんじゃないかなと思う。二次創作ではきっと「こうだったらいいな」って夢や希望が込められていると思う。それがどんなジャンルに及んだとしても。その作品を読んで、こうなれたらいいなと認識を改めることも実際ある。私自身もある。その「なれたらいいな」に向かっていけるのがVのいいところだと思っているから、その具体性を示せる小説っていいものだと思う。
ただその夢や希望っていうのが重荷になったり、きっと視聴者自身の欲の表れになっている部分もあるから、(最近意味を成しているかわからないけど)ゾーニングは大事にしていかないといけないと考えてる。
*ゾーニングについて
ゾーニングは正直最近あまり意味をなしていないと思う。これはV個人もちゃんと肝に銘じておかなければならないことだけど、「イメージは独り歩きするもの」であって、V個人の手に負えないものになってしまうことはどうしてもある。ゾーニングしてくれているという配慮を受け取ったうえで見るべきであるということは、きちんと理解しておきたい。
視聴者としても気遣わなければならないことであって、我々の望むイメージが欲望に絡まりすぎている場合が多々ある。歪められたイメージは本人に見えないようゾーニングを行い、前提としての注意を入れるなどの、マナーは守るべきである。
④最後に
二次創作小説について無意味であるなんてことは一切ないと私は断言できる。というかファンでもあり、Vをしている者としては、自分に対しての二次創作も推しに対しての二次創作も等しく喜ばしいものであると思う。ファン同士の交流とかを目撃するとにっこりするのでぜひもっとしてほしい。(小生の場合ファンというより豚組の仲間~という感じが強いが....)
私が長く楽しくVtuber続けていけるのも、創作してくれる皆様、応援してくれる皆様の応援のおかげだっていうのを改めて感じたので、また頑張っていこうと思いました。