【Person】 最も起業家らしくない起業家、奥野ゆりあは、継続が苦手。。
こんにちは、最も起業家らしくない起業家、奥野ゆりあ(おくのゆりあ)です。
さて。
とつぜんですが、「継続は力なり」って言葉、巷ではよく耳にします。
最初2記事書き上げて、そのあとブログが続かなかった私です(笑)
3日坊主なんていう言葉がありますが、3日も続かなかったわたし・・・どうしたものか。。。
そんな自分を戒めるためにも、今回のテーマは「継続」にしてみます。
『起業家とは継続のプロである』
『気分屋の私が、継続してこれた理由とは?』
『最も起業家らしくない起業家は、継続が苦手?継続の鬼?』
『起業家とは継続のプロである』
少し話はずれます。
わたしは自分のことを「最も起業家らしくない起業家」と謳っているのですが、
そもそも「起業家っぽい」って、みなさんどういうイメージでしょうか。
ホリエモンのように過激な言動で世の中に刺激を与える人?
トランプ元アメリカ大統領のように、経済に明るく、巨万の富を築いている人?
今巷で噂の西野亮廣さんのように、どんな批判を受けながらでも自分の信念を突き通せるような人でしょうか。
私の「起業家」のイメージは、「自分の理由で燃え続けられる人」です。
ポイントは「継続」。
どんな小さなことでも、周りからは、意味がない、変だ、と言われることでもいい。自分はこれがやりたいんだ、これのために動くんだという理由を持ち、その達成を信じて動き続けられることです。
パナソニック創設者の松下幸之助さんの言葉で
「成功とは成功するまでやり続けること」という言葉があります。
ほんとそのとおりですよね笑笑
シンプルだけど深い。
で、私はというと、、、継続とは程遠い性格です。「飽きっぽい」「気分屋」「不器用で慣れるのに時間がかかる」
ということで、自慢じゃないんですが、自分で新しいことを決めて、一人でそれをやり抜いていくことが極めて苦手な性格と言えるんです。
『最も起業家らしくない起業家は、継続が苦手?継続の鬼?』
けれどそんなわたしは、周りからはよく「継続の鬼」と言われます。
小学校5年生で始めたバドミントンは、結果的に10年継続し、近畿大会出場まではいきましたし、
最初特段得意であったわけではない英語も、TOEIC965点、ネイティブスピーカー相手に多少の交渉ができるところまでは上達しましたし、
なにより経営の準備をスタートしてから丸6年。特に最初は失敗してばかりで、周りからは批判や反対を受けたこともありましたが、そんな私でもここまでダブルワークでいろんな準備を積み重ねながら、ようやく立ち上げるところまで来たのです。
が、これらは、偶然継続したものを挙げて、みんながいいところを褒めてくれているだけ(笑)
実は人生全体を振り返ると、途中で飽きて諦めてきたことのほうがよっぽど多いです。
小さいころに親に通わせてもらっていた、ピアノ、少林寺拳法、体操、そして数々の通信教育・・・
すこし興味でかじろうとした、カメラ、フランス語、韓国語、ハーモニカ、ローラースケート、アラビア語、
自分にスキルを身に着けたい!と資料請求、参考書などを購入した、簿記、FP、カフェ運営、社労士、国連英検・・・
ひゃー、簡単に振り返るだけでもこんなにあるのですから、きっと忘れ去ってしまったものもたくさんあります。
そもそも、世の中でいろんな大きな結果を出している人からしたら、10年やら6年やらなんて言うのは大した継続ではないでしょう。
それでも、NOTEの日記を2日間しか継続できないわたしからしてみたら、バドミントンや経営を継続してきているのは、すごいことじゃないですか?
我ながら賞賛の拍手を送ってやりたいくらい(笑)
『気分屋の私が、継続してこれた理由とは?』
では、どうしてわたしがいくつかの物事については継続することができたのか?
それには主に3つ大きな理由があります。
① 周りの環境に恵まれていたから
② 目標が明確だったから
③ 不器用だったから
一番大きな理由は、①の「環境」です。
私は中学でバドミントン部に入るときは、小学校のときにクラブ活動で軽くやって楽しかった程度の軽い気持ちでしたので、
入った中学のバドミントン部が、まさか近畿大会を目指すような鬼顧問がついている部活とはつゆ知らず。
ラケットの握り方を教わる前から「目指せ近畿大会!」という洗脳を受け(笑)、
そういうものなのか!!!と流されたまま、鬼の練習の日々に突入。
気がつけば「私たちは近畿大会に行かなければならない!」という謎の義務感の中、異常なまでの仲間の結束が生まれ、
結果、スポーツ推薦で集まったわけでもない私たちが、市内では負けなし、
京都府下でもBEST2の成績までこぎつけ、最後にはいよいよ近畿大会に出場してしまったのです。
その監督、そして負けず嫌いが集まった同期の仲間たち。どちらからでも欠けていたら、私たちの近畿大会出場という結果はなかったですし、そこまで継続できていなかったでしょう。
次に②の「目標が明確だった」こと。
正確にいうと、「目標を明確に提示してもらえる環境にあった場合には、頑張れた」という言い方のほうが正しいかもしれません。
同じ練習内容、練習量だったとしても、
もし監督が「俺たちが目指すのは京都市1位だ!」と言っていたら、
「そういうものなのか!」と必死に同じ練習に食らいつきながらも、
おそらく私たちは、京都市1位止まりだったでしょう。
どこを見ているかで、その人の結果が大きく変わるのは、このバド部時代で大きく実感しましたし、仲間が誰一人欠けることなく走ってこれたのは、その明確な目標に迷うことなくまっすぐ進めてこれたからだと思います。
そして最後の「不器用だったから」。
これは、わたし個人の話ですが、基本的にわたしはあまり器用な方ではありません。何かで一番になるとかもないですし、勉強も運動も、だいたいクラスの中の中にいる、いわば一般人です。
なので、昔から、何か特化した才能を持った人に憧れ、時には劣等感を覚えながら生きてきました。
なので、最初に何かをスタートするとき、最初っからうまくこなせた試しがないのです。
でも、わたしがラッキーだったのは、不器用だからこそ「わたしが最初っから全部上手くできるわけじないじゃん。」という、なんともネガティブな前提が、昔から根付いていたことです。
失敗は、好んでやりたいものではありません。わたしだって、もちろんできればやりたくないです。
でも、環境と目標が揃ってしまっていて、前に進むことがもし決まっているのであれば・・・!わたしの前提は、非常に上手く機能します。
わたしの前提は、「最初からできるわけがない」=「上手くできるまでやればいいんだ」「あと何回くらいやったら上手くできるかな」という発想にうつります。
この変なネガティブ前提が、成果は早くなくとも、足を前進させ続けさせてきてくれたことは、間違いありません。
さあ、この3つが揃って、初めてわたしの「継続力」は発揮されます。
NOTEの日々の継続に、この3つは揃っているのでしょうか・・・?
これからの更新にご期待ください(笑)
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