発達グレーでした

自分の生きづらさとはどこから来るのかと研究に研究を重ね、家族病理を見ていけば、自分には何かしらある、人とは違うということを頭ではわかっていた。しかし私の幼い頃はまだ、ASDや知的障害は、原因不明、遺伝ではない、親のせいではないと言うことがよく言われていたらしく、私の母親もよくそのことを言っていた。
後で知ったが、当時そういうふうに言われていたのは、障害の持つ親が差別に合わないようにという配慮からで、そういう論文とかが出ていたようであるという話も聞いた。(ちょっとどこまでがホントかわからない、調べてません。すみません。)

思い起こせば、小学生の頃から生きづらさを感じていたし、小学生の分際で、学校の制度などに対しても不満があった。しかし家にも居場所がなかったのと、一応勉強は好きだったため、いじめられていたのにもかかわらず、反骨精神で不登校にはならず、それなりの成績で、大人しい子、真面目な子、変わった子、位で済んでたのかもしれない。
仕事上でも支障が出るようになったのは、20代後半。その頃ACとか、機能不全家族等という言葉を知ったし、その頃、生きづらさmaxで、母親に私は発達障害ではないかと尋ねた。鬼の形相で怒られた(笑)

それから約10年経つけれども、心理学のいろんな知識とか、無料でいくらでも有名な専門家や研究者の人の話とか聞けるようになってきて、発達障害関係のライフハックとか、対応方法とかそういうのは主に父とか、周りにいる発達障害の友達を助けるため、また自分も対応方法を知るためよく見ていたことが始まりだったんだけど。

ある時、職場で何度かパニックになってしまい、上の人と話すことがあった。その際、心療内科に数年通っていること、過緊張があり、薬を飲んでいることなどを自然な流れで話すこととなった。私としてはこの事は自分の中では当たり前であって、何かなければ話したりする必要はないと思っていたんだけれど、普通の職場だったら、私はただ敏感な人という括りでは居られないのだと、意識せざるを得ない出来事であったそう、俗に言うカミングアウトというやつだと思う。上司は、上の人にこのことを伝えていいかと聞いた。その方が配慮をしてもらえるからと。私は承諾した。と同時にとても混乱していた。
今回のことを主治医に話すと、このタイミングで話をできたのは良かったと言う。私もいわゆるカミングアウトというものを初めてやったし、それまで主治医にはっきり「発達グレー」とは言われていなかったのである。

もう少し世代が若かったら、もっと早くに療育できてたんじゃないか。何度も何度も転職を繰り返していたのも、思い返せば、過剰適応により、二次障害で鬱になってやめるパターン。でも、理解される環境にいれば、パニックはあまり起こらない。私の場合、父親的なもの、支配的なものに触れるとそのアラームが発動してしまう。また過敏さも出てしまう。余裕がないと過敏モードが続いて、毎日生きていくのが本当につらい。

私は発見した。どうやら定形発達の人たちは生きるのは辛くないらしい。そこまで疲れないらしい。寝たら疲れも取れるらしい。お風呂に入れない位に消耗して何もできなくなることもないらしい。何日も食器を洗わないこともないだろうし、何日も片付けができないこともないようだ。
思えば、近い親戚に、何も捨てられずゴミ屋敷のようになっている人がいる。その反動を受けて、何でも捨ててしまう人もいる。すごい。
そして近い親戚にはパーソナリティ障害のような人もいる。
そして、両親は、特に父親はもろ発達障害「黒」である。しかも自分が困らないタイプのやつ。周りがめちゃくちゃ困るやつ。でもあの時代だから首切りに会うこともなくラッキーだった。ただそれだけ。母は愛着障害がつよいと思ったけど、結構発達もあるんちゃうかと思う。

と言うわけで、育った環境は虐待の環境、そしてASD的なコミニケーションを常に強いられる、そしてヤング、ケアラーであり、弟の面倒はおろか親の面倒まで見ていたわけ。しかし、それは私の人生にとって普通のことであった。だって、他の家庭の様子なんて見れないから。
うちの家族なんかおかしいかもっていうのが確信に変わったのか大学生の時だ。
(父がおかしいと思っていたのは、けっこう前からである)

年末の、発達グレーだった、そしてそれをカミングアウトしたと言うのも初めてだったし、この一件にすごく消耗して風邪を引いた。2週間調子が悪かった。「発達障害の人が、上手に〇〇」シリーズの本をめっちゃ集めて読んだら、モロ自分に合ってはまった。自分は特別な配慮が必要な人だったのだと言うことを知って安堵したと同時にショックをかなり受けて免疫が落ちた。そんな年末だった。

これからどんなふうに過ごしていったらいいかという事は勉強中であるが、
手帳を取って、そういう枠で入った方が枠で入ることもできるんやんなぁと思いつつ、しかし私の場合は限りなく白に近いグレーのような気がする。環境さえ整っていれば、かなりパフォーマンスは出せるし。
しかしながら、パフォーマンスを出せると思っているけど、ある意味感覚鈍麻だから、パフォーマンスは出せると思ってるけど、限界を超えてただやってるだけの部分もある。事実、今、週5勤務で週末休みであるが、土日動けなすぎ。そして今回、体は無意識に分かっていたのだろう。月曜日になったら、微熱と言う始末(火曜日、今回は祝日)、結果的に4連休になってしまった。だが、5日連続勤務して、働きすぎで、そして4日連続休むって、相当やばいな相当無理してたなぁと思ったのだった。

話が長くなりましたが、私は頼るものがなかったわけです。そして、私のような人が引きこもりになったり、自殺をしたりするようです。

普通以下障害未満と言うやつでしょうか。本当に救いを必要としている人というのは、周りから見て「救いが必要な人に見えない」ということがあると聞きます。
壮絶な人生でした。
ですので、前置きがとても長くなりましたが、自殺以外に逃れる道がないと思っていた私に、救いをもたらしてくれたのは、キリスト教だったのであるが、まっとうと言われていたプロテスタントのキリスト教だったんだが、そこもあろうことかカルト化していて、
やはり、同じような周波数で引きつけるんやろうか。
そうすると私が信じていたキリスト教というのは、もっともっとカルト的な教えだったから、本当の教えでは無いから、私は本当は信じていなかったのではないかとかそういうことを思うのであります。
そして、よくよく観察すると、周りの幸せそうな普通の人たちを見ると、宗教に頼らなくても楽しそうに人生をやっています。
某Podcast配信者の人が言ってたけど、教会に行くと問題が増える。ある意味そうでしたと、私のような人生ハードモードの人じゃないと普通教会とか行こうと思わないいんじゃないですか?たまたまプロテスタントの教会につながって、某新興宗教とかでなかったからよかったかもしれないですけど、プロテスタントで真っ当な教会も存在することには存在するので。

私のようなやばい人がいっぱい集まってたら、そういう発達の人とか、いっぱい暴走する人が多くなるのは必然だなぁ。教会とは、そういうコミュニティーなのかなと思うようになった。牧師になる人は控えめに言っても変な人ばかりだし、宣教師も正直控えめに言っても変な人だし、自分の国で牧師できない人が日本に来ているし(現に、そういう問題もあるそうです) 、無学でも日本に来ればなんとなく宣教師できてしまうということもあるそうです!!!

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