工場戦士:Episode8「初めての合理化」
工場長との会話
ある日、敏夫は久間とともに、厚板工場の皆川工場長を訪れることになった。ものづくり改善部門に所属する敏夫は、生産性向上という名目で工場の要員合理化のミッションも担っていた。これからの業務に対する責任の重さを感じつつ、彼は工場へと向かった。
一貫製鉄所と呼ばれる高炉を有する敏夫が働く製鉄所は、約1万人近い作業者が働いている。その中で、帝都製鉄の直営社員は約2000人であり、残りの8000人は協力会社と呼ばれる外注作業者から成り立っていた。
製鉄所の各工場は、本社からコスト削減のミッションを命ぜられており、毎年5%の要員削減を求められていた。要員削減の方法には、投資を伴う自動化、遠隔化、機動化があるが、投資が難しい場合は「知恵の合理化」と呼ばれる工夫が必要だった。
遠隔化は、稼働率の低い2つのポジションを1つに統合し、遠隔操作で管理することで人員を減らす方法だ。機動化は、複数のポジションを1名が巡回操作することで、少ない人数で多くのポジションをカバーする方法である。しかし、どちらも人員は減るものの、生産量が増加した際に対応が難しくなるリスクがあった。
厚板工場では、直営社員の剪断工程で遠隔化を行う設備投資を行ったものの、思ったように生産量が出せず、別の合理化案で代替する必要に迫られていた。そこで、工場長の皆川は久間と敏夫に相談を寄せたのだった。
工場長室に到着すると、皆川が二人を出迎えた。
「久間さん、お待ちしていました。そして、君が佐藤君だね。」皆川はにこやかに敏夫に声をかけた。
「はい、佐藤です。よろしくお願いします。」敏夫は少し緊張しながらも、丁寧に挨拶を返した。
皆川は、スラブ手入れ工程と呼ばれる工程で外注作業者の能率改定が見込めることを話し始めた。スラブ手入れとは、鉄を熱して薄く延ばす前に、表面の傷を取り除く重要な工程である。この工程で傷が取り除かれないと、そのまま鉄板を延ばす際に傷が広がり、製品の品質に大きな影響を与えてしまう。
「この工程を担当している外注作業者には、1トンあたり10,000円で支払い契約をしているんだ。この契約能率を下げることで、工場の支払いを削減できると考えている。」皆川は具体的な説明を加えた。
久間は話を聞き終わると、敏夫に目を向けた。「佐藤、小野田さんに習いながら、スラブ手入れ工程の新しい能率を設定する仕事をやるように」
「わかりました。ぜひ取り組んでみます。」敏夫は強い意志を持って答えた。
皆川工場長と久間の期待を背に、敏夫は新たな任務に挑む覚悟を決めた。この合理化がどれだけの効果をもたらすかは未知数だが、敏夫は一歩一歩着実に進んでいくしかなかった。
彼は改めて自分の力を信じ、この挑戦を乗り越えるために努力することを誓った。製鉄所の未来を背負う若手として、敏夫はまた一つ、成長の階段を登ろうとしていた。
合理化案の提案
敏夫は久間からの指示を受け、スラブ手入れ工程の合理化を進めるために小野田に相談することにした。小野田は厚板工場のベテランであり、彼の助言が不可欠だと感じていた。
「小野田さん、スラブ手入れ工程を見学したいんですが、一緒に行っていただけますか?」敏夫は丁寧にお願いした。
「もちろんだ。じゃあ、早速行こうか。」小野田は快く応じ、二人で現場に向かった。
スラブ手入れ工程では、作業者がグラインダーと呼ばれる電動やすりを使って鉄板の表面の傷を落としていた。作業者たちは手慣れた動きで、次々とスラブの表面を処理していく。
見学を終えた敏夫は、小野田に話しかけた。「小野田さん、契約している能率より、全然早く作業が終わっているように見えました。これなら、作業観測なんてしないで、そのまま能率を下げた方がいいんじゃないですか?」
敏夫の言葉に、小野田の表情が一変した。
「佐藤、外注作業者にも生活が懸かっているんだぞ。そんな気軽に支払い額を下げるような行為をしていいと思うのか?」小野田は厳しい口調で問い詰めた。
小野田はかつて、三友金属工業の子会社である三友テックに出向・転籍させられ、大幅に給与を下げられた経験があった。その苦い経験が彼の心に深く刻まれており、それが敏夫への厳しい態度に繋がったのだ。
「ごめんなさい、小野田さん。軽率でした。」敏夫は深く反省し、頭を下げた。
翌日、敏夫は気を取り直し、ストップウォッチを持って再びスラブ手入れ工程の現場へ向かった。今度は慎重に、作業者たちの能率を測定し始めた。各作業者の動きを細かく記録し、データを丁寧に集めていく。
観測を終えた敏夫は、オフィスに戻り、集めたデータを整理して能率計算を行った。計算が終わると、再び小野田に報告に行った。
「小野田さん、能率の計算が終わりました。これを見ていただけますか?」
小野田はデータに目を通しながら、厳しい表情で言った。「なぜこの日の観測結果で問題がないと言える?この日の結果は普遍性があるのか?」
敏夫はその指摘に言葉を失ったが、すぐに冷静さを取り戻し、過去の日報を調べることにした。
敏夫は過去3か月分の日報データをExcelに入力し、分析を進めた。その結果、この日の観測結果が過去3か月間においても異常ではないことを証明することができた。
「小野田さん、過去3か月分のデータを分析しました。この結果を見てください。この日のデータは異常ではなく、むしろ標準的な結果です。」
小野田は敏夫の報告を再度確認し、ようやく納得した。「わかった、佐藤。よくやった。」
敏夫は久間とともに、皆川工場長に報告を行った。計算結果とデータの裏付けを説明し、工場の合理化が可能であることを伝えた。
皆川は感謝の意を表しながら、「素晴らしい報告だ。ありがとう、久間さん、敏夫君。」
その後、オフィスに戻る途中、久間が敏夫に言った。「佐藤、なかなかの出来じゃないか。桑田よりは出来がいいな。」
「ありがとうございます。」敏夫は久間からの褒め言葉を受け、嬉しさを感じたが、同時に少し複雑な気持ちにもなった。桑田は指導員として彼を支えてくれている存在であり、その評価を超えたということが、誇らしい反面、どこか引っかかるものがあった。
それでも、敏夫は新たな挑戦を乗り越えた自信を胸に、次の課題に向けて前を向くことを決意した。
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