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工場戦士:Episode11「大学訪問」
母校への道
季節は秋に変わり、製鉄所での日々の業務に追われる中、出身大学のゼミ訪問を実施した(実施の背景はEpisode7「リクルーター任務と最終面接の回想」を参照)。ゼミの後輩たちに、自社の魅力を伝え、未来の優秀な人材を引き込むことが目的だった。
「やっぱりこれが必要か…」敏夫はそうつぶやき、茨城名物の吉原殿中を買いに寄り道することにした。気を利かせたつもりでの手土産だったが、今後のプレゼンに関わる重要なアイテムだ。何せ、これから向かう大学は彼にとって思い出の場所であり、後輩たちの期待に応えるための訪問でもあった。
出発の日、久しぶりに母校に足を踏み入れた敏夫は、懐かしいキャンパスの風景に胸が高鳴るのを感じた。学生時代、研究に明け暮れた日々や、同じ志を持つ仲間たちと熱く語り合った夜が蘇る。気持ちが引き締まる中、まずは教授の竹森へのアポイントを確認した。
竹森教授の研究室のドアをノックすると、独特の静けさが敏夫を包んだ。その静寂の中、聞き慣れた低い声が聞こえた。
「どうぞ。」
研究室に入ると、そこには敏夫が学生時代に尊敬してやまなかった竹森教授が、教授らしい落ち着いた佇まいで迎えてくれた。年齢を重ねても変わらないその姿に、敏夫は少し安堵した。
「竹森先生、ご無沙汰しております。」敏夫は丁寧に頭を下げた。
「おお、佐藤君か。久しぶりだね。どうもどうも。」竹森教授は満面の笑みで迎え入れ、敏夫をソファへと促した。
敏夫は手土産の吉原殿中を差し出し、「少し地元の名物をと思いまして…」と控えめに言った。
竹森教授は嬉しそうに吉原殿中の包装を眺め、「茨城名物をわざわざありがとう。学生たちもきっと喜ぶだろう」と微笑んだ。
軽い世間話が終わると、竹森教授はゆっくりと敏夫に問いかけた。
「さて、君も立派な社会人として活躍していることだろう。今日はどんな風に我々の学生に君の経験を伝えてくれるんだね?」
敏夫は、ここ数か月の会社での出来事や、特に厳しい上下関係や叱責の多い環境について、素直に打ち明けた。竹森教授は熱心に耳を傾けながらも、どこか懐かしそうに笑みを浮かべていた。
「うちの職場は、何て言うか、かなり古いんです。技術や設備だけでなく、考え方や働き方も昔ながらで…。一度、上司に叱責されたら、本当に小さくなるしかないような職場でして…。」敏夫は言葉を選びながら説明した。
竹森教授は頷き、どこか懐かしそうに笑った。「まあ、会社というのはそういうものだよ、佐藤君。座っているだけでも出世できる、なんて言われるほどのんびりしたところも少なくないんだ。私がいた旧国営企業なんかもそうだったよ。張り切るのは年に一度の出世競争の時だけで十分だったからね、ははは。」
竹森教授の言葉に、敏夫は思わず苦笑した。「やっぱり、先生もそういう場所で苦労されたんですね。」
「もちろんだよ。しかし、そうやって苦労した経験も今に生かされている。大学教授に転身したのも、国営企業で博士課程を修了したからこそできたことだ。要は、どこにいてもどうやって自分の価値を高めるかだな。」
竹森教授の言葉には、経験に裏打ちされた確かな信念があった。敏夫も、この一言に深く考えさせられ、自分の今の職場環境について改めて考える機会を得た。
会社説明の実施
少しして、学生たちとの待ち合わせ時間が近づいてきた。敏夫は竹森教授と共に、ゼミの教室へと向かった。教室のドアを開けると、数人の後輩たちがすでに集まっており、敏夫の到着に目を輝かせた。
「佐藤先輩、今日はありがとうございます!」後輩たちが礼儀正しく挨拶をし、敏夫も柔らかい表情で応えた。
「今日は、みんなにうちの会社のことや、働くことのリアルについて少し話そうと思ってる。」
敏夫は手土産の吉原殿中を配りながら、場を和ませるための軽い話題を挟んだ。こうした大学での説明会は初めてだったが、敏夫も学生時代のことを思い出し、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。
説明会が始まり、敏夫はまず、自分の担当するものづくり改善部門について話し始めた。製鉄所での合理化と効率化の推進が主な業務であること、ただし、それがしばしば現場と対立を生む原因になることを率直に話した。後輩たちは真剣に耳を傾けていたが、少し難しそうな表情も見えた。
「例えばね、うちの部門では常に効率を求められるんだけど、それが現場の作業員たちにとっては逆に負担になることも多いんだ。だから、効率を上げるための合理化は必要だけど、それが必ずしも皆に歓迎されるものではないんだよね。」
学生たちは、製鉄所の厳しい現実について徐々に理解し始めているようだった。
「でも、それって現場の人たちはどう思ってるんですか?」ある学生が質問した。
敏夫はその問いに真摯に向き合い、こう答えた。「正直なところ、あまり歓迎されていない部分も多いかな。でも、製造業全体で合理化は避けられないから、そこをいかにしてみんなに納得してもらうかが課題なんだ。」
さらに別の学生が興味深そうに質問した。「合理化って具体的にどんなことをしているんですか?」
敏夫は少し考えてから、具体的な例を挙げた。「例えば、作業員が直接行っていた工程を機械で自動化したり、2つのポジションを1人で巡回できるようにしたりといった具合だよ。少ない人数で効率的に回せるような体制を目指している。」
その説明に学生たちは深く頷き、少しずつ敏夫の話に引き込まれていった。
説明会が終わると、学生たちは敏夫に次々と感謝の言葉を述べた。「先輩、すごく勉強になりました!」や「将来の仕事について考えさせられました!」という声に、敏夫はやりがいを感じながら応えた。
竹森教授も満足そうに、「佐藤君、今日の説明は非常に分かりやすかったよ。学生たちにも良い刺激になったようだね」と言ってくれた。
最後に、敏夫は後輩たちにこう言った。「うちの会社に来るかどうかはわからないけど、働くっていうのは楽なことばかりじゃない。現実は厳しいけど、自分の価値を高めるために努力することが大切だと僕は思ってる。みんなも悩みながら、前に進んでほしい。」
後輩たちは、その言葉を真剣に受け止めているようだった。敏夫もまた、この経験を通じて自分の仕事や会社に対する意識が変わったように感じた。
(つづく)