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春まで待って【#シロクマ文芸部*冬の夜】

冬の夜は降り積もった雪のせいで白色、もしくはピンク色だ。不思議と温もりを感じてしまう。
高校受験の為に渋々通い始めた塾の帰り、数メートル先の彼と距離を保ちながら歩いていた。
彼・賀川翔理は近所に住む幼なじみで、小学校も中学も一緒で、塾も同じクラスだ。家から一番近く、冬以外は私も翔理も自転車で通っていた。翔理の紺色のダウンコートに雪の結晶が沢山ついて、それが光って見えた。
「翔理、待ってよ」
私の弱気な言葉は除雪車の音にかき消された。巻き上げられた粉雪が、まるで結界みたいに翔理と私の間に舞った。
「何をそんなに怒ってるの?」
「……怒ってねえよ」
ほんの一瞬の静寂に、翔理の耳に私の声が届いたらしい。
足を止めて振り向いた翔理は不貞腐れた子供のような顔をしていた。
「嘘。だって、話しかけてもちゃんと答えてくれないじゃない」
翔理に追いついて、怒ったような顔を見上げた。
「考え事をしてただけ」
そう言って、目を逸らした。
「いつ聞いてもそう言うからさ……」
嫌われてしまうようなことをしたかと問いかけたいのに、その通りだと言われるのが怖くて、いつも口に出せずにいた。
「受験のことで頭がいっぱいなだけだって」
「そっか」
翔理の表情がマフラーに隠れてしまって、読み取れない。
「明日、朝から猛吹雪だって」
場を取り繕うだけの私に、翔理は面倒そうに頷いた。もう私なんか見てなくて、ずっと遠いところに意識があるように思えた。あとは何も喋ることが出来なくなって翔理の後ろを歩いた。何となく、横に並ぶことがためらわれてしまった。翔理がそんな私を見て、ため息をついたような気がした。 
「何?」
「別に」
ぶっきらぼうにそう答えた翔理の背負う大きなリュックには札幌八幡宮の青色の受験守りがぶら下がっていた。これと色違いのお守りを同じクラスの木山美海が鞄に付けているのを知っていた。二人が自転車で通える高校に揃って受験するらしいということも。
「じゃあな」
分かれ道で翔理が一瞬、振り向いた。
「うん。また明日」
私は二人とは別の、バスと電車を乗り継いで一時間かかる高校に受験する。付き合っているかどうかは分からないけど、二人が並んで高校へ通う姿を見ないですむと内心ほっとしていた。
告白する勇気もないくせに、翔理の気持ちを探るようなことしか出来ない。リュックのポケットには、こっそり買った二人と同じお守りが入っている。きっと、受験が終わるまで表に出せないままだろう。
翔理と別れ、そのまま帰る気が起きず、煌々と光るコンビニに吸い込まれるように入った。中には習い事の帰りらしい高校生や、お酒を物色する大学生達がいて、私は彼らを避けながらコスメと文具のコーナーを冷やかして、眠気覚ましのミントタブレットを無人レジで買う。覇気のない店員の声を背にコンビニを出ると、目の前に翔理が立っていた。
「え、翔理も買い物?」
「……お前さ、札幌市内のコンビニで事件があったばかりなの覚えてないのかよ」
「え? いや、覚えてるけど……」
二週間前に発生したコンビニ強盗の犯人は、その数時間後に父親に付き添われて出頭したとニュースで見た。だからもう心配ないと言おうとして、翔理は私を心配して追いかけて来たのだと気づき思わずニヤついてしまいそうになった。
「だったら、ふらふらしてないで真っ直ぐ帰れよ」
「ごめん」
怖い顔をした翔理を見て、慌てて真面目な顔を作る。
「帰るぞ」
「う、うん」
コンビニの前を通り過ぎると、高い雪の壁が真っ直ぐと住宅街へと続いていた。翔理は何も言わずに、私の家へ向かって歩いている。
「こっちから行ったら翔理の家、遠回りでしょ」
「友達に用があるんだよ」
「そうなの?」
「学校で本返すの忘れてたんだよ」
私の家の近くに、翔理が所属しているバスケ部のチームメイトがいるのは知っている。
「そうなんだ。何の本?」
「……風香が興味ないバスケの漫画だから」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない。でも、漫画ならさっさと返した方がいいね。先生、最近ピリピリしてるから」
受験指導が芳しくないのか、忙し過ぎるのか、やたらに校則にうるさい。
「ああ、そう。ロッカーに隠してたせいで……あ、そうだった」
翔理がゴソゴソとリュックに手を突っ込んで、小さな紙袋を取り出した。
「悪い、ちょっとシワシワになったけど、中身は無事だから」
「……これ、札幌八幡宮の」
「そう」
しわくちゃの袋の中にはピンク色の受験守りが入っていた。
「ありがとう。可愛い」
「本当はさ、黄色いランドセル型のお守りにしようと思ったんだけど、それはやめておけって美海が言うからさ……」
翔理の口から出た美海の名に、胸がギュッと痛くなる。
「美海ちゃんと、お参りに行ったんだ」
自分で言った言葉に涙が滲む。
「二人きりじゃないって。バスケ部のみんなと行ったんだ」
美海は女子バスケット部のキャプテンだ。
「えっ、そうなんだ」
「……これ買うの恥ずかしかったんだからな」
ピンクの地に梅の花の刺繍が入っているお守りを、自分のお守りと一緒に買っている翔理を思い浮かべる。
「本当は黄色が良かったんだけど、金運アップのお守りしかなかったんだよ」
「やけに黄色にこだわるね。何で?」
「何でって……お前はそういうイメージなんだよ」
「いや、私は虎党じゃないし。家の新聞は読売だけど、ジャイアンツファンでもないよ」
「その発想は無いし、新聞のことなんか聞いてないって。お前、実はおっさんか」
「黄色ねえ……」
「聞いてねえし。良いんだよ、俺の勝手なイメージなんだから。ちゃんと持ってろよ」
「うん、ありがとう」
久々に普通に話せたことが嬉しくて、美海と付き合っているのか聞くに聞けなくなってしまった。
「明日、朝から猛吹雪なんだっけ?」
「えっ、うん」
「……お前、ちっこくて歩くの大変そうだから俺が道作ってやるよ」
「え?」
「俺と学校に行くの嫌?」
「ううん、嬉しいよ」
「七時五十分に迎えに来るから」
「えっ、家までじゃなくて良いよ」
何となく、両親に見られるのが恥ずかしい。
「ここもすげー雪で埋まるぞ」
「……じゃ、せめてコンビニ集合にしよう」
翔理はまだ不満そうだったけど、分かったと言って頷いた。翔理と学校に一緒に行けるなんて嬉しすぎる。
「考えたら、あと三学期で終わりだもんね。そしたら、ずっと一緒だったみんなとも……」
その先は、翔理の顔を見たら言えなくなった。今日はそんなことばかりしている。いや、翔理とまともに話をして来なかったのは今日だけじゃない。二人の関係が変わることが怖くて当たり障りのない話しかしなかったんだ。
「高校が別でも会おうと思えば会えるだろ」
翔理は雪の壁に出来たツララに蹴りを入れている。こうして見ると、小学生だった時にタイムスリップしたみたいだ。
「漫画、本当に返しに行くの?」
「……そうだよ」
「ふうん」
「行くって」
「うん、分かったって」
「約束忘れんなよ」
「うん」
また怒ったような顔で私を見た。
「俺、美海と付き合ってないから」
「えっ」
「じゃあな」
唐突すぎて、二度目の別れの挨拶には反応出来なかった。翔理の姿が見えなくなって、ようやく私はよろよろと歩き出す。
「期待、しちゃだめだって」
胸の高鳴りを鎮めようと、貰ったピンク色のお守りを握りしめる。
「……確かに金運アップはないよね」
自分のイメージが黄色と言われて、悪い気はしなかった。明るくて元気な女の子は、自分とは遠い感じがしていたから。
「もしかして……」
家に帰るとすぐにアルバムを引っ張り出す。そこには、恥ずかしさと闘いながらセリフを言うたんぽぽの精役の私がいた。黄色い綿毛の帽子をかぶり、黄色のTシャツを着た私とザリガニ役の翔理が肩を組んで笑ってた。
「いや、流石にねえ?」
鏡に映る童顔の私をまじまじと見る。
「告白、しようかな」
黄色のたんぽぽのままでは、到底他校の女子に太刀打ち出来ない。
「受かったらね」
ピンクと青の二つのお守りに誓った。

あとがき
久々にシロクマ文芸部に参加しました。
冬の札幌を思い出して書いてみました。案外、空気感は覚えているものだなと思いました。



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