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彼女は星を見ない【#シロクマ文芸部*流れ星】

 流れ星が光っている間に願い事を言うのは不可能だと言って、彼女は空を見ようとしない。星空ツアーの案内人が星座にまつわる神話を情感たっぷりに話すのを、家族連れやカップル達が肩を並べて楽しげに耳を傾けている。それなのに彼女ときたらホットコーヒーを渋い顔ですすっていた。
「聞かないの? 星空ツアーいいねって言ってたよね?」
 彼女は興味無さそうに遠くを見つめて、
「おでん食べたい」と言った。
 せっかく、高原にある星の見えるホテルを予約したのにそんなことを言う。もしかしたら、僕がプロポーズしようとしているのを察して、ロマンチックな雰囲気になるのを阻止しているのかもしれない。これまでも、結婚の意思を聞いてもはぐらかされて来たけど、今日の彼女の態度はあまりにも不自然だ。こんな変なわがままを言う人ではないというのに。
「この後、ホテルで夕食だよ? 流石におでんはないよ……」
 ホテルに到着した時は、ここまで不機嫌な顔をしていなかった。
「星を見るのが嫌なら、部屋に戻ろうか」
 つい、嫌味っぽく言う僕を無視して、ホテルに戻ろうと彼女が背を向けた瞬間、
「あっ、流れ星!」と、周りから声が上がった。
「えっ、今かよ。見逃した」
 羨ましくて、本音がこぼれてしまった。それが可笑しかったのか、彼女の固く結ばれた唇がふっとゆるんだ。
「何を願うつもりだったの?」
「え? それはもちろん……」
 君とずっといられますようにーーと続けようとしていた僕を見て、彼女がしまったという顔をした。
「ごめん、あんまり体調良くないみたい。冷えたかな。夕飯の前に温泉に入って来る」
「具合悪いの? ごめん、気づかなかった」
「ううん。ちょっと、頭痛いくらい」
「分かった。戻ろう」
 今度こそプロポーズを成功したいと意気込んで来た気持ちが萎んでいく。結婚はお互いのタイミングが大事なのは分かっているけど、付き合って三年ーーそろそろ二人の未来をハッキリさせる時が来たと思っていた。
 彼女の青白い横顔からは何も読み取れない。
「ごめん、すぐに良くなると思うから」
 彼女の言う通り、温泉から戻って来たらいつもの落ち着いた表情になっていた。
 小鍋のお肉を美味しそうに頬張る素直な彼女がやっぱり好きだ。一生、そばにいたいと改めて思う。
「今ーー会社でね、後輩の指導係をしていて大変なんだけど割と充実してるんだ」
 彼女が照れくさそうに言って、刺身に手を伸ばした。
「そうなんだ、信頼されてるんだな」
 これまでも、同期や後輩の悩みを聞いたり、アドバイスしていた彼女なら適任なはずだ。ただ、頑張りすぎてしまうところは心配でもあった。
「だと良いんだけどね」
「あ、その後輩ってイケメンだったりする?」
 冗談のつもりで言ったのに、彼女はまた少し不機嫌な顔をした。
「そんなこと考えたことない。ただの後輩だよ」
「そうだよね、ごめん。それで、毎日大変そうなんだね」
「ーーうん。連絡くれてるのに、返事遅くてごめん」
「いや、タイミングが合わないだけだよ」
「それでも、ごめん」
 互いに謝ってばかりで、会話もチグハグだった。
「ーー美味しいね」
「うん」
「何か、お酒飲む?」
 お酒のメニューを見せると、
「頭痛薬飲むからやめとく。あったかいお茶、もらおうかな」と、申し訳なさそうに微笑んだ。
「あっ、そっか。ごめん」
「良いよ。飲みたかったら飲んでね」
 とことん、かみ合わない僕達はとにかく出て来る料理が美味しいと言い合った。デザートの手作りプリンまであっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
「お腹いっぱいね」
 やけに早く終わった食事は、お腹いっぱいなのにどこか満たされない気持ちだった。このまま、ダラダラとテレビを観ながら寝てしまうのだろうか。何も話し合えないままーー。そう、諦めの境地で鍵を握ると、彼女が口を開いた。
「ーー私ね、元々あまり結婚願望がなくて、付き合っても結婚話が出ると別れちゃってたのね」
「えっ」
 彼女は頭痛薬を飲む手を止めて俯いていた顔を上げた。
「仕事も楽しいというのもあるんだけどーー子供の時に両親の離婚に巻き込まれて嫌な思いをしたから……」
 彼女が家族の話をしないのは、そういうことだったのだと腑に落ちる。ヒューマンドラマを観て涙していた僕を、複雑そうに笑った彼女の顔が思い浮かぶ。彼女が見たくなかったのは星なんかじゃなく、仲の良い『家族の肖像』だったんだ。
「間違ってたらごめん。今回、とうとうその日が来たかと思って、どうしたら良いか分からなくなっちゃったの」
「ーーうん、プロポーズする予定だった」
「そっか……」
 今までだって彼女が別れを告げるタイミングはあったはずだ。彼女の中に少しでも可能性があるなら、それに賭けたいと思った。
「僕は結婚と言う形で君を束縛したかっただけなのかもしれない」
「え?」
「だけど、気付いたんだ。形なんかより、君とこのまま一緒にいられない方が怖い」
 星の下でプロポーズする自分の姿に酔っていただけなのだ。そんな気持ちを見透かしたように、
「……流れ星を一緒に見られなくても良い?」
と、意地悪な笑みを浮かべた。
「だって、光っている間に願いを言うのは不可能なんだろ? だったら、直接本人に叶えてもらうよ」
 彼女の目が星の瞬きみたいに揺らいだ。
「良いよ、叶えてあげる」
 彼女は安心したように頭痛薬を飲んで、ちょっとむせた。
「大丈夫?」
「あっついお茶だった」
 照れくさそうに水を飲み直す。そんな、ちょっとそそっかしい彼女もやっぱり心から愛しい。

#シロクマ文芸部 #流れ星 #青春
#ショートストーリー

あとがき
流れ星お銀……
最初に頭に浮かんだのはお銀さんでした
その次は肘神様
うーん……と悩みまくって、冒頭の一文を作ってみたら、なんとなく物語が浮かび上がって来ました。短期間で物語を作ると、脳が鍛えられそうです。



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