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神様と待ち合わせ

 真中修は、確実に願いを叶えてくれる神がいると、個人サイトで偶然見つけた。
『必ず願いを叶えてくれる神』が降りてくるとされる御神木があるという。
 御神木はすでに枯木となっているが、ぽっかりと空いた穴に入って神を呼ぶと、神が降りてきて願い事を聞いてくれるらしい。
 実際にサイトの運営者が、願い事を叶えて貰うという目的で訪れた旨が写真付きで紹介されていた。願い事自体の記載は無かったが、御神木に空いた穴の中で奇妙な体験をしたという部分には妙に信憑性を感じた。
 ただ、その後、運営者がサイトを更新していないのが気になった。運営者にメールで連絡を取ると、三日後に詳しい場所の説明と地図が送られてきた。文面には、「軽い気持ちで行くと良くないことが起こる」と書いており、自分はいたって真面目だと返信しておいた。
 恋人の小橋由加理は子供の頃から心臓が弱く、幼少期は殆ど病院で過ごしたという。成長して手術に耐えうる体力がつき、手術が成功すると失われた時間を取り戻すようにやりたかったことを一つ一つ叶えていた。子供の頃に食べたかったお菓子を食べるというようなささやかな願いから、登山や水泳のような体力作りが必要なものまで様々だった。大学受験もその一つで、そこで彼女と出会い、のちに付き合うことになった。登山は一緒に始める事になり、装備一式を買いに出かけ、登山雑誌を眺めては初心者向けのコースを吟味して盛り上がった。そろそろ、実際に散策コースを歩いてみようという時に、彼女は職場で倒れてしまった。病院生活を余儀なくされ、日に日に心まで弱くなってしまった。
「修さん、もう会いに来ないで」
 彼女は弱弱しく言った。幼なじみの手を握るのを目にしたショックと、仕事が忙しくなったのを言い訳にして病院から遠ざかっていた。ある日、由加理の母親から心臓の手術をしなければいけない程、病状が悪化したことを電話で聞かされた。弱っていく自分の姿を見せたくなくて強がっていたことも。このまま関係が自然消滅してしまえば、辛い思いもせず新しい出会いもあるかもしれないと思った自分を恥じた。

 そんな折りに見つけた『必ず願いを叶えてくれる神』だった。由加理の病気を治してくれるかもしれない。由加理からも病気からも逃げた自分にはもう一緒に生きる資格は無いかもしれない。命が助かるなら、例えもう会えなくなってもいいとすら思った。
 T県の林道の奥にある色が剥げた朱色の鳥居が目印だった。そこから獣道のような参道を通り朽ちかけているニノ鳥居を通る。ずんと、身体にのしかかる様な重さを感じた。秋とはいえ、まだ昼の日差しがあり防寒着で寒くはないはずなのに、冷気がまとわりついてくる。一ノ鳥居を潜り抜けると、目当ての御神木が見えた。
「すげえ・・・・・・」
 黒々とした木肌が威圧的で神の寄り代なのだと納得した。しかし、この中に入るとなると恐ろしさで手足が痺れた。御神木に触れることも畏れ多いような気がして、気を付けながら器に注いだ御神酒を樹の根元に置いた。二礼、二拍手、一礼。御神木の胎内に入り込んだ。低頭して、自分の名と願い事を言う。
「恋人の小橋由加理の病気をどうか治して下さい」
 目を瞑り神が降りてくるのを待つ。
 風が、日が、雨水が、身体にむち打ちように降り注ぐ。荒ぶるこれは本当に神なのだろうか。もっと恐ろしい何かなのではないか。そう心がざわついていると何も音がしなくなった。
 何が起きたのだろうかと目を開けると暗闇に二つの目玉が浮かび、こちらをじっと見つめている。声が出なかったが、目をそらすと命を取られる、そう思った。時間にして五分も無かっただろう。目玉は閉じられ辺りに明るさが戻った。穴から這って出ると土下座をしてお礼を言い、逃げるように山を下りる。自動車まで歩いていくと電話が鳴った。由加理の母親からで慌てて出ると、手術が成功し意識も一度戻ったと泣いて喜んでいた。
「良かった。はい、有難うございます」
 安堵から涙が出る。きっと由加理は幸せになれる。由加理は急に来なくなった恋人など、許してくれないだろうが一目だけでも顔を見たい。これから病院に向かっても夕方の面会時間には間に合うだろう。自動車のナビゲーションで病院を検索したが出てこない。携帯電話であるはずの病院のサイトが出てこない。まさかと鳥居を見上げるとフロントガラスに雨水が落ちてきた。
「――あれ、ここ何処だ」
 見上げた木々の合間から黒い目のようなものが見えた気がして、急いで自動車を発進させた。
 見慣れた街に戻って来てやっと血が通ってきたようだった。信号待ちしている横で、登山ショップから男女が出てくる所を目にして、何故か胸がちくりと痛んだ。

                               了

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