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貯金箱釣り

「料金は一時間千円です。もし時間内に一匹も釣れなかった場合はお好きなミニ貯金箱を差し上げております」
 ビニールプールの中には握り拳大のカラフルな魚が泳いでいた。
「本物の魚に見えますね」
「泳ぐ貯金箱、『ぱく貯くん』です」
 赤い出目金が水面の上まで来て、ぱかっと口を開けた。
「あっ」
「見えましたか? そのぱく貯くん達にはあらかじめ五十五円分を貯金してあります」
「そうなんですね。可愛いです」
「有難うございます。ミニサイズの販売もしておりますので、お求めの際は受付にお申し付け下さいませ。お時間はどうなさいますか。一時間を超過する場合、料金が三十分ごとに五百円加算されます」
「初めてなので一時間にします」
「分かりました。こちらのパスを時間が見えるように首から下げて下さいませ。帰りにまたこちらにお越し頂いてご精算となります。では釣り堀の入り口にお進み頂き、青い棚からお好きな釣竿をお選び下さいませ」
 釣り堀の入り口に案内係の女性が待っていた。
「沢山ありますね」
「どの釣竿も同じサイズになっております。皆様、お好きな色でお選び頂いてます」
 持ち手が虹色のカラフルな釣竿を手に取った。
「では、まずはこちらの注意書きをお読みなって少々お待ち下さいませ。もう一組のお客様もご一緒のご案内になります」
 そう言ってインカムで受付とやり取りをし始めた。注意書きを読んでいると男女の客がやって来た。
「そろいましたのでこちらへどうぞ」
 釣り堀には二つの大きな水槽があった。その周りでは沢山の客達が楽しげに釣り糸を垂らしていた。男女の客は二度目だからと五十円の方を選び、釣り場に歩いて行った。
「二つの水槽にはそれぞれ、五円玉を餌にする中サイズのぱく貯くんと、五十円玉を餌にする大サイズのぱく貯くんが泳いでいます。五円玉の重さは3.75グラム、五十円玉は4グラムです。一枚だけですとあまり変わらない様に感じますが、ぱく貯くんが飲み込んだ枚数によっては、釣り上げるのが困難な個体もおります。中にはヌシ様とお客様に恐れられている個体なども」
「ヌシ様ですか」
「ええ。餌を横取りしたり、釣り糸を絡ませたり、なかなかのやんちゃぶりで。釣り竿に不具合が出た場合は速やかにお取り替えしますので、ご安心下さいませ。それに、ヌシ様は五円の方の水槽にはおりませんので」
「安心しました。五円の方にします」
「両替なさいますか?」
 案内係の女性は首から下げていたぱく貯くんの口をぱかっと開け、中から硬貨を取り出した。
「硬貨専用の貯金箱ですので、お札は与えないで下さいね」
「……与えるとどうなるんです?」
「水でふやけます。詰まりの原因になりますので、くれぐれもご注意下さいませ」
「分かりました」
 注意書きにも硬貨と一緒に飲み込まれた水は、後ろの排出口から出されると書いてあった。
「このように、釣り針に五円玉の穴を通して下さい」
 一枚目の五円玉はサービスらしい。
「釣れたらこのバケツに入れて帰りに受付に持って来て下さいませ。沢山硬貨を飲み込んでいるぱく貯くんを釣り上げてくださいね!」
「頑張ります!」
 案内係の女性は「ファイト!」と言って入り口に戻って行った。
「よし」
 十枚分の五円玉を手に、適当な場所に座り五円玉を付けた釣竿をそっと水槽の中に投げ入れた。
「軽く五円玉が外れない程度に上下に揺らす」
 注意書きを見ながら釣竿を揺らすと、赤や黒のぱく貯くん達が周りにやって来た。そのまま食いつくかと思いきや、ぷいとそっぽを向いていなくなってしまった。
「あれっ」
 いつの間にか五円玉が無くなっていた。黒のぱく貯くんが勝利の舞をするかのように目の前で悠然と回遊していた。
「次こそは!」
 両替した五円玉はみるみるうちにぱく貯くんに飲み込まれていく。
「コツがあるのかな」
 読み落としがないか注意書きを読んでいると、五十円水槽の方からわっと歓声が上がる。引き上げたタモの中でビチビチと巨体を揺らすぱく貯くんが見えた。三十センチはゆうに超えている。
「あんなに大きいの? ヌシ様?」
「いえ、あれはヌシ様のお付きのものでしょう」
「は?」
 突然、初老の男性に話しかけられ椅子から転がり落ちそうになった。
「見たところ初めての方かな」
「えっ、はい。今日が初めてで。ヌシ様のお付きのものって何なんです?」
「不思議なものですな。私もただの魚の形をした貯金箱だと思っていたんですよ。でもちゃんと彼らにも社会というものがある。集団にはリーダーとサブリーダーがつきものでしょ」
「はあ」
 そういうふうにプログラミングされているということだろうか。
「しかし、よく獲ったもんだ」
「あの中身ってどのくらい入ってるんでしょう」
「大体、五十枚から百枚程度だと思うんだけどね」
「えっ、結構入ってますね。そのまま貰えるんですか?」
「もちろん。でも彼はここが開店した三年前からの常連客だから、元は取れてないかもしれないね」
「もしかして、あなたも?」
「だいぶ財産を食べられたよ。下の方でお腹が丸く膨らみ過ぎて動きが鈍いのは満タンの証だ。身体が細く上の方を泳いでいるやつは水槽に入れられたばかりの新入りだ。まずはそれを狙ってみるといい」
 言われた通りに水面近くでゆらゆらさせると、すぐに黄色のぱく貯くんが食いついた。
「慌てずに静かに引き上げて」
「やった!」
 手の中で十五センチほどのぱく貯くんがぴちぴちとヒレを動かしている。
「そのバケツに入れて」
「はい!」
 水を張ったバケツに放つと気持ちよさそうに泳ぎ始めた。
「ありがとうございます」
「いやあ、なに。良かったね。時間いっぱい遊んでいって」
「えっ、はい」
 男性はにこりと笑って出口へ向かう。その時、深々と案内係の女性が頭を下げていた。もしかしたら、ここの関係者だったのかもしれない。
「次は中くらいのを狙ってみよう」
 ぱく貯くん達の動きを目で追うと、男性が言った通りに力関係がありそうだった。飲み込んだ五円玉の量が関係しているというのが面白い。水槽の真ん中辺りに五円玉を垂らすと、少し膨らんだお腹を誇らしげに揺らす、ぱく貯くんが五円玉の周りをくるくると泳ぎ始めた。
「ほら、食いつけ」
 上下に釣竿を揺らすとその動きにつられて黄色いぱく貯くんが口を開けた。
「そのまま……」
 五円玉を飲み込もうとした瞬間、信じられないことが起きた。下の方でじっとしていた大きな黒いぱく貯くんがぬっと現れ、食べる寸前に体当たりをして邪魔をしたのだ。
「うそっ」
 それだけでは無い。その反動で釣り針から取れかかった五円玉を口に引っかからないよう器用に飲み込むと、ご馳走様と言わんばかりにくるりと回転した。
「これもプログラミングだっていうの」
 そのままタイムアップになってしまった。結局、新入り一匹のみという成果だった。釣竿を元の場所に返し、すごすごと受付に精算しに向かう。
「いかがでした?」
「一匹だけ釣れました」
「初めてで上出来ですよ」
 受付の女性がバケツを受け取って微笑んでくれた。
「では、千円になります」
「はい」
 女性は黄色のぱく貯くんの口をぱかりと開け、中身を確認すると小銭を中に入れた。
「それって」
「はい、五十五円入れさせて頂きました」
 やはり中身は空っぽだったらしい。それから女性は、水の入った袋にぱく貯くんを入れて渡してくれた。
「可愛がって下さいね。大きめの金魚鉢などお持ちですか?」
「メダカ用の水槽があるのでそれに入れます」
「一気に食べさせすぎると硬貨を吐き出すこともありますので、蓋をつけるといいかもしれません。飼い方の説明書もお渡ししますね」
「飼うっていうんですね」
「世話してると生き物みたいに感じてしまうんですよ。ちなみにその子は大人しい個体なので飼いやすいですよ」
「はあ」
「何か困ったことがありましたら遠慮なくお電話して下さいね」
 受付の女性は少し寂しげにお辞儀した。
 家に帰ると直ぐに水槽に水を張る。その様子をぱく貯くんはじっと見つめていた。
「はい、どうぞ」
 水槽の中で柔軟体操をするみたいに尾ひれを動かした。
「餌、あげてみよう」
 小銭入れから五円玉を取り出した途端、水面近くまで来て大きな口を開けた。
「はいどうぞ……痛っ」
 指も一緒に持っていかれそうになる。
「箸であげてって書いてあった」
 水中の中でもぐもぐした後、水面に顔を出してぷっと五円玉を吐き出した。それがたまたまおでこに命中する。
「痛っ。おでこに当てることないじゃない」
 ぱく貯くんは小銭入れの中身を値踏みするように見ていた。
「そっか、あなた貯金箱だもんね」
 五百円玉を箸で与えると、尾ひれを激しく動かし嬉しそうにごくんと飲み込んだ。
「両替してこなきゃ」
 お尻からぷくぷくと泡が出たのはご愛嬌だろう。

                   了 


※ こちらの作品はショートショートnoteで作った言葉で出来た物語で、
  坊ちゃん文学賞に応募した作品です。


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