(1/3) SaaSスタートアップの資金調達のためのハンドブック by IVP

先日は、このハンドブックを執筆するに至った背景の記事をご紹介しました。本日より中身の翻訳/要約に入りたいと思います。

INTRODUCTION

SaaS企業は、その収益の流れが反復的・複利的であることから、完璧なビジネスモデルだと考えられています。
また、他のビジネスと比較し、アセットライトでありスケールもしやすいです。
投資家はSaaS企業の価値評価は益々洗練され、ビジネスを評価する指標もよく知られるようになってきました。
しかしながら、多くのファウンダーにとって評価プロセスはいまだ未知の領域であり、KPIのベンチマークを入手するのは難しいとの声を聴きます。
IVPには何千ものSaaS企業を評価してきたナレッジがあり、多くのトップSaaS企業を支援してきた実績があります。
AppDynamics、CrowdStrike、Datadog、Dropbox、Github、UiPathはそのうちの一部です。

評価プロセスには、量的なものと質的なものの両方の要素があります。
量的な分析では、プロダクトマーケットフィットと、そのマーケット獲得戦略のフィットを測るためのキードライバーとして、成長率と獲得効率を見ています。
定性的な側面では、マネジメントとの対話に時間を割きます。
魅力的なビジョンを明確に持ち、それを実行できるリーダーを支援していると信じることが重要だと考えているからです。
また、顧客の満足度とTAM/SAM/SOMを知るために顧客にもインタビューします。
子のスタートアップが今後3倍、5倍、10倍、25倍と大きくなれるのか、最終的にはファンドの1/3、1/2、全てのリターンを生み出せるのか判断します。
以前は1-2か月かかっていた資金調達プロセスですが、今やはるか早く完了するようになっています。
そのために各ファンドは独自のDDアプローチをもっていますが、IVPではスタートアップフレンドリーでありながらもレバレッジをきかせたアプローチを試みています。
資金調達プロセスはどれも同じでありませんが、CEO、COO、CFOが資金調達に備えるために必要な情報をハンドブックにまとめました。

FINANCIALS

Annual Recurring Revenue (ARR)

ARRの定義は常に議論がありますが
"現在製品を購入し使用している既存顧客からの売上を、暦上一年で正規化したリカーリング売上"
が一般的な定義となっています。
また、ARRを構成する主な要素は下記です

年初めのARR + 新規顧客によるARR + クロスセルARR (既存顧客の追加オプション) - Churn ARR(解約顧客のARR) = 年終わりのARR

ただし、ライセンスベースではなく消費ベースでのプライシングを行う企業では、ARR=月ベースで確認できた売上*12で計算する方法もあります。
また、この場合Churnの捉え方は少しトリッキーで、消費が減ったことと、本当のチャーンは分けて考えるべきだと思っています。
上記の式の中であれば、クロスARRをNet(既存顧客の拡大分-減少分)で考えるとよいでしょう。

また、ARRの構成がどう変わったのかは四半期ごとにブレイクダウンした積み上げグラフがわかりやすいです。
下記の例をご覧ください

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ARR PRO-TIPS
[CARRとARR]
CARR(契約ベースのARR)とARRは区別しましょう。
CARRは、まだアクティブにはなっていないが、契約済みの顧客によるARRを含む点が違いです。投資家はDDではARRをベースに評価します

[TCVとACV]
TCVはTotal Contract Valueの略で、契約期間中の総額となります。TCVを契約期間で割り戻すとACV(Annual Contract Value)となります。
ACVとARRはほぼ近い値となりますが、ACVには初期費用や専門的なサービス費用を含むことがあるので、必ずしも同じとは限りません。

[Average ACV]
投資家はしばしばACVに関して質問しますが、これは顧客の年間契約額の平均を指します。
会社の規模が大きくなるにつれ、特に大型顧客をターゲットにする場合は、この指標が上昇傾向であることを示すことが重要です。

[BookingsとBillings]
響きが似ているためにしばしば混乱をうみますが、
Bookingsは契約期間合計または年間ベースの"予定されている契約額"を示します。
一方で"Billings"は、請求額のことであり、支払いが完了した時点で反映されます。

Growth Rate

投資家は成長率を、ビジネスの勢いや、顧客からの反響を測る指標として見ています。成長率はプレミアム評価に値します。
ではどれくらいの成長率であれば十分だと思いますか?
規模が大きくなれば、この成長率は自然と減る傾向にありますから、規模を念頭に考えておく必要があります。
以下はIVPがここ数年の未公開SaaS企業を分析した結果ですが、
これらはTop Tierのファンドから資金調達をしたスタートアップの結果ですから、ベストプラクティスだと考えてください。


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The Power of Hypergrowth

拡大するにつれ成長率は下がっていきますが、積みあがってはいきます。
つまり例えば、10年でARRが6億ドルであれば90%タイルの成長ですし、2億ドルであれば25%タイルの成長であると言えます。


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GROWTH RATE PRO-TIPS
[All Revenue is Not Created Equal]
売上の"質"は、その量と成長率と同じぐらい重要です。
投資家は、成長の源とその成長が効率的なのかを理解するために深掘りします。また、サブスクによる売上は、サービスやその他による売上よりも重要だと考えます。
よって、ベンチマークをリカーリング売上にフォーカスしているんです。

[Hard to Re-accelerate]
時々、事業計画の中でその成長率を加速させるように描いている企業がありますが、それは実際にはほとんど起こり得ません。
もし加速すると主張するなら、それを極めて論理的にサポートするものが必要です。
例えば、新規商品のローンチだったり、セールスを加速させる専門部隊を作るなどがそれにあたります。

[New Revenue Growth]
成長には二つの要素があります。新規顧客獲得による売り上げ増と、既存顧客の単価上昇です。
トータルの売上拡大も重要ですが、投資家は毎月継続的に新規顧客を獲得していることを重要視しています

Finacial Statements

投資家は、企業の成長、利益率、販売効率、そして事業の根本的な強味を評価するために財務諸表を分析します。
2年分の実績値と事業計画両方を要求することが一般的です。
この投資でどれくらいのリターンが得られそうなのか、この事業計画の実現性を見極めながら判断します。
この事業計画はアグレッシブでありながらも実行可能なものを示すことが重要です。
下記の様に、ARRを分かりやすく示し、そこから売上から営業収益、EBITDAまでのPLを記載します。
バランスシートとキャッシュフローはあればよいですが、必須ではありません。
最低限、フリーキャッシュフロー(営業キャッシュフロー-CapEx)と四半期ごとのキャッシュバランスがあれば助かります。
PLの中では、OPEX、S&M、R&D、G&Aのブレイクダウンは重要です。
そこから投資家は、どこでキャッシュアウトが起こり、どれくらい販売効率が良いのか計算しているからです。
投資家の質問の粒度は、会社の成熟度や投資家の洗練度によってことなりますが、成長、利益率、ユニットエコノミクス、コストにフォーカスが置かれています。
下記は財務DDにおけるよくある質問の例です。

1. どのように売上を認識していますか?
2. ARR成長率とGAAP売上成長率に大きなギャップがあるのはなぜですか?
3. COGSの主な内訳はなんですか?
4. 現金の回収方法はどうなっていますか?(前払い?分割?)
5. どのようにこの先12-24ヵ月の仮定はどこからきていますか?
6. S&Mが大幅に増加している要因は何ですか?セールスチームを拡大する計画について教えてください
7. モデルの仮定において自信のあるところとないところはどこですか?
8. EBITDAとFCFの間にこれだけ大きなギャップが生じる原因はなんですか?
9. なぜ成長/利益率/コストがこの四半期においてイレギュラーに発生しているのですか?
10. これはボードが承認した計画なのか、資金調達のためのアグレッシブなプランなのかどちらですか?それらの間での大きな違いはなんですか?

多くのスタートアップからVP Financeをいつ採用すべきかという質問を多くされますが、私はSeriesBまでには採用することをお勧めします。このステージでは強固な財務基盤を持つことが重要ですし、投資家も信頼できる財務情報を求めてきます。

FINANCIAL STATEMENTS PRO-TIPS
[Scenario Analysis]
投資家は様々な仮定に基づいてストレステストをするために、モデルを再構築することがあります。財務DDにおける質問は、このモデルの仮定を確認するために使われることがあります。

[Plan vs Actual]
共有したプランのパフォーマンスを判断しようとする投資家もいます。投資はしないが、次のラウンドでまでフォローしてくる投資家は、この計画と実際のギャップをみている可能性があります。

[Up to Date Histricals]
投資家はできるだけ直近のヒストリカルデータを知りたがります

[Unified, Single-Source-of-Truth P&L]
PLと結びつかない財務分析は出さないようにしましょう。
ピッチデックはP&Lと一致する必要があります。
過去実績と事業計画は一つのモデルにまとめましょう

[Tie-out Cash Balances]
FCFに結びつかない現金残高は示さないでください

[Bottoms-up vs Top-down]
S&Mの仮定に基づくプロジェクションは、トップダウンのプロジェクションよりも信頼性が高いが消極的になりがちです

Churn / Retention

既存顧客の中にはプロダクトが合わなかった/廃業するなどしてチャーン(解約)する一方、利用人数を追加したりプレミアム機能に課金するなどして、サービスの利用を拡大する顧客もいます。
多くの場合、SaaS企業は"チャーン"が"利用拡大"を上回ることで利益を生み出しており、この状態は"negative churn"と呼ばれます。

Net Dollar Retention

リテンション周りの指標において最も一般的に使われているのは、"Net Dollar Retention Rate (NDR)"です。
全ての上場SaaS企業で一般的にレポートされている内容でもあります。
NDRはコホートべースで算出され、1年年前に獲得した同じ顧客集団の中で、1年前と現在を比較し、ARRがいくら増えたのかを見るものです。
NDRが100%を超えていれば、"negative churn"の状態であり、各コホートが成長していることを意味します。
例えばもしNDRが130%であれば、新規顧客獲得を止めたとしても、年間で30%売上が拡大することを論理的には意味します。

IVPはこれまでにARRが1000万ドル規模となったの全てのSaaS未公開企業と50以上の上場SaaS企業のNDRをベンチマークしました
NDRは抱える顧客規模によって大きく変わることを考慮する必要がありますが、目安としては、120%を超えることが望ましく、130%以上であればベストプラクティスと言えます。
中小企業がターゲットであれば、NDRは90%以上が望ましいです。

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Gross Dollar Retention

我々が分析するリテンションに関連する2つ目の指標は、Gross Dollar Retention(GDR)です。
GDRは、そのプロダクトがどれぐらい顧客を囲い込む力が高いのかを測ることができます。
NDRは、拡大とチャーンの効果を差し引きしまいます。
例えば、NDR130%の企業は、60%拡大したが30%チャーンしたかもしれないし、35%拡大して5%チャーンしたかもしれません。
NDRは違う顧客の性質を一緒くたにしていまいます。
一方でGDRはの要素はチャーンした売上だけのみなので、もしGDRが高い値であれば、使われなくなったり置き換えられたりしづらいプロダクトであることを意味します。

Quick Ratio

Quick RatioはそのSaaSビジネスがChurnの問題を抱えているかどうかを判断できる指標です。
Quick Ratio = ( New ARR + Expansion ARR ) / Churn ARRで計算されます。
Quick Ratioが5倍以上であれば良好なチャーンダイナミクスであると言えます。
もしそのような状態に陥っているのなら、顧客と対話しなぜチャーンに至るのかを理解することが重要です。
スケールが大きくなるほど、チャーンを防ぐことは新規顧客を獲得し続けることよりもコスト効率がよくなります。

CHURN / RETENTION PRO-TIPS
[Standard Methodology]
NDRの計算方法は複数ありますが、一般的には、1年前に獲得した顧客の一つのコホートのみを見ます。そのコホートにおける"現在のARRの合計÷1年前のARRの合計"で算出します。

[NDR vs 12-month Cohort Expansion]
NDRと12-month cohort expansionを混同しないでください。
コホートは設立後最初の年が最も拡大しやすいので、12-month cohort expansion(つまり12か月目のARR÷1か月目のARR)はNDRより高く評価されがちです。

[セグメント毎のNDR]
異なる顧客セグメント(ACVが100万ドル以上vs以下 等)は異なるNRDの性質を持ちます。それを見せることは良いですが、必ず但し書きをしてください

Cohort Data

コホート分析は顧客リテンションとライフタイムバリューを中長期的に分析する方法として優秀です。
一般的には、獲得月ごとのセグメントで、売上、ARR、ライフタイムバリュー、ペイバックなどの様々な指標に基づいて評価します。

Layer-Cake Chart
Layer-Cake Chartは、既存顧客と新規顧客でどのように売上が積みあがっていっているのかを視覚的に理解するのに役立ちます。
以下ははSlackのS-1から引用したグラフで、既存顧客による大幅な売り上げ増があることがわかります。

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Spaghetti Chart
Spaghetti Chartでは、時系列に分析されます。
売上、net / grossリテンション、エンゲージメント、PaybackなどといったKPIの健全性の評価に使えます。
下記のグラフは月ごとのコホートでARRを分け、初月に対する指標で分析しています

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コホートを評価するとき、投資家は以下の4つの論点を見ています。
・新規顧客のコホートはその規模が大きくなっているか?
 - もし売上コホートが大きくなっていれば、新規顧客がよりお金を使ってくれているということである。
・各コホートは時系列でみたときに拡大しているか?
 - もし各コホートが拡大していれば、既存顧客が支出を増やしているということであり、これは強力な成長ドライバーとなります
・コホートが安定しているか?
 - SaaSビジネスの利点の一つはその予測のしやすさにあります。
一方でトランザクション型の価格設定を行っている場合や季節変動制がある場合は、コホートでもボラが見られます
・新しいコホートの方がより指標が改善しているか?
 - これは製品が魅力的であり、成長を加速しているというシグナルになり得ます



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