(2/3) SaaSスタートアップの資金調達のためのハンドブック by IVP

昨日に引き続きIVPによるSaaSスタートアップのハンドブックをお伝えしていきます。
1/3はこちら

GO-TO-MARKET

このセクションでは、成長のドライバーと効率性を理解するためのgo-to-market分析のカギをお伝えします。

Sales Efficiency

Magic Number

販売効率を測る方法は様々ありますが、最も受け入れられているのは"マジックナンバー"です。
これは、直近四半期で獲得した新規顧客によるネットARRと、その直前の四半期で投下したセールス・マーケティングコストの比率を表す簡単な計算です。

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一般的に言われているベンチーマークは、マジックナンバーが1.0つまり、セールスマーケコストを1ドル使うと、1ドルの新規顧客ネットARRを獲得できている状態ということです。
マジックナンバーが1.0以上であれば、セールスマーケコストをもっと投資することを考えるべきです。逆に0.5以下なら、何を最適化すべきなのか考える必要があります。
なぜセールスマーケコストに前の四半期の値をつかうのか不思議に思う方もいるかもしれません。
これは典型的なセールス・導入サイクルを簡易的に考慮するためです。

マジックナンバーは投資家が販売効率を測る簡単な指標にすぎませんが、その背景には様々なニュアンスが含まれています。
例えばマジックナンバーを、事業計画の仮定の確からしさをチェックするために使うこともあります。
もしこれまでマジックナンバーが0.7倍だったにもかかわらず、事業計画では2.0倍になっているとしたら、なぜそうなるのかきちんとした理由が必要です。

以下はIVPがARRが1500万ドル程度の未上場SaaS企業と、50以上の上場しているSaaS企業のマジックナンバーをベンチマークした結果です

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Gross Margin Adjusted Magic Number

SaaS企業によってGross Margin率は異なります。
1) インフラコスト 2) カスタマーサポートコスト 3) 売上に占めるサービス売上とソフトウェア売上の比率 など様々な要因があります。
Gross marginが80%の企業と60%の企業では最終的に生み出せる利益が異なります。
したがって、マジックナンバーにGross margin率をかけた"Gross-margin調整後マジックナンバー"を投資家はよく使います。

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CAC Payback

また投資家は、SaaSビジネスにおいて顧客獲得コストをいかに早く回収できるかもよく見ます。
CAC baybackと呼ばれるこの指標は、マジックナンバーの逆数×12ヵ月で簡単に算出できます。
マジックナンバーが、セールスマーケコストを投下するとどれだけのARRが期待できるかを示すものなので、その逆数を月に直せば(12をかければ)どれくらいの月数でセールスマーケコストを回収できるのかを意味することになります。
正確に把握するためにはGross margin調整後マジックナンバーを使うことが重要です。一般的にはCAC baybackのターゲットは12~18ヵ月です。

SALES EFFICIENCY PRO-TIPS

[Increasing Sales Efficiency]
なぜ営業効率が上がるのか説明できる十分な理由がない限り、マジックナンバーの改善を仮定した財務モデルを出さないでください。

[Fully Load Your CAC]
CAC paybackを算出するときは、従業員の人件費、販売手数料、ブランドマーケコスト、旅費、カンファレンス費用含めすべての顧客獲得に関連する費用を含める必要があります。

Top Custmers

顧客分布を理解することは重要であるため、利用額が多いトップ顧客のリストを求めることがあります。
もし数社によって収益の大半が占められている場合、これはリスクであると考えられます。
1社失った場合の収益と成長に与えるインパクトが大きいためです。
それだけでなく、上位顧客はプライシング決定に圧力をかける可能性がありますし、小規模な顧客よりも自分たちのニーズをサポートするためにリソースを使うよう要求してくる可能性もあります。
一方で上位顧客は信頼性や認知度向上には役立ちます。
よって、上位顧客の満足度やどれくらいニーズを満たしているのかは重要です。
また、トップ10の顧客が過去1年でどれだけ利用額を増やしたのかも合わせてチェックします。

Sales Organization

Go-to-market実行と営業組織の理解に投資家は多くの時間を使います。
チームがどのように組織されているか、報酬体系はどうなっているか、採用計画はどのようなものかを知るために、VP SalesやCROとのコールを行います。
下記がその質問例です。

Illustrative GTM Diligence Call Questions
1. 営業組織とGTM実行の概要を教えてください(インバウンドvsアウトバウンド、インサイドセールスvsフィールドセールス等)
2. 来年の採用計画を教えてください
3. 平均的なノルマと達成率を教えてください
4. 営業担当者が軌道に乗るまでどれくらい時間がかかりますか?
5. 営業担当者の成績が悪い場合、解雇するまでにどれくらいの猶予を与えますか?
6. 営業担当者の平均的な報酬はどれくらいですか?
7. 営業報酬戦略の概要を教えてください
8. 四半期の目標達成のために必要なセールスパイプラインカバー率はどれくらいですか?
9.全体のARRは伸びていますが、新規顧客ARRが伸びていません。なぜですか?

投資家は営業担当者のノルマ達成がどれくらい安定しているのか確認します。一部の担当者によるものではなく、営業組織全体で達成しているのかも知りたがります。
一部の担当者のみで達成しているということは、それはスケーラブルで再現可能なGTM実行ではないからです。
また、常に達成しすぎていないかもチェックします。
もしそうなのであれば、目標が低すぎていることを意味し、ゴール設定が適切でないからです。
各担当者が75~100%の達成率を推移するぐらいが望ましいと考えます。

Sales Pipeline

セールスパイプラインは将来の成長の先行指標となります。
どの案件が次四半期のキードライバーとなるのか、ゴールは達成可能なのかを見極めるためにパイプラインを確認します。
投資家がよく聞く一つの指標は、"セールスパイプラインカバレッジ率"です。
これはセールスパイプラインの合計を、次四半期で期待できるACVの合計で割ったものです。

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常識的には、このセールスパイプラインカバー率は3倍が望ましいと言われています。
ただし、これは企業のタイプによって異なるため、セールスサイクルが長い企業は5倍など更に大きく、逆に短い企業は低くなることがあります。
また、これはインサイド/フィールドセールスの営業マンが必要なビジネスに関連する指標であり、マーケットドリブンなビジネスにはあまり関連しません。下記はセールスパイプラインの展開例です。

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SALES PIPELINE PRO-TIPS
[Sanity Check Current Quarter]
セールスパイプラインが十分でなければ、アグレッシブなACV目標を設定することはやめましょう

[Historical Pipline Coverage]
パイプラインカバー率の推移を求めることがあります

[Discuss the Needle Movers]
パイプラインにある、または制約可能性が高い、または次の四半期に大きな影響を与えうるキーとなる案件に対し、議論できるように備えましょう

MARKET RESEARCH

このセクションでは、財務分析の補足として質的な側面を見てみたいと思います。

Market Sizing

ここではマーケットサイジングの定義と、それを推定するためによく用いられる2つの手法について説明します。

Market Potential

マーケットポテンシャルとは、プロダクトの潜在的な価値と、最も楽観的に見た場合の市場規模です。
今日現在はフォーカスしていないものの、将来的に製品やターゲット顧客を広げた場合に顧客になりうるものを含めています。

Total Adressable Market (TAM)

投資家が想定マーケットサイズを尋ねたときは、しばしばTAMのことを指します。特定の市場で製品やサービスを販売したときに得られる収益の最大値のことです。
TAMを推計する一般的な方法は2つあります。
・トップダウン : GartnerやForresterなどの業界リサーチを参考にした手法です。自社や周辺のマーケットが含まれる業界を参照し、様々な仮定を置いて、自社の特定マーケットを推計します。
・ボトムアップ:全顧客数×平均販売価格(または将来の想定価格)で算出します。構成要素(顧客数、販売価格)を数式に当てはめることで算出することからボトムアップと呼ばれています。

トップダウン、ボトムアップの両方の手法で市場規模を推計することは価値があるでしょう。
もし両者の結果が全く違っていれば、置いた仮定を考え直す必要があります。
私たちは粒度の高いアプローチであるボトムアップ方式の方が好みです。
市場規模の見解を投資家と議論する際には、製品や市場の拡大によってリーチしうる周辺市場に関してもイメージを持っているとよいでしょう。

Served Addresable Market (SAM)

SAMはTAMの一部であり、とくに現段階での製品・セールスチーム・リセラー・販売パートナーでリーチしうる市場規模を指します。

MARKET SIZING PRO-TIP
[TAM Expansion]
市場規模推計の際によく陥りやすい落とし穴は、既存市場だけではその会社の市場機会を過小評価してしまう可能性があることです。
既存の選択肢ではつかめないマーケットをつかみうるソリューションの場合もあります。
同様に、価格や提供手法(例:クラウドかオンプレか)によって、さらに多くの顧客にリーチできる可能性があります。

Customer Calls

製品がミッションクリティカルであるか、顧客を満足させられているか、将来の拡大可能性はどれくらいか、なぜ顧客が他ではなくこの製品を選んだのかを理解するために、投資家は顧客インタビューに時間を使います。
投資家はレファレンスのための顧客リストを求めるかもしれませんが、バイアスを最小限にするためにもリストに載っていない顧客にもインタビューすることもあります。
リストに載っていない顧客インタビューをする際には、GLGやGuidepointや自分のネットワークを使います。
投資家が何を聞くのか、企業側がコントロールすることはできませんが、よく聞く質問を抜粋しました。

Illustrative Customer Call Questions
1. どのようにこの企業を見つけたのですか?
2. その他はどのような選択肢があり、その中でなぜこの企業を選んだのですか?
3. どんな問題を解決しようとしているのですか?
4. この製品がなくなったら、あなたのビジネスはどれくらい困りますか?
5. あるとよいのか、必要なのかどちらですか?
6. この製品のよいところと改善ポイントはなんですか?
7. 価格はどうですか?
8. 得られる価値を鑑みて、価格は適切ですか?高すぎますか?安すぎますか?
9. 今いくらつかっていて、将来的にどれくらい増やすと思いますか?
10. 顧客満足度を1-10で示すなら、いくつだと思いますか?

Management Team

企業を評価する上で最も重要なことの一つが、マネジメントチームの強さの評価です。
最初のミーティングからその後のフォローアップまで、DDの初期段階ではCEOやCFOとの対話に多くの時間を使います。
さらにその後は、各組織のリーダー(営業、エンジニア、プロダクト、マーケティング、人事等)と会って話します。
そうすることでマネジメントチームの強み弱みや、CEOのトップタレントを採用する能力を見極めます。
彼らのバックグラウンド、責任を持っている業務範囲、優先事項を理解するためにそれぞれ30-60分の面談をします。
通常はタームシート発行後に行われることが多く、DDの際の必須項目ではありません。

MANAGEMENT TEAM MEETINGS PRO-TIPS
[Meeting Prep]
CEOは投資家に事前に大まかなアジェンダか質問を送ってもらうようにリクエストしましょう。
そうすることで事前に準備することができ、よい印象を与えることができます。そうでなければ、準備していないトピックに関して聞かれるリスクがあります。

[Get Feedback From Your Team]
資金調達は双方向のものなので、マネジメントチームから投資家についてのフィードバックをもらいましょう。
どれくらい準備してきていたか?質問は的確だったか?リスペクトしてくれたか?この答えは今後投資家がどのように一緒に働いていくのかを示す指標になります。
一度入った投資家を外すことは難しいですから、チームのフィードバックは非常に有用です。

[CEO Optional]
チームメンバーと投資家とのミーティングへCEOが出席することは任意です。
背景を補足でき、投資家をもっとよく知ることができるというメリットはありますが、時間を要します。
逆に彼らにミーティングを任せることで、チームを信頼していることを示すことができます。

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