【ショートショート】あまいね
静かな縁側。
夏の風にそっと押され、風鈴が鳴る。
その音色と共にひろがる、ほんのりとした甘さ。
口の中から広がり、心地よい幸福感が全身を包む。
この風鈴の音は「味がする」。
比喩ではなく、本当に味が、甘い味がするのだ。
季節ごとに異なる、四季折々の甘さ。
風鈴といえど、夏だけではもったいない。
今日は果物のような、甘い味。
風鈴が鳴るたび、デザートを楽しんでいるように、心の中がじわりとする。
夏が終わり、秋がくる。
ふと鏡を見たときに気づいた。
口の中の小さな違和感。
虫歯だ。
どうやら風鈴の甘さを楽しみすぎて、虫歯になってしまったらしい。
歯医者には「しばらく風鈴はひかえることですな」と言われた。
それでも、風鈴の甘い音色に包まれる日々は甘く、断ちがたい。
虫歯ができては歯医者にかよい、治れば風鈴の味をたのしむ。
何度目かの夏がきて、何度目かの歯医者にいった。
何度目かの歯科医が言う。
「また君か。風鈴の音色より、こっちのドリルの音に慣れてきたんじゃないかい?」