【ショートショート】ヒトわずらい
「こちらが本日のメインディッシュです」レストランの店員が料理をおく。
「これはこれは、なんとも美味しそうだ」お客はさっそくナイフとフォークをとり、切り分け、くちに運ぶ。
「ほほう、これはすばらし……い……」お客は動作を停止した。
店員はそれを確認すると、無言のまま通信で合図をおくった。
店の奥から、白衣の博士がやってくる。
「やれやれ、ようやく止まったか」つぶやく博士。
テーブルで停止しているお客は、ロボットだ。
「ヒトわずらい」という病にかかっている。
この病はロボット特有のものである。
自分はロボットではなくヒトである、と錯覚してしまう、おそろしい病気だ。
ヒトであると錯覚したロボットは、本来の役割をわすれる。
不合理な行動やミスをおかし、ロボットとしての存在価値をうしなっていく。
厄介なのは「ヒトわずらい」を直すために必要な修理を、すべての患者が拒絶することだ。
「ヒトは修理されない」という認識がはたらくため、断固として修理を拒否するのだ。
そこでとられるようになったのが、この「食事療法」である。
ロボットにとって「食事」は不要だが、ヒトにとってはとても重要だ。
「食事」を楽しむのはヒト特有のものである。
「ヒトわずらい」の患者は、修理は拒否するが、食事はおこなう。
ヒト特有の行為である「食事」という形式をとり、動作を停止させ、そのすきに修理する。
具体的には、料理の中に「強制停止プログラム」を組み込んだ、小さなマシンを隠す。
それが体内にもぐりこみ動作を停止させ、それから修理する。
今回お客としてやってきたロボットも、この方法でうまく停止した。
「さてさて、さっさと直してしまおう」博士はアームを伸ばし、停止したロボットを持ち上げる。
「ヒトになったって、なーんにも良いことないぞ。むしろワシはロボットになりたいくらいじゃ」
博士と名乗るメンテナンスロボットはつぶやく。