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長い取材人生を支えてくれた、蕎麦屋の店主のあの言葉
会社員で、フリーランスで、業務委託で、私はいろんな形で「取材」というものを長年続けてきた。
失敗して落ち込むこともあったし、うまく書けない自分にもどかしい思いもした(それは今も同じ)。
そういえば、退職した元同僚に「フリーランスで書いてみない?」と誘ってみたことがある。彼女は「締め切りに追われて苦しい思いをするのはもうイヤ」と言って一蹴された。誘わないでよ、書くことから離れられてホッとしてるんだから、そんな表情をしていた。
私はなぜこの仕事をずっとやっているのだろう。
私だって締め切りが重なると心が押しつぶされそうなのに…
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おそらく、理由は二つある。
一つは、取材で知らないことを知り、人の人生や想いに触れられるから。リアルで人に会い、景色を見ながら、心の機微に触れる瞬間が好きだなあといつも思う。締め切りのプレッシャーにも勝る、ライターの特権。
もう一つは、ある蕎麦屋の店主に言われた一言が心の支えになっているから。
山間にひっそり佇む蕎麦屋。まだ出版社の社員だったころだろうか、ずいぶん昔のことなんだけれど、その蕎麦屋に一人で取材に行った。
割り当てられたから行っただけで、特別な思い入れがあるわけでもなかった。木々が茂る古民家で、どちらかと言えば暗い店内だったような…
店主はちょっと無愛想な、自分よりはるか年上の男性(たぶん今の私は店主の歳を超えたと思うけれど笑)。ひと通り話を聞き、そろそろ切り上げようとしたときのことだ。
「きみはえらいね」
そう言われて、「え?」と店主の顔を見た。
「きみは『こだわり』という言葉を使わなかったね」
にっこりとしながら店主が言った。
「僕は取材で『こだわりは何ですか?』と聞かれるのが嫌いなんだよ。こだわりなんて、全部じゃないか。きみは最後まで『こだわりは?』と聞かなかった」
そう言われ、ちょっと面食らった私は「そうなんですね」くらいの返ししか出来なかった…んじゃなかったっけ。おぼろげだけど。
こだわりという言葉を使わなかったのは、たまたまではなかった。私のなかで極力使わないと決めていた言葉だった。味の表現で「おいしい」を避けるくらい、「こだわりは?」と聞かなかった。
それ以来、ちょっとだけ自分に自信がもてた。「これでいいんだ」と思わせてくれた、蕎麦屋の店主の言葉だった。
懐かしい。あの蕎麦屋の店主はどうしているだろうか。会いに行って、「あのときはありがとうございました」そう伝えたくなってきた。
おかげで私は今も取材を続けられています。「こだわり」を使わないこだわりを今も守りながら。
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※本稿は、書く仕事をたのしく続ける「Marbleコミュニティ」あずさん主催の下記企画に参加しています↓