行きたいところ(最終話)
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☆
ゆぅこちゃんはその後院生を辞めてバーで働き始め、私は学校に戻った。国際特進Sコースは相変わらず嫌いだったのでのらりくらりと躱して過ごしたけれど、出席日数と単位以外のものは何も欲しくないと開き直れば、それはそれなりに楽なものだった。
教室の机に向かって授業を聞き流していると時々、窓の外の青空から射す光で、ああ私砂になっちゃう、と思った。勿論ならなかったけれど気持ちはちゃんとざらざらに、そしてさらさらになって私はこぼれた。勿論からだは座席に着いていても。
夜行性動物園のことを時々考えた。
私はいつか、こういう自分を全部、画鋲の針で刺し尽してしまうのだろうか、ということは少しだけ時々考えた。
高校を出たら海外へゆこうと思っていたので、ポッドキャストは欠かさず聴いた。中国語も聴き始めた。誰かスイス人のひとにあったとき、中国語と英語とスペイン語が出来たら、大体の国で話せるよ、と云っていたから。
行きたいとこに行けば たとえば心の 海峡や砂漠などを超えて
モンゴルの風を追い風にして アンカレッジ目指し
†
パナマの運河を 跳び越していたなら 最後の陸地
私を知っているひとが殆ど居ない場所に行きたい。
あの頃、ずっとそう願っていた、と、今でも時々思い返す。
私をあんまり知らないひとたちで溢れている、カフェでカプチーノをのみ、手帖に書き込みをしながら、束の間ぼんやりする。
ゆぅこちゃんは元気だろうか。
今では連絡先も分からない。
シナモンパウダの浮いたカプチーノのふあふあの泡に、記憶はずっと溺れてゆく。
iPod touchからSalyuが歌う。
あなたの声が 聞こえたら 振り向いて
だけどそこには あなたはいないから
前を向いても あなたはいないから
✴︎
(了)
(Salyu「行きたいところ」より歌詞を引用した部分があります)
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本篇は少女小説集『ミルチリカル』収録短篇を、web用に改稿したものになります。
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