薄緑色の、蜻蛉のような
マルコは、〈長時間の労働によって痛みを訴える〉腰を伸ばした。そして、手の中の葡萄を見た。見事な房だ。薄緑色の蜻蛉のような薄皮に包まれた一粒一粒が、つやつやと輝いている。歯を立てたらどんな感じなのだろう。その時、ふと昔聞いた言葉が蘇った。
ーーあそこからあそこまで、灰色の何もないところは、一面葡萄畑だった。
白い指が開け放たれた窓に向かい、すいと線を描く。そうすると、小さな島の三つの大通り(大通りとはいえ、車がすれ違えるかどうかだ)が交差する丘の上にある、島で最後のバールに押し寄せた人々がそれに沿って視線を動かし、灰色の土地に、いつかこの島を彩っていた極彩色の何かを見た。
幼い時のマルコは、もちろん、その場にいた。
その男は不思議な容貌をしていた。〈黒曜石を溶かした〉ように艶々した長い髪の毛に、白い小さな顔、その白さも、青白い感じではなく、柔らかなーー誰かが言っていた、「バターがたっぷり入ったベシャメルソース」のような色だった。「最後のダンムーゾ」の老トトがそう言ったのだ。島の伝統建築で、一家がずっと残してきたものだと、不便極まりないダンムーゾに死ぬまでしがみついて動かなかった老トトが、昔々、日曜の昼の特別なラザーニャの話をした時に出た。ラグーは塊肉から作る。俺の母親は半島の南の出でな、三日三晩、塊肉がすっかりなくなるまで煮込む。ラグーを皿に少し伸ばす。その上にきっかり時間を守って茹でた平たいパスタをおく、それからベシャメルソース、次にラグー塗って、エンドウ豆(ピセッリ)に、ゆで卵を入れてもいい。それを繰り返して最後にはたっぷりモッツァレッラ、オーブンが天国みたいな匂いをさせて焼いてくれる……。
その話もバールで聞いた。彼がやってくる時、話し出すのは彼だが、最後は皆がめいめいいろんな話をするのだった。
島は、余所者は歓迎しなかったが、彼は別だった。来たぞ、と店主のディエゴが、知らせを送ってくると、皆やっていたことをほっぽり出して、バールに駆けつけた。マルコは、その数文字の言葉が島を覆うネットワークに乗っかってきらきら光を放ちながら小さな通信機に向かって走ってくるのすら想像できた。
彼は島の誰一人とも似ていなかったが、誰よりも島のことを知っていた。不思議な格好をしていた。その時は外気に適応するための体温調節機能のついたぴったりした服を着るのが常だった。見た目は、マルコの父親よりも若いのに、昔の話でしか聞いたことのない古い木綿や麻の服を着ていつも涼しい顔をしていた。
そんなのは瑣末なことだった。大事なのは、島は、半島と同じネットワークにつながっていて、どんな娯楽プログラムでも見られるようになっていたが、皆こぞって彼の話を聞きにバールに集まったことだ。
彼はカウンターの椅子に腰掛けて、窓の外か店の中を見回して思い出したことを喋った。島の人間は我先にと店に詰めかけて、ディエゴに飲み物を所望した。その日ばかりは皆、昔ある病気が流行って以来、大人数で集まったり喋ったりすることは悪いことだ、ということを忘れた。最初は恐る恐る顔を覆うマスクをしてきたのだという。だが、彼が何も気にせずに話をするのを見て、一人一人外していった。あの病気はずっと昔のことだったし、流行病はもうなくなっていた。
あの葡萄の話の日のことを覚えている。「あそこからあそこまで……」と話しながら、男は〈静まり返った湖面のような〉黒い瞳をさっと人の波の中に走らせた。「そうだ、マルコ、ルーポリの家の子供だったな?」真っ直ぐに自分を射た視線に、へどもどしながら頷いた。「お前の爺様の爺様の頃、あの今や灰色の何もない場所一面、ジビッボの畑だった。この島は一年中吹きっさらしだろう。だから葡萄の木はどれも低く育てられる。緑色が這うように段々とあの丘まで覆っていくんだ。収穫どきはみんな腰を曲げて一日中頑張る。皆腰が戻りそうにないとこぼしては、誇らしげな顔をしていた。薄緑色の、蜻蛉のように半透明の皮の下にはち切れんばかりにみずみずしい果実が詰まっているんだ。口に入れると、甘い香りがまず鼻に抜ける。歯を立てると、その下の果肉の弾力を確かに皮のうちにあるのを感じるんだ」その話を聞きながら、体を走る血管の血が湧き上がるような気がした。この人は、葡萄の実に歯を立てたことがあるのだ。赤い唇に包まれた白い歯で、みずみずしい果物を噛んだことがあるのだ。どきどきした。それはどんな感じなのだろう? 想像するだけでどんな禁じられた物語よりも胸が躍った。恐る恐る「蜻蛉」という言葉について訊くと、眦を柔らかくして、ある薄い羽を持った虫の話をしてくれた。
ルーポリ家の果樹園はずっと昔になくなっていた。ルーポリ家だけではない、島にはもうどこにも果樹園なんてなかった。マルコの隣で、父親もまた、「ひい爺様が言ったことと同じだ」と話に目を輝かせていた。
彼は全く不思議だった。その島の固有種の葡萄ーージビッボを使って、エンリコの爺様の爺様がパッシートという黄金色をした酒を作っていたことや、その家の裏が一面いちじく畑になっていて、シドニアという女性が砂糖も入れずにどれだけ美味しいジャム(マルメラータ)を作ることができて、そのために島中の人間が列をなしていたことを話した。「ああシドニアのマルメラータ!」と誰かが感じ入ったように声を上げた。彼の話は皆を過去に連れて行った。知り合いの誰かからずっと昔に聞いた話と繋がって、皆まるでスイッチが入り直したかのように、目をきらきらさせた。話はもちろんバールについても及んだ。ディエゴのバールがその昔のさらに昔の昔、「国」という単位が世界のどこでもでき始めて、半島にも及んだ頃の話をした。島を牛耳っていた奴らをディエゴの祖先がどんなふうにやっつけて、このバールを作ったか、このバールのエスプレッソに多くの人間が目を細めて憩ったか。その隣にあったジェラート屋の、一つ一つの味についてすら語った。「ああ、まだあのレモンのソルベの味を覚えている」彼は連れ合いと一緒にその頃ここに来たのだという。
全て本当なら大ボラ吹きもいいところだが、誰もそう言わなかった。彼の話はいきいきとしていて、島の色や匂いや味や音が凝縮していたからだ。マルコは話にしか聞いたことのないエスプレッソのようだと思った。茶色い液体の中に砂糖を一さじ、砂糖は次第に沈んでいくという。人生の厚みがあるからな、とやはり誰かが話すのを聞いた。マルコにとっては生まれた時からこの島はただの吹きっさらしだった。島の上には何もない。果樹園も、ジェラートも、パッシートも、マルメラータもエスプレッソもない。人工肉と、サプリメントと灰色の四角い半地下の住居があるばかりの、風しかない、島だった。おそらくマルコの父も、今ここに生きている全員が思っていることだった。「この島の名前の由来を知っているか? アラビアの言葉だ。『Bent el Riah』――『風の子供』という意味から来ている。この島は、風が強いから、オリーブも、カッペリもまるで地に這うように生える。カッペリの大きさを見たことがあるか?」皆首を横に振る。マルコもそして父親も、見たことはない。棺桶に片足を突っ込んだような老人ばかり、その目に火を灯して、大きく頷く。「そうだ、ここのは半島のどこのものよりも大きくて丸い。そして味わい深い」「風にも、水がないのにも耐える分、島の果実には味が詰まっている」老人が口々に喋り出す。そういうものにかろうじて触れたことがあるか、もしくは実際に触れたことのある最後の世代から聞いた話を喋り出す。島の人々のこと、土地のチーズにハム、海に潜ってタコをとった話、祖母がどんな美味しい料理を作ったか、彼らが触れたことのある欠片が披露される。そうしてみんなわいわいと話しているうちに(そうした集まりを取り締まる側の人間すら参加していた)、彼は消えているのだった。
ディエゴに、誰かが彼は誰かと訊いたことがあった。ディエゴは肩をそびやかせた。「自分は『仙人』だと言っていた。連れ合いとあることをやったら、「繋がって」しまって、小さな宇宙になったとかなんとか。エネルギー循環がどうとか……よくわからない」他にも誰かが言った。「随分長い間、生きているって言ってた」沈黙が落ちた。「そうね」「きっとあの人は永遠に生きているんだわ」そんなことがありうるだろうか? ディエゴは頷いた。「この店の古い記録にある。長い黒髪の、歳を取らない東洋人がふらりと来て、水を所望したら、何があってもいつまでも融通しろってな。あいつは水しか欲しいと言わない。だから、多分こいつだろう」もし彼の話が本当なら、おそらく三百年は生きていなければならない。嘘つきなどと誰も言わなかった。老トトもディエゴも皆口を揃えた。「彼はここに来始めてから姿が変わっていない」彼は、機械仕掛けか何かなのだろうか? あれは生身の人間だ、と誰かがはっきり言った。彼は世界共通語を使わなかった。島の古い言葉を話した。時に老トトたちが口を挟んで解説しなければならないくらいに。「なんでここに来るのかしら」「連れ合いを待ってるって言ってた。連れ合いが外出している間はつまらないからここにくると」その言葉に老人はうっすらと笑みを浮かべた。幼いマルコにその意味はよくわからなかった。
成長したマルコは、果樹園を開いた。ルーポリ家の新たな船出だ。ジビッボは毎年鈴なりだ。葡萄の木は毎年美しい実をつけた。薄緑色の、蜻蛉のような薄皮に包まれたみずみずしい果実。パッシートも、そしていちじくのマルメラータも作られるようになった。皆が[島]で生き直し始めた。結婚もした。まもなく[赤ん坊]が生まれる。[島]にはすでに幾人か[子供]が生まれていたが、マルコに[子供]となると皆喜んだ。
マルコは島の最後の子供だった。いつからか、個人間の性交は生産数の読めない非効率的な行為として禁止された。個人の生殖細胞は政府によって管理され、そこから効率的に作られた子供たちが、地区に分配された。マルコは島に分配された最後の子供だった。その後、吹きっさらしの島は非効率な存在であるとして、子供は分配されず、全住人をVRに「アップロード」することに決まった。もちろん自由意志だが、風しかない場所で暮らすよりはと家族全員で決めた。肉体を持っていた頃の一番強い感覚は、飢餓感だった。
新たな[島]は色に溢れていた。美しかった。彼が話したように、皆VRを彩った。彼のおかげでマルコたちは[島]を手に入れたも同然だった。彼が一体何者なのか、今となっては、よくわからない。確かなのは、彼と同じようにマルコや島の住人も[永遠]を手に入れたことだった。
だが、違うこともある。マルコは手の中の葡萄の房を見た。美しい、薄緑色の、蜻蛉のような薄皮の下に、はち切れんばかりの実が詰まっている。自分はこれに実際に歯を立てることは叶わない。肉体はない。VRの中での感覚は、世界からアップロードされた全員の記憶の言語的集積を通して感覚に還元される。世界共通言語に自動翻訳された文字情報を元にして、「感じる」のだ。性交は禁止されていない。素晴らしい経験だった。だが、それは所詮記憶の集積からの片鱗を再体験するに過ぎない。[子供]を持つのも素晴らしいだろう! プログラムが、頃合いを見計らい、意志を確認してそうしてくれるのだ。VR第一世代が[子供]として生まれるのだ。
もう一度手の中の葡萄を見る。ああ、彼は今頃何をしているのだろう。まだあのバールにいるのだろうか? 誰かに話をしているのだろうか? あの時の、老人の密やかな笑みの意味が今ならわかる。彼は人肌を知っているのだ。「連れ合い」に親密に触れたり、抱き合ったり、そういうことをしたことがあるのだ。親密に感じる誰かの指先に指先で触れるのは、本当はどんな感じなのだろう? マルコは身体があった頃の最後の感覚を思い出した。アップロードのため、病院で白づくめが彼の腕を押さえた。つるりとした材質の正体をなくした手のひらに触れられ、針を刺された。あの有無を言わせない強い力と、ちくりとした感覚、それが肉体的な感覚の終わりだった。どうか、彼はあれを経験しないでほしい。誰かに触れて、触れられて生きていてほしい。そして誰かに葡萄の実を齧った経験を永遠に話していてほしい。