あのひと、のこと。

長い旅に出てしまったあのひとのことを、わたしは何十年後もちゃんと覚えていられるだろうか。またね、と最後に約束してきたけど、あのひとも、何十年後のわたしを見て、わたしだとわかってくれるだろうか。聞きたくても、もうここにはいないあのひと。

悲しみは、海の、いきなり水深がぐっと深くなる、気持ちよく泳いでいたら急に深い深い碧色が現れて、底を見ることもできない、急に水が冷たくなって驚く、あの、へりのところをずっと泳いでいるような。ふっとあっち側に行ってしまいそう、行きたくないけど、浅瀬にはまだ戻れない。この気持ちをわかりやすい言葉にして、共感してもらえたら少しは楽になるんだろうか、わたしはそんなに苦しいんだろうか、ご飯も食べられるし、眠れるし、お酒も飲めるし、別にずっと涙が止まらないわけでもない、くだらないことで笑ってるし、本や漫画も読む、仕事もしている。

でも、ずっと悲しい。

あのひとが、小さな箱ひとつになってしまって、来月も再来月も、ずっとずうっと会えないことが悲しくて仕方ない。わたしとあのひとを引き離した病が憎い。いつか少しずつ忘れて、落ち着いて、過去になっていくんだろうし、こんなの心理学とかで簡単に説明のつく感情なんだろう、わたしは悲しみのお手本のような状態で、模範の生徒のようにこの感情の波に揺られているだけに違いない。

あのひとは「わたしは、『女優の高野ゆらこ』の大ファンだ。」と言ってくれた、もういちど板の上に立つ姿が観たい、と。自分のこと、どうしても女優だとは思うことができない、そんなわたしのどうでもいい感情はさておき、それでも、わたしとあのひとを出会わせてくれた演劇に感謝している。

桜がもう少しで咲くよ、春はすぐそこだよ、と教えたところで止まってしまったメール。毎年、思い出すだろう、桜とともに。

あのひと、のこと。

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yuracco
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