202411 雑記
19日に大阪の天満にあるストリップ劇場『東洋ショー劇場』が摘発され、公然わいせつの現行犯で経営者やダンサーが逮捕された。
このニュースに対して「2021年のシアター上野の摘発と同じだ」という指摘があり、どうやら「見せしめ」として国をあげた大きなイベントの前にはこういうようなことが行われる、らしい。
2021年は東京オリンピック、そして今年は大阪万博がある。
浄化を目的としたこのような動きに対して、実際どれくらいの「浄化」作用があるのだろう。わたしはにわかもにわか、今年から「スト活」をはじめた新参者だけどストリップ観劇というジャンルがものすごく狭い世界の人間の動きしかないことはなんとなく想像がつく。なんというかそれは、わたしが活動する小劇場演劇の界隈にも似たものを感じている。
ストリップを愛する人がいて、その人たちのおかげでなんとか業界が回っている。(いや、回っているとも言えないかも知れない)これは主語を「小劇場演劇」に変えても、そっくりそのまま使える文章だ。
本来の目的である「浄化」がしたいのなら、浄化すべき場所を他に探した方が効率がいいんじゃないかと思うし、「見せしめ」にしたってそもそもストリップに興味のある人が山ほどいるわけじゃないのに、大きな効果があるように思えない。
ストリップが公然わいせつなのかどうか、についてはもはや苦笑しか出てこない。あんなに素晴らしいショーの数々、どうやったら公然わいせつだと思えるんだろう。逆に教えて欲しいくらいだ。
(ポラタイムで、ダンサーの写真を撮るときにギリギリまでカメラを近づけて胸元やパンティーを撮ろうとしている男性の性欲が公然わいせつだというならまだしも。)
これは「弱いものいじめ」でしかない、結局。
全盛期に比べ風前のともしび状態であるストリップ産業は存在が圧倒的な「弱者」だ。
今月末で休業するわたしの最推し、黒井ひとみさんの最後のステージを自分の「瞳」に焼き付けるために岐阜、まさご座へ行ってきた。
客席は黒井ちゃんを観にきたファンで溢れていた。
彼女の体から発せられるメッセージをみんな、真剣に、ひとときも見逃すまいとまばたきすら惜しいくらいに見つめていた。
あちこちで鼻を啜る音が聞こえた。
わたしも後から後から流れてくる涙を拭くこともできないまま、いるかいないかわからない神様に「黒井ちゃんが生きててよかったです」と伝えた。
ストリップの、超とんでもない爆裂美しい瞬間に「公然わいせつ」は似合わない。
少なくともわたしはそれを知っている。
ニュースで読んで「ふーん」と思わないでいられる人生でよかった。
ちゃんと、いろんな踊り子さんのステージを思い浮かべて、命を燃やす彼女らの肉体に「公然わいせつ」なんて汚い言葉を平気でつけられる人間じゃなくてよかった。
素晴らしい表現を知っている自分でよかった。
ストリップを好きになってよかった。
【高野ゆらこ今後の予定】
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