『春と私の小さな宇宙』 その57
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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そんなことを考えていると、話はハルのことに戻った。
『いい加減、諦めなさい。ミチコさんは君に愛想が尽きたんだ。 別にあんな女、どうでもいい。僕はハルさんを巻き込むなと言っているんだ!』
『 残念だが、ハル君は身体を張ってわしの研究に協力してくれているのだよ』
『 どういう意味だ! 彼女の腹部を見ればわかるだろう? あれが研究の成果だ』
『 まさか、ミハエルとの子供か? 』
『ご名答。純粋な第三世代同士を体外受精して、量産する研究だ』
『なんで・・・、ハルさんに・・・』
『 もう一人いるよ。ミハエルの恋人、メアリーにも同じ受精卵を移植した』
『 そうか、わかったぞ、お前の魂胆。体外受精だとコストと時間がかかる。だからその手間が省けるクローンに目をつけた。やはり、お前は僕のクローン技術を盗もうとしたんだな!』
ミヤノが激を飛ばす。話の内容はよくわからないが、ハルとミハエルも関係しているら しかった。
すると、イトウが様子を変えた声でミヤノに話しかけた。
『やれやれ、何を言って・・・おや? 君の後ろにいるのは誰かね?』
『 後ろ? 誰もいないぞ? 』
ミヤノが後ろを振り返った瞬間だった。
イトウはポケットから注射器を取り出した。そのまま注射器をミヤノの首筋めがけて刺そうとする。
それに気付いたミヤノもポケットから何か機械のようなものを取り出し、イトウの腕に当てた。
その直後。イトウはうめき声を上げて倒れた。痛いのか腕を押さえている。持っていた 注射器が転がる。
ジジジジ。
機械から妙な音が聞こえる。よく見ると機械の飛び出た二つ先端から線状に光が放っていた。線は不規則な動きでかたちを変えながらも、線を結ぶ二つの点からつねに光を発生させていた。
私はそれが何か知っていた。電気だ。今、ミヤノが握っているそれは電気を生み出す機 械なのだ。
電気の痛さを、私はよーく知っている。ハルの記憶で経験済みだ。おびただしい数の針が全身を刺すような痛みだ。
イトウは悶えていた。私は「ざまーみろ!」と思った。ハルにしたことが返ってきたのだ。自業自得だ。私の分も痛みを味あわせてやれ、ミヤノ!
まさかの逆転劇に私は気分がよかった。もっと電気を浴びせてほしかった。しかし、ミヤノは機械をしまって、注射器を取り出した。イトウが出してきたものと全く同じに見える。
『くそ、裏切ったな』
イトウは意味不明の言葉を叫んでいる。ミヤノがそのわめきを無視して近づいていく。 立てられないイトウにミヤノはその注射器を刺した。
中身の液体が減っていく。数秒後、 うめいていた声がしだいに小さくなり、そして完全に沈黙した。イトウは目を開けたまま、 動かなくなった。
私の脳内で横たわるイトウと、階段から落ちたアキが重なって見えた。
死んだ? あの大きな身体をした人間が、あんな小さな注射器で?
私は混乱した。アキの時は生死がはっきりとわからなかった。だが、目の前のイトウは明らかに死んでいた。 大嫌いだった。復讐したいほどだった。そのイトウがあっさり死んでしまった。
ミヤノが殺したのだ。
私は複雑な感覚になった。
『なるほど。そういうことだったんだね、ハル』
ミヤノがイトウの前にしゃがむ。手を伸ばし、転がっていたイトウの注射器を拾った。
イトウもあれでミヤノを殺そうとしたのだろうか。私はぞっとした。二人はお互いを殺 す気でここに来ていたのだ。
私はとんでもないところを見てしまった。 この二人が持っていた注射器は、熊に襲われた時にハルが持っていたものと、とてもよ く似ていた。
もし、これが全てハルの仕業だったとしたら、本当にすごい。ハルもイトウに復讐を考えていたにちがいない。目的を達成したのだ。
ミヤノが立ち上がる。しばらく死んだイトウを見つめ、注射器を仕舞った。
カツン、カツン。
だれかの足音が聞こえた。こちらに向かってくるようだった。ミヤノは動揺したのか身体が硬直していた。額に汗をにじませている。イトウを殺したことをばれたくないのだろう。ひどく戸惑っていた。
そのだれかが「だれかいるのか!」と言った。 だれかの大声に反応したミヤノはあわてて部屋を飛び出した。
廊下を駆ける音と扉を開ける音がした。その逆方向から「待ちなさい!」とだれかが叫んだ。
その約一秒後、男の悲鳴と重たい物が階段から転がり落ちる音がした。
続く…
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