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『春と私の小さな宇宙』 その18

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ハルが初めて人間を処分したのは五歳になった時だった。

「父」と「母」と呼ばれるもの だった。


三歳で既にハルは地元の有名人だった。新聞記者が詰め掛け、様々な地方の新聞に彼女の天才ぶりが大きく取り上げられていた。

そんな時、ある機関の研究員が彼女の家に訪ねてきた。

「ぜひ、我々の研究所でその子供を調べさせて欲しい」

研究員の男はそう申し出た。研究所で所長をしているという。

こんなバケモノを引き取ってくれるなら願ってもない! 両親は喜んで彼女を差し出した。それだけハルは、大人でも手の余る代物だった。

見知らぬ男に幼いハルは従うしかなかった。どこかの山奥にある機関に連れて行かれた。 身体検査をされ、何もない部屋に入らされた。そこで身体をすみずみまで調べ上げられた。

何本も髪の毛を引き抜かれた。幾度となく注射針を刺され血液を抜き取られた。指の爪の間を細い針で突き刺され、皮膚の一部を採取された。

地獄のような日々だった。
起きてから寝るまでの間は研究と称した実験だった。

最初にされた実験は、傷の治癒能力の検証であった。鋭いメスで掌、手首、腕、肩、胸、 腹、太もも、ふくらはぎを浅く切られた。裂傷部からわずかに血が滲み出る。部位ごとに傷の治りが違うのか確かめる実験である。

実際、通常の人間より治癒スピードは早く、どの部位も一般以上の修復力だった。

次に学習能力を試された。パソコンだけの白い部屋に三か月間、閉じ込められた。千を超える画像を見せられて記憶させられた。

終了すると記憶試験を開始すると言われ、一つでもミスすれば数日間、食事を禁止する旨を忠告される。全て完璧に答えるとすぐに別の試験が始まった。

そのほとんどが大学レベルの問題だった。 手首には手錠がかけられ。鎖が机につながっていた。トイレや入浴以外は立つことを禁られる。寝るときは椅子に座ったまま眠った。

なぜ、実験されなければならないのか。


自分よりも劣った人間に私の身体の何がわかる!


ハルの精神が薄暗く、冷たく黒ずんでいった。

身体能力を測る実験ではランニングマシンに乗せられ、体力が尽きるまで走らされた。 筋肉が悲鳴を上げても中止は許されなかった。

当時、三歳児であったハルは肉体がまだ出来上がっておらず、三キロほどしか走れなか った。

試験は続く。 自身の体重分のダンベルを持ち上げられるようになるまで、力いっぱい引き揚げさせられた。繰り返し掴んでいたため、手には大量のマメができていた。

短距離走をした。自己タイムを五回更新するまで走り続けた。当然、妥協は許されない。 就寝前には疲労しか残らなかった。

学習試験の方がはるかにましだとハルは毎晩、考えながら眠りについた。彼女は身体より圧倒的に頭脳を使う方が得意だったのだ。

実験は終わらない。

今度は、精神力の試験をした。同じ動作、同じ作業を毎日やらされた。折り紙で鶴を折った。一万匹の鶴が色とりどりに部屋を埋め尽くした。

身体を動かすなと指示された。一ミリも動かないマネキンが生まれた。食事は毎回、同じ味の料理を出された。全部食べなければ、絶食の実験に切り替わった。

ストレスの耐久実験はさらに残虐性を増した。麻酔をかけた蛙を用意される。その横には一本のメスが置かれていた。解剖して全ての臓器を取り出し、綺麗に並べるのが課題だった。

蛙の腹部を縦に割く。すると、体液とともに腸らしきものが飛び出る。それを掴み、 白のプレートの上に置く。内臓を取りやすくするため蛙の首元に左右から切り込みを入れた。

縦につけた切り込みと合流させてY字のかっこうである。しぼんだ胃袋を取り出し、 腸の横に並べた。肺をそっと押してみた。もう片方の肺がゆっくり膨らんだ。最後に心臓を取り出した。小さな心臓がまだぴくぴく動いていた。白いプレートに複数の内臓が並ぶ。 その中央に真っ赤な心臓を添えた。まるで苺のショートケーキのようだった。

対象は徐々に大きさのある動物になる。ネズミ、トリ、ネコ、イヌ、タヌキ、サル、人 間……。

生物の血を見るのに何も感じなくなった。

最終実験は身体による抗体生産、免疫獲得の速度、電気の耐久力の測定だった。

電気の実験では身体中にコードの付いたシールを貼られた。男の持っていたスイッチに つながっている。スイッチを男が押すと、大量の電気が流れた。皮膚に何千本の針が突き刺す痛みだった。

生まれて初めて、起きた状態で思考が止まった。ほぼ毎日、彼女の肉体に電流が走った。

さらに別の実験では、猛毒を飲まされた。致死量ギリギリの量を摂取した。内臓が焼けるような激痛が襲う。血を吐いていくうちに痛みは治まっていった。

それを繰り返した。 研究の過程で作られたであろう病原菌を投与された。しばらく経つと高熱を出し、意識が遠のいた。ゆがんだ視界で立つことさえできなかった。

一時間ほど悶えていると徐々に身体が冷え、翌日には症状が治まった。治るとすぐに新たなウイルスを体内に感染させられる。めまいがして、倒れる。

薄れる思考の中で研究者の男を見る。彼は薄ら笑っていた。 日が変わる頃には病状が完治する。それも何度も繰り返した。

電気の抵抗力、毒の耐性速度、病気の回復力のデータがあらかた取れると全ての実験が終わった。

第三世代の人間の遺伝子は素晴らしい、と研究者たちははしゃいでいた。

六か月の時が経っていた。歳が変わっていた。一通りの実験が終了すると、家に帰れる許可が出た。地獄から解放され、真っ黒に染まった精神が薄まった気がした。


あの生まれ育った家の方が楽園に思えた。


続く…


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