『春と私の小さな宇宙』 その52
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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再び、脳内に映像が浮かび上がった。
今度は現在の、ハルが見ている光景だった。扉が見える。だれかの部屋のようだ。
見覚えはなかった。目線が下にずれる。下に何かが落ちていた。細い糸のようなものに見える。 視界の端から白くてきれいな手が出てきた。ハルの手だ。手はその物体をつまみ上げた。 黒い髪の毛だった。ハルはそれをポケットの中にしまった。
そこからしばらく映像は映らなかった。次に映し出されたのは、ハルの部屋でアキが騒いでいるところだった。なぜか家具を扉の前に積み上げている。
話を聞くと、どうやらハルが家庭教師に行くのに反対しているらしい。ハルの体調を気にしているのが伝わった。
結局、ハルは考えを変えず、二人で行くことで口論は収まった。支度をして一緒に外へ出て行った。むらさき色の夜の下をハルとアキが歩いている。
ハルから、じんわりとした温度が送られていた。私の胸が温かくなる。そうなれば今度は、温度が下がって冷たくなった。ぬるくなったり、ときに熱くなったり、複雑に変化している。 ハルの精神に関係しているのは確かだった。
だた、私にはそれが何を表しているのかわ からなかった。
宮野の家に到着した。部屋に入るとユウスケが不審そうにこちらを見ていた。後ろにいるアキが気になっているようだった。
ハルは教習中、床に落ちていた髪の毛を拾っていた。 二人に気づかれないように左ポケットへ入れている。学習が終わると、アキとユウスケが 何やら言い争っていてうるさかった。
視界が動く。ハルが立ち上がり、部屋を出るようだった。それをアキが連れ添った。階段が見えた。ハルの目線だと大きく膨らんだおなかが邪魔で段差が見えない。
私は危険を感じた。 案の定、悪い予感は的中した。映された画面が激しく揺らいだ。視界が大きくぶれる。 ハルが足を踏み外したのだと直感した。傾いた視界で階段の角が迫る。私は強く祈った。
ハルヲ、タスケテ!
その時、視界の動きが止まった。アキがハルの身体を押さえたのだ。だが、体勢が悪かった。アキは足を滑らせて、転んでしまった。
映像がゆっくり流れる。
空中でアキが微笑 んでいるように見えた。
落下したアキは階段にぶつかり、一番下まで転がって動かなくなった。
気を失っているのか、それとも死んで……。
私は死について少し知っていた。生き物は様々な要因で生命活動を停止する。それが死だ。 寿命が来たり、けがをしたりして生が終わりを迎えてしまう。生を持った時点で死がつきまとう。
つまり、生と死は表裏一体なのだ。
ハルがユウスケにそう説明していた。生物はやがて機械のように壊れると。 アキは壊れてしまったのだろうか。
私は知識だけの死は知っている。ただ、死んだ生物を見た事がなかった。
当然、死ぬ瞬間も。
こんなにあっさり死んでしまうものなのか、全 く分からなかった。 胸が締めつけられるような圧迫感を感じる。
私はアキのことが嫌いだった。なのに、死んだと思ったら精神が痛みを訴えていた。黒く塗りつぶされて消えてしまいたくなる感じだった。
ハルも突然の事態に動揺しているのがわかった。赤や黄や青や黒や白の様々な色がとんでもない勢いで交錯するイメージが私の頭に送信されてきたからだ。
その激しさは凄まじく、頭蓋に反響して突き抜けそうなほどだった。 私は固まっていた。身体も思考も動かなかった。頭が真っ白だった。ハルも固まっていた。
ただ一つ違ったのは、ハルはすぐに動きを再開したことだった。
動いたハルは、アキの方に行かなかった。
ユウスケに助けを呼びに行ったのかもしれない。そう思っていると、なぜかハルは別の部屋に入っていった。
照明を点けると、ベッドやタンスなどがあった。ハルは迷わずベッドに行き、布団をめ くる。何かを探しているようだった。素早く手を動かしていた。
すると、手が止まり、何かをつまみ上げた。白い髪の毛だった。それをハルは右ポケットにしまう。明かりを消して部屋を出たハルは、ユウスケを呼んだ。
まわりがあわただしくなった。母親のミチコがどこかに電話している。助けを呼んでいるのだろう。ユウスケは動かなくなったアキを見て、泣きじゃくっていた。
映像がスライドした。ハルがどこかに向かっている。私は助けが来るまでアキに寄り添った方がいいのではないかと考えた。
ハルは一階のある部屋の前で立ち止まった。見覚えのある扉だった。少し前、ハルが髪の毛を拾った部屋の扉だ。
扉を開け、部屋に入った。 室内は薄暗く、静まり返った雰囲気が不気味だった。明かりが窓から差し込み、かろうじ て視界が確認できる。
窓のすぐ下に机があった。ハルはその机のそばまで行くと足を止めて、右ポケットから何かを取り出した。暗くてほとんどわからなかったが、私はそれがさっき拾った、白い髪の毛だと悟った。ハルは髪の毛を机の近くに落とした。
さらに扉へ向かうと、左ポケットからユウスケの部屋で拾っていた黒い髪の毛を一本落として、ハルは部屋を出た。
少し時が経って、強烈な音が肉の壁を通り抜けて私の耳をつんざいた。救急車のサイレンだった。アキは救急隊に担がれ運ばれていく。
生きてほしい、と私は本気で願った。
続く…
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