『春と私の小さな宇宙』 その36
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
部屋の両側一面に本棚が設置され、その内部に大量の本や資料が規則正しく並んでいた。
奥の壁の中央には窓がある。その窓の位置に木製の机があり、机上にはパソコンが置かれていた。
室内を見回すと塵一つ落ちていない。本もきっちり作者別、あいうえお順に並べられている。
大学内と同じく几帳面で潔癖症なのだろう。無駄の無い部屋にハルは思わず好感を持った。宮野と同じ潔癖症のハルも似たような部屋で暮らしている。
少しでも物を動けせば感づかれるため、行動に気をつけた。 本棚に手を伸ばし、一冊の本を抜き出す。開くとアルバムだった。
一瞬、ユウスケだと思ったが、宮野の子供時代の写真ようだった。よく似ていたが、写真下の日付が数十年前なので間違いない。アルバムを閉じて、正確にしまう。
次にハルはパソコンに手を掛けた。パスワードが表示される。さすがにわからない。粉の仕掛けをして解読してもいいが、パソコンだと暗証システムと違い、別のキーにも指紋が付いてしまう。あまり現実的な方法ではなかった。
パソコンはあきらめることにした。ハルはパソコンのマウスやキーボードを完璧に元の位置へ戻した。
完全記憶能力をもってすれば簡単なことである。 以前から研究室内でハルが使っていたパソコンが、わずかに動かされていた形跡があった。
誰かが無断で使用し、使ったことを隠すために位置を戻したのだ。わずか数ミリ単位 のずれだった。ここまで正確に戻すのはハルが知る限り、宮野くらいしかいなかった。
几帳面な彼ならそこまでしてもおかしくない。 そのパソコンは大学の設備だが、研究室内ではほとんどハル専用になっていた。
ほかの人間が使うことはまずなかった。そう、ただ一人を除いては。恐らく、何度もアクセスを試みて徒労に暮れていたのだろう。
前にパスワードを入力しようとしたとき、彼の視線がした。絶好のチャンスだと思ったに違いない。しかしハルが質問してきたので、あわてて断念していた。それでも、めげずにパスワードの入力と隠滅を繰り返しているようだった。
それがほぼ前回の位置にものがあるにかかわらず、数ミリずれているという現象を生み出したのだ。
いくら彼が慎重に、的確に戻したとしても、完全記憶能力でも持っていない 限り、目印無しで物体を完璧に元の位置へ戻すのは困難である。
机の引き出しを開けることにする。そこもやはり鍵がかかっていたので、開錠する。引き出しには一冊の日記が入っていた。ユウスケの成長を記録したものらしかった。ページ をめくる。ユウスケが生まれた直後から日記は始まっていた。我が子の行動や変化などの事柄が事細かに書かれている。
しかし、最近のページに向かっていくとともに文字数は激減していた。 生後一週間のページでは、このようなことが書かれていた。
日付 ××××年 ○月○日
行動内容
・ユウスケが生まれて一週間が経過した。まだ小さく、よく泣いていた。 ミルクを与えるとしばらくして泣き止んだ。
・排便の回数が多く、一日に五~七回ほど頻度だった。
・体内時計がまだ定まっていないのか昼夜の区別がつかず、起床と就寝 を短時間に繰り返していた。
発育変化
・目の機能が発達してきたようだ。かなり至近距離だが、周囲の動きに 反応した。
・ときどき、体重が減少していた。ミルクの摂取量よりも排出量多いために起こる生理現象のようだ。
最後のページは、ユウスケが五歳の誕生日を迎えたときのものだった。
日付 ××××年 ○月○日
行動内容
・五年経っても、幼稚な行動を繰り返していた。
・勉学に興味を示さず遊んでいた。誕生日にミチコが買ってきたゲームばかりしていた。
発育変化
昨日と同様、変化なし。
これは失敗作だ
ページの端に最後の言葉が殴り書かれていた。
宮野はユウスケに失望しているようだっ た。残りのページはきれいな白を保ち、次の文章を待っている。
結局、宮野の目的や弱みにつながる物証は見つからなかった。長居をする気はない。今日のところは一旦帰り、対策を練るとする。
帰宅するため、ハルが扉に手を掛けたその時だった。
ガチャリ。
玄関の扉が開いた。ミチコが帰ってきたようだった。
続く…
前の小説↓
第1話↓
書いた人↓