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T邸【泰山タイル乱張り】徹底解説
新たな泰山タイルが見つかったとの情報を頂き、現場に急行して来ました。
実は今年3月に京都東九条で開催した「泰山タイル里帰り展」に建物オーナーさんがいらしてくれていたのです。そこからの繋がりで今回の発見に至りました。
はじめに
T邸の玄関に張られたタイルは、泰山タイルを中心とした美術タイルの乱張りです。
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まず最初に乱張りを語るにあたり最も注意しなければならないことがあります。これら全てのタイルが泰山タイルではないことです。乱張りを構成するタイルは、泰山タイルを中心とした様々なタイルが使われている、と表現することが正しい情報となります。
T邸の乱張りタイルの最も注目すべき点は、乱張りは、一般的に人を持て成す為の場所、ホテルやレストラン、ダンスホール、遊郭などに張られることが多く、T邸のように一般住宅に張られることは極めて珍しいことです。また施工主と工務店(左官屋)、さらに工務店と泰山製陶所との関係も重視され、お金さえ払えば叶うというものでもありませんでした。
現代の建物装飾には、照明をはじめデジタル関連機器など様々な方法があります。しかし昭和初期にはその多くが存在せず、タイルやステンドグラス、壁紙、はたまた月明かりを利用するなどし、空間を彩る方法が取られていました。
特に注目したいことは以下の三点です。
①「印象」
一つ目は、玄関入口側から見た印象と、建物内部から見た印象が違うことです。色味の多いタイルを入口側、つまり客人側から見た際、より華やかに見えるように配置されています。まるで宝石箱のような印象です。
逆に建物内部からすぐの場所には、滑り止めになるよいに布目や凹凸のあるタイルが張られていることが判ります。この乱張りタイルが単なる装飾面だけを重視している訳ではなく、実用面や安全面にも配慮していたことを表しています。職人の意識の高さを感じます。
さらに他の建物の乱張りタイルに比べ、茶色を中心とした落ち着いた色のタイルが多いことも注目したい点です。これはやはり生活の場である一般住宅への配慮だと考えます。
②「張り方の美しさ」
二つ目は、張り方の美しさです。乱張りは大きさの異なるタイルを組み合わせて行くため、タイルの組み合わせだけではなく、目地の間隔や隙間空間の使い方も美しさに大きな影響を与えます。その点においても非常に精巧です。
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この乱張りの大きな特徴に、タイルの角を切りそれを合わせることによって生まれる空間にタイルを埋めていく方法、「方形乱張り」のスタイルが取られています。方形乱張りは、実は全体のバランスが取りにくくなり、より高度な技術が必要となります。それにも関わらず、玄関の非常に限られたスペースに方形乱張りの組み合わせを8箇所も取り入れていることに驚きを隠せません。
製作年と考えられる昭和9年は、泰山製陶所を含め関連する工務店や左官屋が技術、運営共に最も安定し成熟していた時期でもありました。その為、極めて美しく高い技術で製作されていることにも注目したい事実です。
③「貴重な美術タイルが多数」
三つ目は、貴重な美術タイルが多数使われていることです。乱張りは泰山製陶所の技術だと思われがちですが、実は泰山製陶所がオフィシャルで請け合い、施工したものは一つもありません。兵庫県尼崎市のとある左官職人の発案と技術によるものです。
旧甲子園ホテル、ジェームス邸、ヴェルデ辻甚、合田邸、京都の邸宅M邸は全てこの職人による施工です。きんせ旅館、多津美旅館は左官職人が異なります。
よく勘違いされることですが、乱張り=泰山タイルと思われがちですが、それは大きな間違いです。また乱張りの通説となっている余ったタイルや試験的に作られたタイルを集め、それらを中心に構成されていると言うのも口伝程度の根拠のないことです。一般的なタイルを使った乱張りではあり得ることかもしれませんが、泰山タイルを中心とした美術タイルで構成される乱張りでは「違う」と言う結論に至っています。
なぜならばT邸の乱張りにも当てはまることですが、世間的に名の知れた陶芸家によるタイルが多数使われています。これは余りが発生するようなものではなく、民藝の流れをもつ工芸品として一枚一枚受注されて作られたものでした。
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泰山製陶所をはじめ、清水焼のタイル工房には「◯◯タイルを何枚」と言う形で小ロットの受注記録が残っていることもその証です。これら美術タイルを製作していた工房が、タイルを手起こしで製作していたからこそ実現出来たことでもあります。
特にT邸の乱張りタイルには、博物館に所蔵されるような文化財クラスのタイルや、皇室ゆかりの建物にも使われているタイルが含まれていることも大きく注目したい事実です。製作のきっかけやその経緯が気になります。
建物周りには「石目タイル」
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建物周りには泰山製陶所が製作した石目タイルが使われています。石目タイルは現在では珍しいものですが、一般的な平面タイルや布目タイルと同様に泰山製陶所の主力製品でした。
洋室の暖炉には「窯変タイル」
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洋室の暖炉にも泰山タイルが使われています。泰山製陶所には暖炉とその周りの家具を一体に作る専門の職人(木工職人)がいました。T邸の暖炉もその流れをもつものです。
構成するタイルは茶金釉のボーダータイルと、辰砂釉7.5号角スクエアタイルです。辰砂釉は焼成が進み、紫色からその先の青色や水色の窯変が出たものをあえて集め構成しています。
この窯変は狙って出せるものではなく偶然の産物です。まるで宇宙の星雲のような雰囲気は、他では見ることの出来ない唯一無二のものです。
一つ特筆したいことはタイルの配置についてです。このタイルの張り方は左官職人が決めたものではなく、タイルを出荷する時点で泰山製陶所により決められ、張る順番通りに木箱に詰められました。左官職人はその木箱から出す順番通りに張るだけだったのです。泰山製陶所は左官職人の腕はもちろん、いかに指示通りに張れるかを重視していました。他のタイルメーカーや工務店ではあり得ない強いこだわりです。これは池田泰山の「美しくなければならない」と言う信念からくるものの一つでもありました。