こども家庭庁によるこども大綱に向けた意見を聴く取り組みはただのアリバイ作りにしか見えない
ざっくりまとめ
こども家庭庁のこども家庭審議会は、こども大綱策定に向けて公聴会やパブリックコメント募集など、こどもや若者、子育て当事者等の意見を聴く取り組みを行ってきた
その結果と、意見を聴いたうえでのこども施策の基本的な方針と重要事項等の修正案が公開された (こども家庭庁の基本政策部会 (第 10 回) にて)
それを見ると、子育て当事者から挙げられた 「各種支援の所得制限の撤廃」 は無かったものにされ、「年少扶養親族に対する扶養控除の復活」 は何の検討もなく却下されていた
また、他の意見についても、取り入れられたのは文言修正程度のものや、細かな施策の変更程度で、素案からほぼ変更はなかったと言える
その程度の影響しかない意見を聴く取り組みをなぜ実施したのか? それはこども基本法 (令和四年法律第七十七号) 第 17 条第 3 項に 「こどもやこどもを養育する者などの意見を反映させるために必要な措置を講ずる」 とあるからだと考えられる
つまり、法律で定められていることを、表面的に満たしたように見せるために実施したといえ、アリバイ作りと言ってよいだろう
本質的に意見を反映させることができていないわけで、こども家庭審議会のやり方には怒りを覚える
こども家庭庁によるこども大綱策定に向けての意見を聴く取り組み
こども家庭庁では、こども大綱策定に向けて意見を聴く取り組みとして、こどもや若者、子育て当事者やその他関係施設等から意見を聴く取り組みを行ってきた。
意見の対象は、2023 年 (令和 5 年) 4 月から、こども家庭審議会にて議論してきたことをまとめた 「中間整理」。 一般人に対する意見募集の詳細は次のページにまとまっている。
こどもや若者向けと大人向けで分かれているが、大人向けの意見募集としては、公聴会とパブリックコメントが実施された。
私もパブリックコメントで以下のような意見を送付した。
「今後5年程度を見据えたこども施策の基本的な方針と重要事項等〜こども大綱の策定に向けて〜 (中間整理)」 に対して提出した意見 - yunorixe-pub (scrapbox.io)
意見を聴く取り組みの結果
2023 年 11 月 17 日に実施されたこども家庭庁の基本政策部会 (第 10 回) の 「今後5年程度を見据えたこども施策の基本的な方針と重要事項等 ~こども大綱の策定に向けて~ (答申) (案) について」 の議題において、こども・若者、子育て当事者等の意見を聴く取り組みの実施結果とフィードバックについて話された。
資料は次のとおりである。
資料 1-1 : こども・若者、子育て当事者等の意見を聴く取組の実施結果及びフィードバックについて (案) (PDF / 1,511 KB)
資料 1-2 : 今後 5 年程度を見据えたこども施策の基本的な方針と重要事項等 ~こども大綱の策定に向けて~ (答申) (案) (PDF / 703 KB)
資料 1-3 : 今後 5 年程度を見据えたこども施策の基本的な方針と重要事項等 ~こども大綱の策定に向けて~ (答申) (案) 【説明資料】 (PDF / 1,370 KB)
これに対して、公聴会に出席した人たちから以下のような意見が出ていた。
資料 1-1 に、集まった意見 (主なもの) とそれに対する対応が書かれているのだが、これを見ると、公聴会で意見の多かったらしい 「各種支援の所得制限撤廃」 が無かったことにされている (各種支援の所得制限ではなく、児童手当の所得制限という形で矮小化されている) し、同じく声が多かったらしい 「年少扶養親族への扶養控除の復活」 という意見についてはただ 「廃止されました」 というわかりきった事実のみが書かれていた。
年少扶養控除の復活について
年少扶養控除は、民主党政権時代に 「控除から手当へ」 という考え方で子ども手当 (当時) の導入と引き換えに廃止されたものであるが、当初の想定よりも手当額が小さくなっており、一定の所得を超えると手当を貰うよりも (従来の) 扶養控除がある方が有利であるため、以下のように子育て支援として不適切なものになっている。
制度変更前後を比較すると、一定の所得を超える親にとっては、制度変更前の方が有利 (= 子育て支援のはずの制度が子育て支援になっていない)
さらに言うと、現在の児童手当制度だと一定の所得を超えると手当の給付がないため、一定の所得を超える親にとっては単なる増税でしかない (2024 年 10 月からは手当の所得制限はなくなる予定)
扶養対象者の違いで比較すると、一定の所得を超える親にとっては、年少扶養親族 (16 歳未満の扶養親族) を扶養するよりも成年のニートを扶養する方が有利 (= 子育て支援のはずの制度が子育て支援になっていない)
さらにいうと、年少扶養控除の復活は自由民主党 (自民党) の 2012 年の公約に書かれていた (参考)。 自民党は公約に掲げて与党として復活したにも関わらず、年少扶養控除を復活させずにいるわけである。
このように、年少扶養控除は廃止が当然というものではなく、十分に議論の余地があるものであるにもかかわらず、今回集まった意見に対して 「『控除から手当へ』 の考え方で廃止されました」 で終わらせているのは不誠実であろう。
各種支援の所得制限の廃止について
また、一定の所得を超える世帯にとっては、各種支援の所得制限も大きな問題である。 例えば私立高校授業料実質無償化。 以下は国の施策だけではなく東京都の施策も含んだものであるが、年収目安 910 万円を境に支給額に大きな崖がある。 高校生 2 人が私立高校に通っている家庭の場合、年収がこの基準内に収まるかどうかで、(私立高校授業料実質無償化の制度のことだけ考えても) 可処分所得が 100 万円弱も違ってくることになる。
これはあくまで一例であるが、このような所得制限が多数ある。 そして、それらの所得制限によって (給付も含めた) 可処分所得の逆転が起きうるのが現在の日本の子育て支援制度である。 上記の東京都の私立高校授業料実質無償化の制度であれば、100 万円程度の収入の差は普通に逆転しうる。 あまりに歪な制度であると言わざるを得ない。
そして、所得制限を受ける家庭は、一般的には累進課税により所得税などを多く収めている家庭でもある。 より多く税を納めているにもかかわらず、子育て支援を受けることができないという不公平感も大きいものだと考える。
ちなみに、所得制限の年収として 590 万円や 910 万円といった値が使われやすいが、これらは全国的な 30 代子育て世帯の世帯年収のボリュームゾーン (400 ~ 900 万円あたり) や東京 23 区における 30 代子育て世帯の世帯年収のボリュームゾーン (700 万円から 1100 万円あたり) (参考) の中に入っており、多くの子育て家庭に関わりうる問題である。 (一部の高所得者のみが除外されるだけなら所得制限をしても良い、というつもりではない。 念のため。)
このように、各種子育て支援の所得制限は歪で不公平なものであり、各種支援の所得制限について、法律で禁止するなどの対策を求める声が意見として散見される。 (集まった意見は 参考資料 1-1 : 意見を聴く取組でいただいた意見のまとめ (PDF / 3,794 KB) で確認できる)
それにもかかわらず、集まった 「各種支援に対する所得制限」 に対する意見は無かったものにして、「児童手当に対する所得制限」 に対してのみ 「2024 年 10 月からは所得制限がなくなります」 と答えているのは不誠実であろう。
全体として、文言の修正や軽微な変更ばかり
上では年少扶養控除の復活と各種支援の所得制限だけを取り上げたが、全体を見ても、ほぼほぼ中間報告の素案から大きな変更はなく、文言の修正や軽微な変更ばかりが採用されているように見える。
要するに、意見は集めるが、もともとの素案を変える気はほとんどなかったということなのであろう。 私も仕事で経験があるので、このように意見を集めて案を変更していくことが大変であるということは十分にわかるが、公聴会で大半の人が言っていたらしい意見を納得感ある説明なくあっさり棄却するというのは、そもそも意見を聴く気はほとんどなく、「意見を聴きました」 というアリバイ作りのためにやっただけだと思わざるを得ない。
なぜ意見を聴いたのか?
何のために意見を聴いたのか? なぜアリバイ作りが必要なのか? そう思う人も多そうである。
何のために意見を聴いたのか。 その答えは、こども基本法 (令和四年法律第七十七号) に書かれている。
上述のとおり、こども大綱を作成するにあたり、こどもやこどもを養育する者等の意見を反映させるために必要な措置を講じる必要があるとされている。 つまり、この法律を守るために意見を聴いているということだろう。
実際、こども政策推進会議 (第 1 回) の 「こども大綱の案の作成の進め方について (案)」 を見ると、意見に耳を傾ける必要性が明記され、そのためにこども家庭審議会に対して内閣総理大臣から諮問するという進め方が書かれている。 この形で、こども家庭審議会が意見を集めながらこども大綱の案を作成しているのだろう。
立法時点では、当然ながら 「真にこどもやこどもを養育する者やその他関係者の意見を集めてこども大綱に反映させる」 という意思が込められていたはずだが、時間がないからか何故かはわからないが、実情としては 「意見を集めて表面的に取り入れられるものだけ取り入れる」 という程度のものにしかなっていないように感じる。 こども家庭庁のこのような対応に憤りを覚える。
こども家庭庁には、改めて、真に 「意見を反映させる」 とはどういうことか、考えてもらいたいものである。