【深夜のショート・ショート】読書文通
このショート・ショートは、
トヨタ理のXにて【毎週月~金、深夜0時】に投稿している
深夜のショート・ショート群像劇「今日、きみがいい夢を見られますように。」の一編をまとめた記事です。
##1
日曜朝九時、喫茶サン・ゾンネ。
カウンター席の右端で珈琲を愉しみつつ、本棚から借りた小説を開く。
井坂士郎「電脳交遊譚」。
三章「東京」のページにメモが一枚。
『初雪降りました。寒い!』
初雪らしい北と一週間秋晴れが続く杜の都。
この本が遠くの彼女と僕を不可思議な糸で繋いでいる。
##2
一年前、偶然取った本のメモに気付いたのが始まりだった。
『井坂ファンいますか』
井坂信者だった僕はすぐに飛びついた。
『僕、ファンです』
週一の手紙が三十枚程溜まった頃、僕は知った。
彼女は井坂と珈琲好きのOLで。
この本が別の店と繋がっていて。
そして自分が彼女に恋をした事を。
##3
祈りながら本を開き、自分の字のメモがはらりと落ちる。
秋から手紙が届かないまま季節は冬になろうとしていた。
「弟大丈夫かなぁ」
ふとマスターと客の会話が耳に入る。
「札幌だっけ?」
「んだ。カフェやってんだけど雪がなぁ」
札幌のカフェ。
信じ難い直感に胸が騒がしく高鳴り始めた。
##4
粉雪の街を店内から眺める。
札幌の【喫茶サン月】。
勢いで来たが会えるのか?
「マスター久しぶり」
ベルの音と共に入店した男女。
「花純ちゃん。どうも」
その名で全てを悟った。
一ヶ月前に寿退社し、今まで新居の準備で忙しかった。
彼女の惚気が混じった珈琲は、ほろ苦かった。
##5
傷心が癒えた晩冬。
気まぐれにあの本を開くとメモがあった。
結婚で東京へ引っ越す。
だからこれが最後。
そんな内容と今までの感謝が記された手紙にふっと笑みが溢れる。
儚く長い糸の気配。
ペンを走らせて珈琲の香りと共にメモをとじる。
始めの一文は、勿論こうだ。
『井坂ファンいますか』
(終)
ここまでお読み頂きありがとうございました。
また、これまでの作品は、こちらのマガジンにまとめています。
また、最新作は【毎週月~金、深夜0時】X(旧Twitter)にて連載中です。
ぜひ、あわせてお楽しみ下さい。
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