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「クオン」 これ

 ああ、あなたって本当に素敵。焼け跡に咲く一輪の花みたい。もしくはアヒルの群れに紛れた白鳥。どんな美辞麗句を並べても、あなたの美しさは表しきれない。どうして、そんな純粋な目で見てくるの。崩れ落ちてしまいそう。昔の人が「愛は気づけばそこにあるもの」って言ってたけど、まさにそうね。生まれたときから一緒にいるみたい。心の一部なんて表現じゃとても収まらない。あなたは心そのもの。愛しいと思う心そのものだわ。

 ねぇ、もっとあなたのことを聞かせて。どんな子供だった? 学校では? 家では? 勉強はどれくらいできたの? 大事な友達はいた? ってこんなに聞くのも野暮ね。だって、あなたのことなんですもの。きっと明るく楽しい子供時代を送ってきたのね。顔を見るだけで分かるよ。愛されてきたって自負が、皮膚の隅々にまでみなぎってる。辛いことがあっても、周りの人の温かさに包まれて、ここまで育ってきたのね。とても素晴らしいことだと思うわ。あなたみたいになりたい人は、きっと世界中にたくさんいる。でも、誰もあなたにはなれない。あなたは特別。誰にも負けない輝きを放つダイヤモンド。

 そんな、首を横に振らないで。「自分はそんな大それた存在じゃない」なんて言わないで。いつも謙虚なのはあなたのいいところだけれど、それを快く思わない人間だっているんだからね。鏡は見てる? 目も鼻も眉も、あなたは筆舌に尽くしがたいほどかっこいいのよ。まるで幸運の星の、王子様みたい。外見だけじゃない。あなたの心はもっと綺麗。だってこの前も、白杖をついている人に寄り添ったり、募金箱に千円札を入れてたりしたでしょ。ホームレスや難民の支援基金にも寄付してる。それは誰にでもできることじゃない。持って生まれた人間の義務は、決してへりくだらず、自分が持っているものを人々に分け与えること。あなたはそれができてるじゃない。だからあなたは、狂おしいほど立派なのよ。

 ねぇ、今週の週末は空いてる? だったら、どこかに出かけようよ。山でも海でも、カフェでも映画館でもいいよ。あなたの行きたいところなら、どこでもついていくから。別に気なんて遣ってないよ。あなたの笑顔は、界をぱっと輝かせるの。みんなに幸せを与えるの。でも、あまりお金がかかるところは勘弁ね。高級レストランとか、ラグジュアリーホテルとか、財布が悲鳴をあげちゃう。あなただって知ってるでしょ。だから、できるだけ一万円以内で収まるところがいいな。って、これは「どこでも」って言葉に反してるね。条件をつけて、あなたを縛ってるね。ごめんね。今言ったことは忘れていいから。全然気にしなくて大丈夫だから。あなたが行きたいって言ったなら海の向こうでも一緒に行くよ。だって、それが大切に想うってことでしょ?

 そういえば、まだあなたの好きな本や映画を聞いてなかったね。恋愛ものは好き? 若い男女が下北沢や高円寺あたりで出会って、なんやかんや付き合った後に、最後は切ない別れを迎えるの。えっ、あまり好きじゃない? じゃあ、どういったのが好きなの? ああ、人がバッタバッタと死ぬスプラッター映画。『13日の金曜日』とか『ミスト』みたいなやつ? えっ、『ミスト』はスプラッター映画じゃない? ごめんごめん。結末しか知らないから、今度ちゃんと見てみるね。誰かと一緒に見る映画じゃなさそうだけど、よければ一緒に見たいな。あなたと一緒ならそれほど怖く感じなさそう。ビビってるって? まあ、そうね。だってそういう映画ってあまり進んで見ないから。どうせなら、明るくハッピーなものを見た方がよくない? ってこれは現実逃避してるだけか。

 ところで、もうすぐあなたの誕生日だよね。えっ? 言ってないのに、どうして知ってるかって? そんなのSNSを見れば簡単に分かるよ。あなた生年月日まで登録しているでしょ? 二〇〇一年六月五日。合ってるよね? そっか、もうすぐ二一歳になるんだね。人生で一番楽しい年頃だ。少しだけ人生の先輩からアドバイスをするとしたら、何か人に聞くのをためらわずに、自分からどんどん訊ねていくこと。年を取るにつれて、無駄なプライドっていうのはどうしても出てきちゃうから。あなたにはまだ、溢れる若さっていうアドバンテージがある。小動物みたいな人懐っこさも兼ね備えているから、どんな人にも気に入られるはず。その利点を生かして、人に色々聞いてみれば、いずれ自分の役に立つよ。まずは誰に対しても、心を開いてみて。今でもあなたは十分開放的だけど、人生がぐっと豊かに楽しくなるよ。

 そうだ。今一番ほしいものって何かある? さすがに車とか家は無理だけど、できる範囲であげるよ。いいのいいの、遠慮しなくて。誕生日プレゼントだと思って。ほら、何でも言ってごらん。うんうん。先月PS5で出たゲーム? なんだ、そんなのでいいの? あっ、「そんなの」って言っちゃいけないか。値段はどうにせよ、あなたがほしいものを「そんなの」呼ばわりはよくないよね。でも、意外と欲ないのね。まだ二十歳だからもっと高価なものほしがると思ってた。ううん。バカになんてしてない。ほしいものは人それぞれで、そこに優劣なんてないから。分かった。さっそく明日買ってあげるね。で、よかったら一緒に遊ぼうね。PS5はやったことないけど、笑わないで手取り足取り教えてくれる? いや、聞くまでもないよね。あなたが優しいのは誰だって知ってる。息を吐くように人に親切にできる。それはあなただけの長所だよ。この先どれだけ年を重ねて、嫌なことがあっても、絶対にその心をなくさないでね。

 あのね、あと今日は一つお願いがあるの。もしあなたがよければ、来月からでも同じ部屋で暮らしたいなって。ううん、ギャグや冗談じゃないよ。当たり前だけど、お互い育ってきた環境も違うし、慣習もちょっと異なるじゃない。だから、これからもずっと一緒にいられるように、一回ちゃんと理解を深めておきたいんだ。あっ、あなたに悪いところがあるから直せって、言ってるんじゃないよ。あなたはそのままのあなたが、最高に素敵なんだから、変わる必要なんてない。言い方は変だけど、擦り寄りたいの。あなたと同じ生活をして、あなたをもっと分かって、あなたのかけがえのない存在になりたい。ちょっとやそっとじゃ、びくともしない地位まで上がりたいの。そうすれば、もっと幸せな二人になれる。二人だけの世界で、寝ても覚めても一緒に暮らすの。

 うん、分かってる。急すぎるよね。だって、来月てったってもう明日だもん。人生を左右する重大事項だからね。焦って決めることない。ゆっくり考えてくれていいよ。でも、これだけは分かって。あなたに人生を捧げたいと思ってるってことだけは。ちょっと重いかな? でも、愛ってそういうことでしょ。大好きな人の人生の一部になりたい。そのためならあげられるものは何でもあげる。どんな犠牲も厭わない。それが愛するってことだよね? 壊れたおもちゃみたいだった。あなたに出会うまでは。でも、あなたを知って、関節が動いて、心臓が鳴って、一人で歩けるようになったの。あなたのいない人生には、毛ほどの価値もない。全てがあなたありきなの。分かってくれるよね?

 いや、分かる分からないの問題じゃないね。結局は頭の前に心がどう思ってるかだよね。あなたの心はエスパーでも覗けない。それだけ複雑な構造をしているもの。あなたの中にも「好き」って気持ちはあるでしょ。ただ、それが迷路みたいに入り組んでいる心の中で、さまよってるだけ。本当は出てきたいんだよね。「好き」って言葉にして伝えたいんだよね。待つよ、いくらでも。一〇年でも二〇年でも。あなたが素直になれるまで。だって、時間を経れば経るほど愛は大きくなるんだから。受け取ったときの喜びが増すんだから。ううん、大変だなんて思ってないよ。だって、もう好きになっちゃったんだもん。しょうがないよ。この先もずっと、死ぬまで一緒にいようね。他の誰でもない、あなたとならそれができると思うんだ。

* * *

「どうだ? 実験の様子は?」

「何も異常ありません。バイタルも脳波も全て正常です」

「そうか。なら何よりだ。このまま実験を続けよう」

「あの、彼女ってあの植物が、人間に見えてるんですよね」

「そうだが、それがどうかしたのか?」

「いえ、何か気の毒だなと思いまして」

「何だ? もしかして彼女に同情してるのか?」

「いえ、そういうことではないです。科学の進歩にはトライアンドエラーが欠かせないことは分かってますし」

「そうだな。実際、彼女は望んでここに来た。Kooky Unison Of Naturalization。通称〝クオン〟。高い依存性と覚醒作用を持つ新種だ。その実験にな」

「今の彼女にはクオンが、理想の相手に見えてるんですよね」

「理論的には、そうだな。もちろん、どんな光景が見えているかは、彼女しか分からないが」

「……この実験って、何のためにしてるんでしょうか」

「それは当然、人類の発展のためだろ。クオンが発している成分を分析できれば、抗不安剤に役立てられるかもしれない。人類が精神疾患に打ち勝つための大きな武器になり得るんだ」

「でも、その代わりにこのままだと彼女は……」

「いずれは脳の機能が衰えて死に至るな。でも、彼女はそれを承知で、この実験に協力してくれてるんだ。暗い顔をして「死なせてください」と言った日のことは、お前も覚えてるだろ?」

「……そうですね」

「彼女も科学の、人類のために役に立てるなら本望だろ。彼女の意志を決して無駄にしないこと。それが我々の仕事であり義務だ。違うか?」

「いいえ、何も違わないです」

「そうだろ。だから、このまま観察を続けろ。片時も彼女から目を離すんじゃないぞ」

「了解しました」

(完)



『クオン』これ 植物のある風景(3996字)
〈これさんの他の作品を読みたい方はこちらhtpps://note.com/19940604


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