「恐怖!巨大花!!」 両目洞窟人間
ねこの友達の宮本さんと道でばったり会ったら、彼女の腕の中には植木鉢が1つ。
「春にゃので花を買うことにしましたにゃ~」と宮本さんは言うので、私は「いいじゃんいいじゃん」と言って別れてから数週間後、超慌てた様子の宮本さんから電話。
「鈴木さん!助けてください!フリージやん!フリージやんが!!」
フリージやん、ってのがなんのことかわからなかったけども、とにかく超やばいって思った私は自転車でしゃーって宮本さんの住むアパートへ。
宮本さんは「フリージやんが巨大化したんです…」と言ってベランダを指差すと、そこには大きな茎に大きな葉に大きな赤い花弁、そしてあるはずの無い大きな口をあけた大きな花がゆらゆらと揺れてて超やばい。
「昨日まではそんなことにゃかったんです。でも朝起きたら、フリージやんはこんにゃことに」
宮本さんはコーヒーをこんな時でもサイフォン式で淹れてくれる。
ゆらゆら揺れるアルコールランプの火。ベランダの向こうではゆらゆら揺れる巨大花。
「フリージやんって?」
「ああ、あの花の名前で、フリージアの花なのでフリージやんって呼んでるんです」
「めっちゃかわいい名前じゃん」
「えへへへ」
ばんっと大きな音して、そちらに顔をむけると、ベランダに通じるガラス製の引き戸に花が大きな口を押しつけていた。
「ひいっ」と宮本さんが叫ぶ。
「大丈夫。あれは引き戸だし」
「でも割られるかも」
「ワイヤーかなんか入ってるからしばらくは大丈夫だよ。いざとなったら走って逃げよう。宮本さん50メートル何秒」
「18秒です」
「死ぬかも」
「ええ~」
と言っていると、フリージやんはよいしょって鉢植えから足を出して、葉っぱを手のように使って引き戸をがらがらがら~と開けて部屋に入ってきて腰を抜かした私たちは「ぎゃー」と叫ぶ。
そしたらフリージやんは「お待ちください。私はあなたたちを食べるつもりはありません」と言う。
フリージやんは正座をして、私たちの前に座る。その瞬間にフラスコの水が沸騰して熱湯があがり、コーヒーができていく。宮本さんが戸惑っているとフリージやんは「さあ、かき混ぜて」と言わんばかりに手を、というか葉っぱを差し出したので、宮本さんはスプーンでサイフォンの上部のコーヒーをかき混ぜるのだった。
私は何これと思いつつ、敵意はなさそうなことに安心していた。
淹れたコーヒーをフリージやんにも出そうとしたら「私は辞めておきます。猫舌なんですよ」と言う。そう言った後に「いや、本物の猫がいるのに、猫舌の話をするのはよくなかったですかね」と言う。私は思ったよりもうるさいことを言う花だなあと思う。
私はコーヒーをずびずび飲む。
宮本さんは天然猫舌持ちなので冷えるのを待っている。以前アイスコーヒーを飲めばと言ったら、冷たいのはお腹を壊すので……と言っていたのを思い出す。
「あの、何者ですか」私は聞く。
「ああ、花です。フリージアです」
「フリージやんって呼んでます」宮本さんが言う。
「フリージやん、いや、なんで花なのに生きてるんですか」
「花は全て生きていますよ」
「いや、そういう宇宙船地球号みたいな話じゃなくて、なんていうか、その、その、口とかあるのかなって」
「ああ、なるほどこれね。これかあ。え、他のフリージアって無いものなんですか?」
私は困る。あんまりフリージアのことを知らない、というか花全般のこと知らない。
宮本さんを見ると、頭を横に速く振る。無い無い無い。
「無いそうです」
「はあ、びっくりですねえ」
「びっくりです」
「びっくりしました」宮本さんも言う。
「でも、こうやって身体や口もあるし。なんですかねこれ、進化ですかね」
「進化ってそんな唐突に起きるんですか?」私は聞く。
「いや知らないですよ」花は言う。
「知ってることと知らないことの差が凄くありませんか」
「だって、教育機関に通ってるわけでも学者ってわけでもないんです。私は今、地頭だけで喋ってるんです。それを褒めていただきたい」
「はあ……」
「にゃあ……」
へたすると食べられるより面倒くさいことになったのかもなあと私は思ってしまった。
その後、フリージやんから伝えられたのは「私の姿に驚かずこれからも水をやり続けてください」ということだった。
宮本さんは了解していたが、それは怯えていたからだった。
「大丈夫?」
「大丈夫ですけども、正直戸惑っています」宮本さんは言う。
私はなんて言ったらいいかわかんなかったので「また何かあったら、というか何もなくても連絡してくれたらいいから」と言う。
そしたら、日々宮本さんからの連絡が届くようになる。
"水をあげるとありがとうと言ってきます。嬉しいけども不気味です"
"一日中ベランダにいるのは退屈だから何か本をくれと言ってきました。早速面倒くさいことを言っています"
"とりあえず家にある小説を渡してみたら1日で読み切りました。なんなら感想も話してきます。意外とちゃんと読んでいます。しっかりしています"
"もう家にある本、全部読まれました。今日、図書館に行かなきゃです"
"フリージやんが好きな本の傾向がわかりました。フリージやんはミステリーは嫌いみたいで、ノンフィクションや哲学書が好きみたいです。なんか面倒くさそうって思いました"
"凄い勢いで本を読んでいきます。私の生涯で読んだ読書量はとっくに抜かれています"
"フリージやんが、学校に通いたいと言い始めました。近くでやっている夜間中学がないか探しました"
"夜間中学で出来た友達を連れて家に来ました。いい人達ですが、ここは私の家ですよね?私、なんかフリージやんとシェアハウスをしている気持ちになってきました"
"フリージやんは夜間中学で「これまでで一番の秀才」と呼ばれているそうです"
"なんかわかんないけども、高校の勉強もしているとか。飛び級ですかね"
"大検取るそうです"
毎日流れてくるフリージやんの生活を読むのが楽しくなっていった頃、また宮本さんから電話がかかる。
「あの、フリージやんにゃんですけども、出て行くそうです」
「今までお世話になりました」フリージやんは深々とお辞儀をし、私たちもお辞儀を返す。
「ここまで知恵や知識をつけることができたのも、あなたたちのおかげです」
「いえいえ。フリージやんさんが頑張ったからですよ」
「あの……これお祝いのプレゼントです」と宮本さんは肥料のアンプルを渡す。
フリージやんは「買ってくれたのが宮本さんで本当に良かったです」と涙声で言ったが、よく考えると目はないはずなので、どこで泣いているのか、どこで本を読んでいるのかわからなくなった。が、それは気にしないことにした。
「それでは」とフリージやんは言って、宮本さんの家から出て行った。
あとには空になった植木鉢が1つ。
「行っちゃったね」
「寂しいですけども、フリージやんさんとはまた会えると信じています」宮本さんも涙声になっていた。私も少し胸を打たれ、目が熱くなっていた。
あの奇妙で賢い花とはまたどこかで出会えるだろう。その時を信じて、私たちは日々生活していくのだろう。
私は宮本さんの手と肉球を握り、うんと頷くのだった。
それから数ヶ月が経ち、フリージやんのことも忘れて日々を生きていると宮本さんから連絡があった。
「今、送った動画のリンクを見てくださいっ!フリージやん、フリージやんが!」
と、リンクを飛ぶとそれはライブ映像で、そこにはマントで身体を覆ったフリージやんが人類に宣戦布告をしていた。
「SDGs、笑わせるな。持続不可能状態に陥っているのは人類そのものじゃないか。お前達の持続可能性は今日0%になる。お前達は17の目標を絶滅によって達成するのだ」
ずどーんと大きな揺れが突然やってくる。何かが崩れる音。人々の悲鳴。サイレンやクラクション。
私の家の窓からもそれは見え、何が起きているか気がつくが、それを咄嗟に言葉にすることができない。
スマートフォンに大量の通知。ほぼ同じ文章。
"街に超巨大な花が咲き、死傷者多数"
窓の向こう、遠くの街に超巨大になったフリージやんがそびえ立っている。
テレビをつけると、どんなビルよりもでかいフリージやんがずどーんと咲いていて「信じられません。こんな花を見たことあるでしょうか!」とヘリコプターに乗ったリポーターが叫んでいる。そしたら、その花の葉っぱがぶわんっとヘリコプターに向かってきて「うわわ!」とリポーターが叫んだ次の瞬間には映像は途切れてスタジオに行き「これは世界の終わりだよねえ~」と司会者が嘆いている。
しばらくすると宮本さんが私の家にやってきて嘆いている。
「私のせいです……私がフリージやんを、あんな花を買ったから」
「宮本さんのせいじゃないよ。そもそもこんなことになると思って買ったわけじゃないんだし」
「ううう……」
窓の向こう、遠くの方で超巨大なフリージやんがうねうねと動いている。
「うゔぉぼおおおおおおおおおおおおおおおお」
フリージやんの咆哮が辺り全体に轟いた。
このままフリージやんによって世界は滅亡するのかもしれない。その時は本気でそう思えた。
しかし、どこまでいっても花は花だった。
枯れ葉剤と火炎放射で超巨大なフリージやんはあっさりと撃退されてしまった。
赤く燃えるような夕日の下で、フリージやんは灰になった。そしてさらさらと、散って舞った。
その後、花達の反乱集団、通称「フラワーパニッシュメント」というダサい名前のグループがバックにいたこと、奴らが植物園をアジトにしていたことも発見され、枯れ葉剤と火炎放射器を装備した特殊部隊が突入し、一斉検挙。
「我々花は人類のことを許していないぞ。人類め、この人類め!」とリーダーのパンジーが報道陣に向かって叫んでいるのが放送されるが、私と宮本さんはいつまでも灰になってしまったフリージやんのことを考えている。
宮本さんの家でたこ焼きパーティをしながら、話はフリージやんのことになる。
「フリージやんはなんであんなことになったんでしょうか」
「……わからない。私達と一緒にいる時から考えていたのかもしれないし、もしかしたら出ていってから何かを思ったのかもしれない」
「私が止めることってできるんでしょうか。仮にも一緒に住んでいたわけですし」
私は考えて止めることはできた、と言おうするが、結局言えない。多分だけども、止めることはできなかった。もうどこかの段階でフリージやんは間違えてしまって、それは宮本さんや私にはどうすることもできないものだったのだ。
でも、超巨大化した挙げ句に灰になってしまうことは避けられたのかもしれないと思う。
だからそれだけは悔やむけども、それを言ってしまうことは宮本さんに更に罪の意識を重ねてしまう。だから私は黙って、たこ焼きを回転させていく。
「鈴木さん」宮本さんは私を呼ぶ。
「何?」
「鈴木さんってたこ焼きを焼くの上手いですにゃ」
「そんなことないよ。宮本さんもやってみる?」
「じゃあ、お言葉に甘えて、えいえい、やい、あっ」と回転させたたこ焼きは飛んでいって、ばんっとガラスの引き戸に当たって床に転がる。
私達はそれを見て、ちょっと思い出して、それで、ちょっと寂しい気持ちになった。
〈了〉
『恐怖!巨大花!!』両目洞窟人間 植物のある風景(4561字)
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