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「アンダーグラウンド・ガールズ・ラフィング・エキセントリック・ジョーク」 両目洞窟人間

 私が産まれたときには人工知能搭載ロボットが平気で漫才をやるどころか、どっかんどっかん笑いを取って、人間の出る幕無し。お笑いに限らずだけど。
 だいぶ昔に地球は荒廃。人類はロボットと猫をつれて宇宙と地下に移住。
 偉い人とお金持ちと高性能ロボットは宇宙へ。
 貧乏人とおんぼろロボットと猫は地下へ。
 超格差世界!
 それでも人類は最初、地球を再建するんだ!と頑張ってたらしい。でも早々に心が折れ、宇宙と地下に引きこもり、滅び行く未来に目をそらして、かつてのエンタメと人工知能搭載ロボットが提供するお笑いに笑う日々。
 今日も宇宙移住区の受像機番組収録スタジオからお笑い番組が放送中。
 番組のMCは緑の液体に浮かぶ脳みそ。
 この脳みそMCは200年前からずっと売れっ子で脳みそだけでもめちゃ大回し。
 「俺に身体があったらどついてるで!」と思念をスピーカーで発して、スタジオのロボット芸人がどっかんどっかん。
 私も家のブラウン管受像機で見て笑う。
 家は地下15階の居住区エリアのハニカムボックスF-28。電気の供給は不安定で、薄暗くてちょっと寒い。だから家にいるときは毛布が手放せない。
 ぷしゅーと音がして扉が開き、マスクをつけた父が帰宅。
「おかえり~」
「ただいま~」
 父はマスクのフィルターを外してゴミ箱に捨てる。
「フィルター、また高くなるねんて。増税やって」
「また~?増税ばっかりやな~」
「あれ?ミクちゃん、今日地上課外授業ちゃうん?」
「ちゃうねん、地上の環境が荒れてるから中央公共広場になってん」
「えーほんまかー。じゃあ見たん?広場の人工マグロ」
「うん。泳ぐんめっちゃ早かったわ。一匹、速すぎてばらばらになってん」
「まだ安定せえへんなあ」
「だからそのマグロを食べさせて貰ってん。美味しかったわ~」
「ええなー」
「あれ?お父さん、いつもツナ食べてない?」
「あれ、原材料、植物やで」
 ブラウン管受像機から大きな笑い声が聞こえる。元工業用ロボット漫才師"合金ドリル"の漫才だ。
 旧型ドリルの"KB-200"が「滅亡する人類に笑いを取っても無駄やろ」って言って、相方の"TM-350"が「そんなん言うなや、わしらは死にゆく人類におまんま食わせてもらってんねや」って言う。
 私らは平気で笑う。
 人類が滅び行くことに私たちは傷つくことはなくなっている。

 昔、本当に昔、猫は人類のペットだったんだけども、その頃の富裕層が何を思ったか遺伝子改良。猫は巨大化して二足歩行になって喋ってめっちゃ賢くなって社会参加。
 けども、中央政府は猫を政治に参加させない。未だに残る猫差別!
 私はちょっと怒ってる。猫への猫権意識の高さではなく、あくびちゃんが大人になる頃にはもっといい世の中になってほしいからだ。
 あくびちゃんはクラスメイトで眼鏡が似合う親友の猫。あくびちゃんはめっちゃ賢い。赤点をめっちゃ取る私なんかより。
 返却されたテストを見ながらあくびちゃんに「成績が保存されてるサーバーって破壊できひんかなあ」って聞いてみたら「できないことはないけども、見つかったら死刑だよ」って言われて辞めておくことにする。
 公共物に手を出したら死刑なのだ。
 最近、うちの学校の先輩が中央広場の造花を抜いて死刑になったらしい。
 中央広場の造花の花壇には抜かれた花を偲んで泣き崩れる人が続出してる。
 変な世界!

 あくびちゃんは体調崩して今日の課外授業には来なかったので、後日、人工マグロの話をしたら「見たかったにゃあ~」ていう。
 未だに「な」行はなまっちゃうらしく、それにかわいい~って思いながら、次の休みの日に見に行こうって話になる。
 そんで、休みの日、地下10階の商業区域のいつものファミレスに早くに着いた私は、汚染除去装置の風を浴び、マスクを外して、いつものテーブルであくびちゃんを待ちながら、分厚いガラス越しに店外を見る。
 マスクをつけた人々がゆらゆらと薄暗い通路を歩く。
 装着型携帯端末で時間を確認していると"カタカタカタ"と読み込みの音がして「キョウモ、オセンノウドガ、タカイデス。マスクヲワスレズニ」ってオレンジ色のメッセージが流れ、その後はいつもの広告。
 私は端末のダイヤルを回して「ツイタヨー」ってあくびちゃんに連絡をすると、すぐに端末がカタカタカタと鳴って「イマ、ジュッカイ。モウスグ」って連絡が流れてきたので、しばらく待ってると、分厚いガラスの向こうに紺のコートを着たあくびちゃん。
 私が手を振るとあくびちゃんも手を振って、店内に入り、ぷしゅしゅ~と、汚染除去装置の音がし、それから私がいるテーブルへ。
 マスクを外しながら「ごめん!待った?」と言って、鞄から取り出した眼鏡をつけていつものあくびちゃん。
「全然だよ~。なんか食べる?」
「うん。お昼食べてないし」
「私も。あ、すいませーん」の声に反応してピンクの身体に黒のエプロンをつけた足がキャタピラのウェイトレスロボがやってくる。
「えーと、旧ミラノ風ドリア」と私が言う。
「あ、私も」
 カタカタカタと読み込む音がして、ウェイトレスロボはキュルキュルとキャタピラを回転させ離れていく。

 旧ミラノ風ドリアを食べて、私たちはすぐに中央広場に行くつもりが、変な話で盛り上がってしまって二時間以上そこで喋る。
 私たちは涙を流すくらい笑い合って、でもそろそろ行かなきゃだね~じゃあそろそろ出ようかってなったところで私とあくびちゃんの装着携帯端末が、カタカタカタと読み込みの音がして、画面上部にニュース速報が流れる。
 「ニュースソクホウ。チュウオウヒロバデ、バクハツ。ハンチュウオウセイフハバツニヨル、"テロ"ノカノウセイ」
 オレンジ色の文字が右から左に3回ほど流れて、カタカタカタと音がし、また広告に戻る。
「え、大丈夫かな」
「けが人とか出てへんかったらいいけども」
「人工マグロも、大丈夫かな」
「大丈夫だと思いたいにゃあ……」
 そしたらカタカタカタと音がして「ソクホウ。バクハツノエイキョウデ、チュウオウヒロバノ、ジンコウマグロ、ゼンメツノカノウセイ」と右から左に三回流れ、また広告に戻る。
「うにゃにゃにゃにゃにゃ……」とあくびちゃんが戸惑っている。めちゃくちゃ困るとあくびちゃんは限りなく原初のねこに戻ってしまうのだ。かわいい。
「えーどうしよう」とあくびちゃんが言う。不安そうにしている。
「どうすることもできないし……しばらく、ここにいよ。お客さんも少ないし」と私は言う。
「そうやね……」とあくびちゃんは言って、私たちはまた席に座る。
 爆発事件のニュースで私たちは不安になる。
「最近、多いね」とあくびちゃん。
「嫌やなあ」
「みんな気が立ってるんかなあ」
「あんまり良いこともないし」
「でも、爆発とか、しちゃだめだよね」
「うん……」
 私はその後に何も言えなくて、分厚いガラスの向こうを見る。
 歩く人々の中に、同じ背格好で同じ黒色の服を着た二人組を見つけ、それが誰かわかって私は手を振ると二人組も私に気がついて手を振り返す。
「誰?」とあくびちゃんが聞く。
「お隣さんの坩堝さん」
「坩堝さん?仲良いの?」
「うん、小さい頃から」
「へー。何をしてる人なん?」
「芸人さんだよ」
「芸人さん?」
 坩堝姉妹はそっちに言っていい?ってジェスチャーで私は頷く。
「じゃあ、ロボットさん?」あくびちゃんが尋ねる。
「違うよ。人間さん。双子で芸人やってんねん」
「え?人間の芸人さんっているの?」
「うんいるよ~。まあ、人間の芸人って少ないけど、でもいるにはいるし、この商業地区の劇場もあるよ」
「え、劇場なんてあるん?」
「うん、商業地区の奥の奥に」
「あ、治安悪いところだ」
 ぷしゅう~って汚染除去装置の音がして、双子の坩堝姉妹は私らのテーブルにやってくる。
「ミクちゃん~!どないしたん~!元気~?あー遊んでるん?あ~猫ちゃんやん!」とお姉さんのマミミさんが聞く。
「はい、今、遊んでて、あ、友達の、あくびちゃんです」
「あくびです。ええと・・・」
「私はマミミで、」
「ムミミです」
 マミミさんとムミミさんは顔も着ている服も背格好も全く同じで、靴だけが違う色。
 マミミさんが黒のブーツで、ムミミさんがピンクのスニーカー。
「よろしくお願いします」とあくびちゃんはお辞儀をする。
「えー、かわいい猫ちゃんやんか。学校の子~?」ムミミさんが言う。
「はい、あくびちゃんは学校の友達で。坩堝さん達も遊んでるんですか?」
「ちゃうちゃう~!今からお笑いライブ~!出る方だよ~」と坩堝姉妹は言う。双子だからか自然と声が合ってる。
「え、お笑いライブって、漫才するんですか」とあくびちゃんは言う。
「うん。そうやで~、猫ちゃんも見に来る~?」マミミさんが言う。
「え、見ていいんですか?」あくびちゃんは驚いてる。
「うん来ていいよ~。まあ、人間のやるお笑いやから、お客さんも少ないんやけど~。受像機に出てる芸人は出えへんから気に入って貰えるかわからんけど、ミクちゃんの友達ってことで安くするし、どう、見に来る~?」とムミミさん。
 あくびちゃんの顔を見ると、きらきらした目でこちらを見ているので私は「行きたいです」って言う。

 坩堝姉妹の案内で商業地区の奥まで歩いて行く。
 通りに並ぶ小さな居酒屋や屋台から濃霧のような煙がもくもくで視界が悪くて、私は思わず離れないようにあくびちゃんの手を握る。
 そんな路地の奥の奥、合金皮膚を取り扱う皮膚科とアイインプラントを取り扱う眼科に挟まれてその劇場はあって、点滅するピンクのネオンの矢印の下のドアについた丸ハンドルを回して開けると、受付にはガスマスクの女性が座っていて、ブラウン管に接続した端末を操作している。
 女性の案内で奥の重たいドアを抜けると、安っぽい丸椅子が30ほど並んで、ステージがあり、そこにはマイクが一本立っている。
 後から入ってきた10人くらいのお客さんとしばらく待っていると明かりが全て消えて、再びつくと「どうも~~~!!!」って信じられないほど大勢の人間の声が聞こえて私たちはびくっとする。

 受付で"日曜日の遊牧民"こと坩堝姉妹が立っていてお客さんを見送ってる。
「あ~猫ちゃん!面白かった~?」とマミミさん。
「はい!にゃんていうか、凄かったです!」とあくびちゃんが言う。
「あ~ねこちゃんかわいい~!そう言ってくれてうれしい~!」坩堝姉妹は手を振って、私たちは劇場をあとにする。
 私たちはまだ興奮でふわふわして、まだ話したい!ってなって、私たちはさっきのファミレスに戻って、さっきのテーブルで、足がキャタピラのウェイトレスロボにドリンクバーだけを頼んで喋り始める。
「ねえ誰が面白かった?」私が聞くとあくびちゃんは目を輝かせている。
「とりあえず全員なんだけども~!」
「わかる~!」
「でも、それぞれで面白さがちゃうくて!、あの、最初の東証一部百万さん!」
「めっちゃ人いたよね~」
「凄い沢山の人で凄いリアルな街を作ってたのが凄かったよね」
「なんか凄いコント?だったよね~」
「うん!本当凄かったにゃー!あと全然違うけども、フーアムアイさん?も凄かったね」
「めっちゃ大きい声で、小道具破壊しまくってた人らよね?」
「そうそう!めっちゃ笑ったにゃ~」
「一通り小道具破壊してから、漫才しま~すって言ったんやばくなかった?」
「やばかったよね~」
 ってそんなことを一組ずつ言っていく。
 坩堝姉妹の漫才コンビ"日曜日の遊牧民"の話になるとあくびちゃんはまた目を輝かせる。
「なんていうか、私たちって地下からどこにも行けへんやんか」
「うん」
「漫才聞いてて、初めてどこかに行ったって言うか、旅をしたような、そんな気持ちになったっていうか」
「うんうん」
「なんであんなこと、喋ってるだけって言ったら悪いんだけども、にゃんでそれができるんだろうって」
「ねえ~」
「……あんなこと、自分にもできたらにゃあって思っちゃった」あくびちゃんは言う。
 私はしばらく考えてる。あくびちゃんは眼鏡の奥を輝かせている。
 私はドリンクバーで注いだ偽炭酸ショウガ水を飲み干す。そして思っていたことを言おうとする。舞台を見ながら思っていたこと、舞台を見終わってから思っていたこと、このファミレスに行きながら思っていたこと、このテーブルに座ってからずっと思っていたこと。
「ねえ、あくびちゃん。あのね……」
「なに?」
「あの、あ、漫才、……やらへん?」
「え!?」とあくびちゃんはびっくりしている。
「あ、あの、あの舞台を見ていたら、漫才やりたいって思っちゃって、あ!全然プロになろうってことじゃなくて、でも、漫才がやりたいなって。で、よければそれはあくびちゃんとやりたい。というか、あくびちゃんとじゃなきゃ漫才やらなくていいって思うし……」
 私はそこまで言って、テーブルを見る。
「……やろう。うん、やろ!やろう!」あくびちゃんは言う。
 私は多分今、もの凄くにやけている。
 凄く嬉しい。
 こんな嬉しいことがあったなんてって思ってる。
 それで私たちは色々と考える。コンビ名とか、ネタとか。全然どれも決まらない。
 でも沢山喋る。
 私たちは沢山これからの未来について話す。
 沢山、これからやりたいことを話す。
 それは今まで話してこなかったようなことで、それを話していると暖かい気持ちになる。
 私はあくびちゃんと沢山喋りたい。
 これからも沢山沢山喋りたい。
「ねえ、どっちがボケかツッコミをやる?」私が聞く。
「えー、どっちがいいんだろう。私ってどっちが向いてる?」あくびちゃんが言う。
「うーん。えーどっちだろう。ねえ、一度ネタを書いてみてそれで決めてみない?」
「うん、絶対それがいい」ってあくびちゃんが笑う。
 そんなことを喋りながら、私はあくびちゃんにボケをやって欲しいって思ってる。
 あくびちゃんがボケて私がつっこんで。
 私はそれが、とても楽しそうだなってずっとずっと思っている。

(終)



『アンダーグラウンド・ガールズ・ラフィング・エキセントリック・ジョーク』両目洞窟人間 サイバーパンク(5686字)
〈両目洞窟人間さんの作品を読みたいかたはこちら〉『にゃんこのいけにえ』




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