人に迷惑を掛けてはいけないという呪縛について
2500年も大昔の偉い人が「人間は社会的動物だ」と定義したように、人はひとりきりで生きてはいかれなくて、良いか悪いかは別として、社会で生きるということは個よりも集団を重んじる場面の方が多かったりします。
人に迷惑を掛けてはいけないよ、という言葉は、多かれ少なかれ子どもの頃から刷り込まれてきたフレーズのひとつではないでしょうか。
一人ひとりが秩序を大切にすることは、多くの人が安心して快適に過ごす基盤でもあって、迷惑を掛けないようにと心がけるその気持ちや想いは尊いものだなと、心からそう思います。
ただ、それが過剰になりすぎて、「人に迷惑を掛けてはいけない」が絶対的な禁止条項として、心の中に根付いてしまっている人も少なくありません。
今回は、そんな「人に迷惑を掛けてはいけない」という呪縛にも似た思考の癖を悩ましく感じている方に向けて、お手紙をお送りする気持ちで文章を綴ってみようかなと思います。気が向いたときにでも、そっと手に取っていただけたらうれしいです。
人に迷惑を掛けないようにと生きているあなたへ
この手紙を手に取って下さったあなたは、きっととても優しい方なのでしょう。
ときに、周囲のことを優先して自分のことは後回し、なんだかそんな光景が目に浮かびます。
でも、どこか寂しいひとみをしていますね。
人に迷惑を掛けてはいけない、人を不快な気持ちにさせてはいけない、なぜなら、そうでなければまるで自分の価値など無いからと。
他の人から迷惑を掛けられることは構わないけれど、自分だけは断じてそうあってはならないと。
もしかしたら、いつからそう思うようになったのかも思い出せないくらい前から、それが当たり前の絶対的ルールとして、あなたの中に確立していたのですね。
私はそれが決して悪いことだとは思いませんし、その考え方は変えなければならないとも思いません。ただ、切なくて苦しいなと感じます。
本音をさらけ出すことや、素の自分を見せることも怖かったりしませんか。
相手の望むことを敏感にキャッチして、それに合わせてばかりいませんか。
どうやって甘えたり頼ったりすればいいのかわからないと感じていませんか。
人から望まれる自分でいることに、ときどき疲れたりはしませんか。
こんなにも揺るぎない価値のあるあなたが、自分に価値など無いと思うのには、きっとそう思わざるを得ない事情があるのでしょう。
たとえば「こんなにも揺るぎない価値のあるあなた」と記したところで、何も響かないくらいには。
少し、視野を広げてみませんか。
あなただけに限らず、全ての人に範囲を拡大してイメージしてみましょう。
私たちは、誰もが特別です。それは、この世界でたったひとりしか存在しないという点においてです。あるいは、自分の人生を生きられる唯一の存在とも言い換えてもいいですね。
私たちは、誰もが特別ではありません。それは、人は完璧な存在ではないという点においてです。間違いは誰にでもあるという言葉があるように。
実は、かつての私も「人に迷惑を掛けてはいけない」という呪縛の中でしか生きられなかった時期が長くありました。誰が何と言おうと私だけは例外的にだめなのだと、迷惑を掛けることは重大犯罪並みに犯してはならないことだと、振り返ってみるとなんだかとても頑なだったように思います。
もちろん、いきなり魔法にかけられたかのように考え方が変わるだなんていうことはありませんでしたが、少しずつ「これでいいのかもしれない」と思えるようになったきっかけは確かにありました。
それは、あるとき心にふと浮かんできた、ひとつの問いです。
答えはNOです。私は立派で完璧な存在なんかじゃない。
だとしたら、本当に大切なことは「人に迷惑を掛けない」「人を不快な思いにさせない」よりも先にあって、「人に迷惑を掛けたり、不快な思いにさせてしまうこともある、そんな未熟な自分を引き受けていくこと」だと。
誰もが特別でも完璧でもなくて、たくさん間違う存在なのです。でもそれでよくて、だって私たちは無機質な機械ではなく血の通った人間なので。
人の数だけ、場面の数だけ、迷惑の定義は異なるといってもいいかもしれません。そんなふわっとした概念や行為を禁じることって、実はとても難しいことではないでしょうか。私たちは「迷惑」の専門家ではないですものね。
人を大切にするその思いはとても尊いものです。
あなたのその思いや言動によって、笑顔になった人たちや、心地良さを感じた人たちはきっとたくさんいるはずです。
そんな優しいあなただからこそ、もっと肩の力を抜いていい。
そこに悪意が無いのなら、過剰に「迷惑を掛けること」を怖がらなくて大丈夫です。
そして、迷惑を掛けてしまうこともある自分をいつか許せるようになったとき、きっと「お互いさま」の本当の意味を嚙みしめられると信じています。
あなたが、あなたをより自由にしていくことを選んでもいいのですからね。
佐々木ゆにより