見出し画像

幽霊滝の伝説 【小泉八雲の描く怪奇の世界】

「耳なし芳一」や「雪女」を書いた小泉八雲(1850年6月27日~1904年9月26日)をご存知でしょうか。
その小泉八雲が採話し、1902年(明治35)に出版された『骨董』の巻頭を飾る『幽霊滝の伝説』の舞台が鳥取県日野郡日野町にある龍王滝(黒滝とも)です。

幽霊滝の伝説

伯耆国黒坂の近くに「幽霊滝」と呼ばれている滝がある。その幽霊滝にこんな怪談が伝わっている。

明治の初め頃。冬の寒い夜に、黒坂の麻取り場で女たちが怪談話に興じていた。怪談話がひとしきり終わり、薄気味悪さがつのった頃合いに若い女が「これから幽霊滝に肝試しに行かない?」と言い出した。女たちはワッと沸いたが、誰も名乗り出る者がいない。
するとさっきの女が「もし行ってきた人には、今日取った麻を全部あげるわ!」と言った。すると「私も」「私も全部あげる」と女たちが続いた。
「でも、どうやっていってきたことを証明するのさ」と一人の女が言ったが、別の女が「滝壺の近くにある滝大明神の賽銭箱を持ってくるのはどう?」と続けた。
すると、安本お勝という名の大工の女房が「本当に麻を全部くれるんだね?じゃああたしが行ってくる」と言って、2歳になる息子をねんねこにおぶって出て行った。
寒いがよく晴れた夜だった。すごく冷え込んでいたので街道筋の家々は固く戸を閉ざしている。お勝は月明かりをたよりにその道を急ぎ足で歩いた。
街道を外れ、滝への道に入ると、道はますます細く、暗くなった。
やがて、向こうに白くぼんやりと滝の筋が見え、やがて滝壺に轟々と落ちる水音が高まった。そして滝壺の前に滝大明神の社と賽銭箱がぼうっと見えた。
お勝は社の前に立ち、賽銭箱に手をかけた。すると
「おい!お勝さん!」
と滝の水音を圧して戒める声が響いた。
お勝は恐怖に立ちすくんだ。するとまたしても
「おい!お勝さん!」
と、さらに強い警告の声が響いた。
だが気の強いお勝は賽銭箱をひっつかむと、もと来た道を走り出した。もう恐ろしい声は聞かれなかった。
走って走ってようやく麻取り場にたどり着き、お勝は戸をどんどんと叩いた。
女たちは、賽銭箱を抱えて戻ってきたお勝を見て驚き、賞賛した。
やがて麻取り女の中の年かさの女が、「お勝さん、背中の子どももさぞ寒かったでしょう。さあ、火のところにおいで」
お勝も「そうね。お乳をやらなくちゃ」
年かさの女はねんねこを解くのを手伝っていたが
「おや、せなかがぐっしょり濡れているよ」
続いてしわがれた声で
「あ!血だ!」
解いたねんねこから床に落ちたのは、血に染みた子どもの着物から突きだした小さな小さな二本の手と小さな小さな二本の足・・・・

子どもの首はもぎ取られていた。

龍王滝

この怪談の舞台となったのは、日野郡日野町中菅という地区にある龍王滝です。別名は黒滝ともいいます。残念ながら「幽霊滝」という名前ではありません。
中菅地区の山あいに「滝山公園」という公園があり、その一角に「滝山神社」という鳥居が建っています。その鳥居から龍王滝への道が続いています。

滝山神社の鳥居
滝山神社の社に向かう道

Youtubeで龍王滝を心霊スポットとして取りあげた動画を見たことがあります。龍王滝はよく知られた怪談の舞台ではありますが、心霊スポットではありません。
また「滝への道は断崖絶壁で、滝に近づくのは大変危険」などと紹介されているYoutube動画や安っぽい心霊本を見たことがありますが、画像をご覧いただければ分かるとおり、通りやすい道です。ただ、昼でもかなり薄暗いです。

滝への道をけっこう歩くと、滝山神社の社があります。

滝山神社

神社にはもちろん賽銭箱もあります。ただ、建てられたのはけっこう新しいようです。お勝さんが肝試しに来た滝大明神と持ち去った賽銭箱は、もちろんこれではありません。
社の左手が龍王滝です。

龍王滝
落差は約70m

小泉八雲の「幽霊滝の伝説」には「轟々と滝の水音」と描写されていますが、龍王滝は繊細な感じの細い滝です。
滝の脇には小さな社、というより祠があります。

滝の脇にある小さな祠

龍王滝には「2歳にならない子どもを連れて詣ってはいけない」という禁忌があったそうです。

黒坂に伝わる滝の怪談(「幽霊滝の伝説」の原型?)

日野町黒坂には小泉八雲の「幽霊滝の伝説」の原型になったと思われる伝説が伝わっています。

昔ある夜、黒坂の麻取り場で女たちが怪談話に興じていた。そのうち、天狗が出るという龍王滝の滝大明神に肝試しに行ってみては、という話になった。
誰も名乗り出ないので、行ってきた人に今日取った麻を全部上げるという話になった。
すると、子どもを連れたある女が自分が行ってくる、と立ち上がった。みんなは、行ってきた証拠に神社の賽銭箱を持ってくるように伝えた。
女は暗い夜道を歩きに歩いて、滝大明神に着いた。
女は滝大明神の賽銭箱を引っつかむと、もと来た道を駆け出した。
しばらく行って随身門をくぐると、頭の上から「ワハハハハ!」と笑い声がする。見上げると門の屋根に天狗が座り、
「ワハハハハ!首のない子どもを背負っているから、おかしくておかしくて!ワハハハハ!」と笑っている。
女はかまわずに山道を走って麻取り場に帰り着いた。女の仲間たちは驚き、また賞賛した。
女がおぶった子どもに乳をやろうとねんねこを解くと、子どもの体が滑り落ちた。血に染まった子どもの着物。
子どもの首はもぎ取られていた。

「幽霊滝の伝説」とほとんどプロットは同じですが、滝壺の中から女を脅す声は出てきません。
また、女が麻取り場に帰る途中に天狗が登場して、子どもの首がもぎ取られていることをネタバレしてしまっています。

鳥取県東部に伝わる滝の怪談

この滝にまつわる怪談は、鳥取県下に広く伝わっている怪談のようで、1975年4月1日に毎日新聞鳥取支局が発行した「むかしがたり」(著:山田てる子)にも、「幽霊滝の伝説」に似た話が伝わっています。

昔ある村に若者宿があった。ある夜、若者たちが集まって怪談話に興じていた。そのうち、
「奥の山のお滝さんのこもり堂に化け物が出るっちゅう話だが、誰ぞ行ってみんだか」という話になった。
誰も名乗り出る者がないので、少しずつお金を出しあって、行ってきた者にその金を全部あげようということになった。金がかなりの金額になったところで宿のおばさんが
「本当にそのお金を全部くれるだか。そんなら私が行ってくるわ」と、赤児を半天にくるみ、ねんねこでおぶって出かけていった。
ずいぶん待っているとおばさんが戻ってきた。
「こもり堂って言っても、ただ暗いだけで何も出りゃせなんだ。行った証拠に、子守り堂のお札をはがして持ってきたわ」と、お札をみんなに見せた。
みんなが驚いたり感心したりしている中、おばさんが赤児に乳をやろうとねんねこを解くと、赤児の首が根からもぎ取られていた。

こちらは、持ち去るのがこもり堂のお札になっています。話の結末は同じです。滝の中から女を警告する声は、こちらの伝説でも出てきません。

滝壺の中から「おい!お勝さん!」という警告の声が2度にわたって響き渡るのは小泉八雲の創作のようですが、『幽霊滝の伝説』ではこれが絶大な効果を上げていることが分かります。

龍王滝-『幽霊滝の伝説』の場所

<次回予告>
狼 狂い来たりて-半の上の辻堂跡 狂狼順礼殉難の地-

江戸時代中頃に、現在の日野郡江府町武庫という集落で、狼が西国巡礼の一行を襲って2人が犠牲になった史実を紹介します。

いいなと思ったら応援しよう!