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豊乗寺の蛇の池-清美の悲恋-

鳥取県の伝説の地、悲しい歴史の地巡りは因幡国(鳥取県東部)に移ります。
智頭町の名刹・豊乗寺に恋人に裏切られて蛇に変わってしまった悲しい女性の伝説が伝わっています。

智頭町の名刹・豊乗寺

鳥取県八頭郡智頭町に豊乗寺という寺があります。小さな寺なのですが、実は国宝1点、重要文化財2点を所蔵する名刹です(3点とも東京国立博物館寄託)。
豊乗寺は平安時代に空海の弟の真雅が創建したと伝えられています。戦国時代には多くの僧坊や堂宇が建てられ、密教寺院として栄えました。
1580年(天正8)に羽柴秀吉が因幡に侵攻した際に焼き討ちに遭いましたが、寺の僧たちは梵鐘や寺宝を土に埋めて守ったと伝えられています。
江戸時代に再興されましたが、昔日の栄光は戻りませんでした。

豊乗寺の入り口
石段を上がると山門
豊乗寺

国宝に指定されている「普賢菩薩像」は本朝仏画の最高傑作の一つとされていますが、現在は東京博物館に寄託されており、めったに見ることはできません。これほどの傑作がなぜ豊乗寺に所蔵されているのかは、事情不明とされています。

豊乗寺 普賢菩薩像(国宝)

豊乗寺の蛇の池-清美の悲恋-

豊乗寺の山門の脇に「蛇の池」と呼ばれる小さな池があります。この池には次のような伝説が伝わっています。

むかし豊乗寺の近くの惣地という村に、西尾という金持ちがいた。その家には清美(せいみ)という名の18歳になる美しい娘がいた。
清美はとなり村の新見の河村安芸守という若君と愛し合うようになった。
清美は夜になると、豊乗寺の蓮池のそばを通って、新見村の若君のもとに通うようになった。
その夜も清美は若君の屋敷を訪ねていくと、いつもと違って家の中がにぎやかにざわついている。不審に思った清美がこっそりと屋敷の中を覗くと、若君が別の女と祝言を挙げている最中だった。
恋しい若君に裏切られたことを知った清美は、泣く泣くもとの道を帰っていった。若君を恋しくも、また憎くも思いながら豊乗寺の蓮池まで来たとき、どうしたことか足がもつれてその場に座り込んでしまった。
清美がふと蓮池を覗くと、髪は乱れ、眉は逆立ち、口は耳まで裂け、美しかった顔が悪鬼のような形相に変わっている。そればかりではない。体にはうろこが生え、蛇身に変わってしまっていた。
清美だった大蛇は、恋しい若君を恨みつつ、悔しさを抱きつつ、そして父母に先立つ不孝を詫びつつ、蓮池に身を沈めてしまった。
以来、その蓮池は「蛇の池」と呼ばれるようになった。
その後、惣地の村の背後にある篭山(かごやま)の頂近くに、蛇がとぐろを巻いているような輪が現れるようになった。村人はこの輪を「清美の魂が篭山に昇った」として、「蛇の輪」と呼ぶようになった。

清美を捨てた若君も決して幸せにはならなかった。新しい妻はすぐに家を出てしまった。清美の死を悔いた若君は、さらに山奥に庵をむすんで、清美の冥福を祈りながら暮らしたということだ。

その後、西尾家の墓には清美の冥福を祈って石地蔵が建てられ、同じ石地蔵が清美が身を沈めた蛇の池のそばにも建てられた。この石地蔵は「清美地蔵」と呼ばれている。
また豊乗寺の石段も、西尾家と若君の河村家が一緒に造ったものと伝えられている。

蛇の池
蛇の池のほとりの祠
清美地蔵
清美地蔵
清美の冥福を祈って造られた豊乗寺の石段
若君の屋敷があった新見の村
清美が住んでいた惣地の村
清美の魂が昇ったと伝えられている篭山
かつては頂上近くに蛇がとぐろを巻いたような「蛇の輪」が現れた

篭山の蛇の輪は昭和40年代からまったく見られなくなったということです。
ただ、ある高校の地学の先生が昭和40年前後に撮ったという写真が残っており、かつて蛇の輪が実在したのは確実です。篭山の頂上近くに円形に萱が伸び、それが蛇の輪のように見えたのだろうということです。

安珍と清姫の恋炎上

私がこの伝説を知ったのは、実は大人になってからです。参考資料で上げる『子どものための鳥取の伝説』という本で知りました。
どこかで聞いたことのある伝説だなと思ったのですが・・・・そうです。和歌山県の道成寺に伝わる安珍と清姫の伝説に似ているのです。安珍と清姫の伝説をごく簡単に記すと・・・・

紀伊国に奥州白河から安珍という美形の修行僧が訪れる。熊野の領主の娘・清姫は安珍に一目惚れするが、当惑した安珍は「修行の帰りに必ず立ち寄るから」と口約束をして去ってしまう。欺かれたと知った清姫は安珍を追いかける。日高川を渡って逃げる安珍を、清姫は河に身を投じて追いかける。いつしか清姫の体は蛇身に変わってしまった。道成寺に逃げ込んだ安珍は梵鐘を降ろしてもらい、その中に身を潜めた。しかし清姫は安珍を許さず、鐘に巻き付き、火を吐いて安珍を焼き殺してしまった。
その後、清姫は道成寺近くの入江で入水自殺を遂げる。

伝土佐光重「道成寺縁起」
蛇身となった清姫が、鐘に隠れた安珍を焼き殺す

清姫と清美。ヒロインの名前も字面がよく似ています。恋した男に裏切られ、男を焼き殺した後に入水した清姫と、恋した男に裏切られ、我が身を儚んで入水した清美。かつてこの村にあった、許されぬ恋をして命を絶ってしまった娘の悲話を、能や歌舞伎、浄瑠璃の名作に託して語り伝えたのかもしれません。

豊乗寺と篭山の場所

<参考資料>
・鳥取県の歴史散歩 編:鳥取県の歴史散歩編集委員会 山川出版社 2012年12月5日発行
・子どものための鳥取の伝説 著:野津龍 山陰放送 1979年1月26日初版発行 2001年7月23日第四刷発行
・美術手帳 天台ゆかりの秘仏が集結。東博で特別展「最澄と天台宗のすべて」が開幕|画像ギャラリー 3 / 10|美術手帖 (bijutsutecho.com)
・Wikipedia 安珍・清姫伝説 - Wikipedia
・豊乗寺蛇の輪伝説 現地解説板

次回予告 武田高信の墓

戦国時代末期、鳥取城を拠点に因幡を席巻し、その後非業の死を遂げた知られざる戦国武将の墓を訪ねました。

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