フランス・ブリュッヘン&18世紀オーケストラ ベートーヴェン交響曲全集
新日本フィルとのベートーヴェン全集の10か月後に録音された、ブリュッヘン3回目のベートーヴェン交響曲全集。ブリュッヘン&18世紀Oの紹介のとりあえずの最終回になります。
ブリュッヘン&18世紀O 1回目のベートーヴェン交響曲全集
フランス・ブリュッヘンは、手兵の18世紀Oとともに1984年から1992年までの8年をかけてベートーヴェン交響曲全集を完成させ、オランダPhilipsから発売されました。
Yuniko noteで紹介しているブリュッヘン&18世紀Oのベートーヴェンは、この時に録音されたものです。
私もブリュッヘン&18世紀OのCDデビュー盤であるベートーヴェンの交響曲第1番の独特な響きに魅せられ、1年に1枚のペースでほぼ番号順に発売される彼らのベートーヴェンを買い集めました。第7番&第8番まで買い集め、残すは第9番「合唱」のみとなりましたが、第9を入手することはありませんでした。それはなぜか。
待望の第9番は、オーケストラがモダン・オケであるアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との混成だったからです。
クラシック音楽誌の掲載された広告には、コンセルトヘボウ管の起用はブリュッヘンのたっての希望であり、「第9にはモダン楽器の強い響きが必要」との旨が記されていましたが、「せっかく第8番まで手兵の18世紀Oとプロジェクトを続けておきながら、最後の最後の第9になぜモダン・オケを起用するの?」と、そのコンセプトの不徹底さに納得が出来ませんでした。
そしてブリュッヘン&18世紀Oのベートーヴェンへの興味も失ってしまったのです。買い集めていたブリュッヘンのベートーヴェンのCDも手放してしまいました。たしか、1993年のことでした。
今から思えば・・・・オランダPhilipsが自社の看板オーケストラであるコンセルトヘボウ管を、売れ行き好調のブリュッヘンのベートーヴェン全集と共演させたかったのかもしれません。
ブリュッヘン&18世紀O 2回目のベートーヴェン交響曲全集
それから約20年後の2012年。ブリュッヘンが18世紀Oとともに2回目のベートーヴェン交響曲全集を完成させ、発売される旨が告知されました。
今度は、第9番「合唱」も18世紀Oのみで演奏されているようでした。ひさしぶりにブリュッヘンのベートーヴェンを聴いてみようかと思って購入したのがこのCDです。
全曲がライヴ・レコーディングですが、録音されたのは2011年の10月。新日本フィルとのベートーヴェン・ツィクルスの8か月後です。ただし、発売はこちらの方が先です。
かつて聴いていた1回目の録音と比べると・・・・1回目の尖った響きがずいぶん柔らかくなった印象です。制作会社が変わったことや、ブリュッヘン自身の解釈の変化もあるでしょう。ただ、演奏全体の傾向は1回目の録音と大きくは変わりません。
交響曲第1番&第2番
鋭く演奏されるアクセント。音が飛び出しがちな管楽器。アグレッシヴな印象です。ベートーヴェンの初期の交響曲とはいえ、モーツァルトやハイドンとは違うベートーヴェン独特の響きが感じられます。
交響曲第3番「英雄」
「第1や第2と比べて長足の進歩を遂げた」と評される第3番「英雄」ですが、ブリュッヘン&18世紀Oの演奏で聴くと、第1や第2の延長にある曲との印象も受けます。旋律の絡み合いや和声の重なりが、後の第5や第7ほど複雑になっていないことが分かります。と言っても、ホルンの響きがよく目だったり、第2楽章「葬送行進曲」がピリオド楽器の武骨な響きのために劇姓がかえって目立ったり、第3独自の音世界も顕著になります。
ただ、87年録音の1回目の第3より穏やかになったという印象です。
交響曲第4番
「第3と比べて、古典的な交響曲の姿に戻った」と評される第4ですが、ブリュッヘン&18世紀Oの演奏で聴くと、音価が短いために欣喜雀躍とした面が強調されます。通常はゆったりと演奏される第2楽章も、夢見るような演奏にはなりません。ここらへんが好みの分かれ目かも。
交響曲第5番「運命」
冒頭の有名な運命動機はクールに響きます。モダン・オケでの「運命」は劇的な演奏になることが多いですが、ブリュッヘン&18世紀Oの「運命」はクールです。運命の動機が無限に増殖して第1楽章を創りだしていることがよく分かります。
交響曲第6番「田園」
「運命」と同じくクールな響きですが、清涼感があります。モダン・オケでの「田園」は少し暑苦しい演奏になることもありますが、ブリュッヘン&18世紀Oの「田園」は5月の薫風が渡るさわやかな「田園」です。
ただし、トロンボーンとピッコロ、ティンパニが加わる第4楽章「雷雨、嵐」はけっこうな迫力です。
交響曲第7番&第8番
ブリュッヘン&18世紀Oによる1回目のベートーヴェン全集は、ここまでを聴きました。「舞踏の聖化」と呼ばれる第7、「古典的な姿に戻った」といわれる第8ですが、ブリュッヘン&18世紀Oの演奏で聴くと、第7と第8が個性的なリズムで構成された作品であること、同時期に作曲された作品であることがよく分かります。
1回目の全集では「第7と第8の演奏が一番よい」と思いましたが、2回目の全集でも同じです。快刀乱麻という感じです。
交響曲第9番「合唱」
モダン・オケでの第9は、深遠さ・巨大さを打ち出した演奏になることが多いですが、ブリュッヘン&18世紀Oの演奏では劇性をことさらに強調したりしません。初期の第1や第2がベートーヴェンの革新性を打ち出した演奏だったことに比べると、古典派交響曲の節度を保った演奏にきこえます。
第4楽章で初めて合唱が入る「Froude」が、音程を外した文字どおりの絶叫になっています。新日本フィルとの第9でも同様な処理だったので、これはブリュッヘンの解釈ですが、これは大いに違和感があります。たしか、サイモン・ラトル&ウィーン・フィルの第9でも同様な処理がなされていたような・・・・
第1から第9まで通して聴くと、意外なことに第9が一番印象が薄いです。
ピリオド・オケによるベートーヴェン交響曲全集で所有しているCDはブリュッヘン&18世紀Oだけですが、私の私見は「ピリオド・オケのベートーヴェンは、第9ではちょっと厳しいかな」という印象です。
ベートーヴェンは音楽史上初めて「音楽に思想をもちこんだ作曲家」とされることがあります。第3番「英雄」や第6番「田園」、第9などはそうですね。
それとともに、音楽が貴族の娯楽から市民の楽しみへと変化していった時代の作曲家でもあります。貴族のサロンで演奏されていた音楽が、大人数が収容できる劇場で演奏されるようになったのです。
ベートーヴェンの楽譜、音楽そのものも、大きな楽器編成を要求しています。それらに対応できるのはモダン・オケではないかなーと思うのです。
でも、ベートーヴェンの革新性と保守性を両立させたブリュッヘンのベートーヴェン演奏は好感がもてます。特に、副題付きの有名な4曲(英雄、運命、田園、合唱)以外の作品の独創性を打ち出した演奏は楽しめます。
これからも、時々はブリュッヘン&18世紀Oのベートーヴェン全集を聴いていくでしょう。
ブリュッヘン&18世紀Oによるラモーやモーツァルトの「戴冠式ミサ」、来日公演のライヴ録音のモーツァルト「レクイエム」など、取りあげるべき作品はまだまだありますが、長らく連載してきたブリュッヘン&18世紀OのCD紹介は、今回で取りあえずの最終回とさせていただきます。お読みいただきありがとうございました。
次回予告 川瀬賢太郎&東京交響楽団 チャイコフスキー:三大バレエ
ちょうど1年前に聴いたコンサート。東京交響楽団の新潟定期演奏会です。