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【短編小説】あいうえお
あぁ、もうどうでもいいや。いつ死んでも良い。
いつこの世界が終わっても良い。
うるさい奴らばかりで面倒だ。
えがおとか無理。そんなに笑ってらんないよ。
おしまいにしたい。もうたくさんだ。
少年の心は冷え切り、誰も信用しないまま毎日を過ごしていました。
「あいうえお」が書かれた文字盤を見ては捻くれ、ネガティブな言葉を思い浮かべていました。
自分ひとりの世界だけで良いんだ。
他人と関わるのが苦しい。
僕には孤独がちょうど良いんだ、と割り切って生きていました。
村のはずれに住む少女は、そんな少年の中に自分と似たものを感じて毎日会いに行きました。
この人は私に似ている。
他人と関わりすぎると碌な事にならないよね。
しかし、たったひとつだけ少年と違う点がありました。
察する力の存在です。
少女はそれを持っていたのです。
いつの間にか人に寄り添いすぎるが故に人の痛みがわかる。
だからこそ人から離れ、孤独を受け入れ生きていました。
それは少年には圧倒的に欠けている力でした。
少女とは反対に少年は、人の気持ちを読めずに傷つけてしまう存在でした。
人と合わない。どうせみんな、僕について来れるはずがない。と次第に心を閉ざし、篭っていたのです。
少女はそんな少年を放っておけませんでした。
「君はどうして僕と一緒にいるの?僕は周りに合わせることができない。やがて君を傷つけるよ。」
少女は言いました。
「君が笑っていればそれで良い。君が笑っているだけで、私は楽しいよ。君の優しさを、私は誰よりもわかっているから。
私の欠点は不器用なところなんだ。まっすぐな君は私には眩しく映るんだよ。」
口下手な少女は、少年に対して毎日気持ちを行動で示し続けていました。
例えば、少年が泣いていたらそっと寄り添ったり、少年の心を読んで理解しようとし、歩幅を合わせていました。
一方、行動だけで気持ちを汲み取る事が難しい少年は、自分に似ていた価値観を持つ少女をなんとか理解しようとしました。
常に少女の「瞳」を見ていたのです。
どんな言葉を貰うより、その瞳はまっすぐでとても綺麗でした。
僕はいつの間にか心を溶かされているのかもしれない。
みんなと合わない。
仲良くなってもどうせ無駄だ。
自分の意見を曲げられないのが仇となり、周囲と馴染めない。
でも、君がいてくれるなら、この世界は楽しいんだと、もう少し期待してもいいのだろうか。
ふたりは草原で手を繋ぎ寄り添う。
それぞれの幸せを見つけるために。