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【掌編小説】リズム
「これ、どこまで手つけてた?」
「えっと…。これとこれをやったので、あとはこれとこれとこれを…。」
「ここまでね!了解!ありがとう!」
「いえ、…。」
今回も、「どういたしまして」を言う隙もなければ最後まで話せなかった。
端的に話す、という事が苦手だ。
どこからどこまでが端的かを考えてるとイライラさせるだろうから、とりあえず自分が要点だと思う事を伝える。
相手に対し、よくこの情報だけで汲み取れるな、と思う。
私なら1から10まで話を聞かないと気が済まない。
相手の伝え忘れだってあるだろうし、そこを汲み取る能力まで持ち合わせていない。
一言で言うと、私は仕事ができない。
凡ミスが多い癖にトロい。
自分の事は自分がよく知っているからこそ、しっかりと確認作業をしている。
しかし、「そんなに確認しなくたって大丈夫だって」「早くしろ」という周りの先輩の圧が強い。
ミスったら怒る癖に。
無能は切り捨てる、などと世間で言われているが、無能側にも心臓や脳みそはもちろん、生活がある。
生きているのだ。
無能側に生まれた私はどう生きれば良い。
無能であるならニートになりなさい、というルールがこの世にあれば良いのに。
「このゲームやったことある?」
あれ、どうだっけ?
やったことあったような。あったとしても、もう10年も前だな。忘れちゃったな。
というか、この人随分と早口だな。
テンポが速い。
「えっと、やったことあるような、ないような…。」
「このゲームのメーカーの新作が出るらしくてさ、知ってる?」
関係ないじゃん。やったことあるかないかって今なんで質問してきたんだろう。
…っていうか、あれ?今なんて聞かれた?聞いてなかった。
「えっと、新作ですか?」
「そうそう!数年ぶりの新作でさぁ、ーーーー」
あぁ、もうだめだ。速い。
ついていけない。
後半は適当に相槌を打ち、適当に笑って話を流した。
まるで自分だけが遅すぎるエスカレーターにでも乗ってる気分だ。
目紛しい。
時空が歪み、自分だけの時が止まっているようだ。
周りがスーパーマンに見える。
早くて、何をするにも的確。
こんな人たちにどうやってついて行けと言うんだ。
「もう無理だ、お手上げ。」と自分の殻にまた閉じこもろうとしたその時。
「お疲れ様。いやー、忙しいですね。みんなのスピードが早くて全然ついて行けないですよ。」
突然光が差し込んだような気がして、顔を上げた。
そこには先日入社したばかりの女性社員の姿があった。
「あはは。やっぱりそうですよね。私だけがついて行けてないのかと思いました。」
「大丈夫、私も同じです。」
二人はこっそり笑い合った。
「周りが早くても無理についていく必要なんかないですよ。これが私たちの個性です。スタッフ全員慌ただしかったら、それを苦手とするお客さんもいます。少なくとも私がそうです。」
「確かに…。」
「この世の中には周りと馴染めない人が必ず存在します。いつも友達になるのはそっち側の人なんですよね。」
「わかります!私も一緒です。」
またこっそりと笑い合った。
彼女が笑いながら放った言葉に救われ、また前を向こうと思った。
殻に閉じこもるにはまだ早い。
そうだ、どんなに浮いててもそれが個性。
それでとやかく言う人は無視すれば良い。
だって、全員が私のようにゆっくりとしたスタッフで、流れの早い人間がたったひとりだとしたら、その人が浮く事になる。
それでもその人は自分を変えないだろう。
それで良いんだ。
リズムが違っても大丈夫。
あなたの味方は必ず存在する。
私はまた歩き出す。
ゆっくりとした心地よいリズムで。