【短編】冬の大三角が消えた謎
世の中が「冬の大三角が消えた」などと大騒ぎになっている頃、私は田舎にある従兄弟の家で惰眠をむさぼっていた。
それもこれも、従兄弟が「おう、暇だろ。ちょっと雪かき手伝いに来い」などと言うからである。
どちらにしろ正月には挨拶に行くのだからその前に、という従兄弟の一言でそうなった。
不遜すぎる。
まだ若いくせに世捨て人のような生活をしているのだから、自分でやってほしい。
とはいえ三食昼寝付きを提案されては行かぬわけにもいかなかった。
私は少しだけ早く仕事を切り上げて、従兄弟の居る田舎へと向かった。
この田舎は相変わらず暇で、白い雪に包まれていた。
テレビでは相変わらず「冬の大三角が消えた謎!」などとわめき立てている。私が知らぬ間に、冬の大三角のうち二つ目までが消えてしまったらしい。どこもかしこも同じようなものだ。これなら家にいたほうが良かっただろうか。
「そういえば、このへんのガキどもが最近、山にコソコソ行ってるみたいなんだよな」
「へえ?」
「この雪なんだから山の方はうろつくなっつってんのに。どうも何か隠し事をしてる。お前にも手伝ってほしくてな」
従兄弟は村の便利屋か何かなのか。
そしてどうやら私は体よくそれに付き合わされるらしかった。
そもそも村の中の出来事なら、よそ者である私は余計に目立つのではないかと思う。
晴れている隙を見て、探偵のように従兄弟と二人で子供たちが動き出すのを待った。あんパンと牛乳が欲しいところだ。
子供たちの数は最初は三人だったが、次第に数を増やしていった。最終的に七人程度になり、こそこそと大人たちの目からうまく逃げながら山の方へと入っていく。従兄弟の言う通りだ。
「こりゃあますます怪しいな」
従兄弟はそう言って、後に続いた。
子供たちは山に近づくにつれて合流していた。みんな、手に何かを持っている。見たところ、お歳暮やお中元でもらうようなハムだった。まさかあれを自分たちで食べているとは思えない。子供たちは器用に雪の間を進んでいく。一方の我々はといえば、子供たちから隠れて雪の降り積もる茂みの中を進まねばならなかったので、余計に辛かった。探偵とは辛い職業らしい。
やがて子供たちが、「ポチー」と呼び始めた。
「ポチ!」
「今日はハムを持ってきたよ」
「いい子にしてたか?」
などと言い合っている。
「……なんだ、犬でも飼ってんのか?」
「ちょっとここからだとわからないね」
私は、もっとよく見ようと近づいた。
そのときだった。
とつぜん、わう、わうっという声とともに、目の前に巨大な犬の鼻先が現れたのである。
「うわっ!」
私は思わず声をあげた。
巨大な犬がくうんと鳴きながら、茂みの間から覗いていた。
「え、なに!?」
「駄目だってポチ!」
「見つかっちゃう!」
子供たちが犬を隠そうとしたが、犬は巨大で、頭の大きさだけでも軽く二、三メートルはあった。
私はあまりに驚いて腰を抜かしていた。
「なんだこいつ、本当に犬か?」
従兄弟が犬を見上げて言った。
駄目だ駄目だという子供たちと違って、犬はその巨大さに似合わず人なつっこく、べろべろと私をなめ回した。美味しくないからやめてほしい。
「それよりこれをなんとかしてくれ」
いまにも食べられそうだ。
犬を見上げると、毛並みはきらきらと輝いていた。足の間のところにひときわ輝く白い毛が見えた。
なんだこの色、と思って触ろうとしたところで、突然後ろでどおんと音がした。巨大な影が落ちる。
「今度はなんだ……」
全員が後ろを見て、声をあげた。
「……おお!?」
目の前の犬より巨大な犬が、こっちを見ていた。鼻先に青白くも見えるひときわ輝く毛が見える。
巨大な犬はキャンキャンと更に巨大な犬に走り寄り、その足元にまとわりついた。
「あっ」と、私は気付いた。
「あ、そうか」と、従兄弟も同時に気付いたようだった。
冬の大三角のひとつは、こいぬ座だ。
地上に落ちたこいぬ座を、おおいぬ座が迎えに来たのだった。
子供たちは親が迎えに来たのだと理解したらしい。泣きながらこいぬ座をなで回し、ポチ、ポチ、とその名を呼んだ。ポチはくうん、と鳴いていた。
最後の子供が私と従兄弟の方に戻ってくると、おおいぬ座が体を低くした。こいぬ座はその頭の上に飛び乗った。キャンキャン、と「ポチ」が声をあげた。
「元気でなー!」
子供たちは泣きながらそれを見送った。
おおいぬ座が大きく跳躍し、オリオン座の待つ空の上へと戻っていった。その日の夜から、再び冬の大三角は現れた。
私の探偵としての腕前もなかなかのものだ。そう言うと、従兄弟は微妙な目をして無言で見返した。無言で無視した。
この事件は後に、冬の大三角行方不明事件として少しだけ有名になった。
何年かした後、この事件を題材に映画が作られる事になったようだが、それは別の話である。
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