【短編】世界の秘密
幾多の苦楽だけを友として、男はようやく隠された塔にたどり着いた。
いまにも船を沈めんとする荒波を渡り、魔物の住まうという岩山を越え、毒沼と霧のたちこめる森を抜け、失われた文明の眠る砂漠を渡って、この秘密の塔にたどり着いたのだ。
この秘密の塔の中にはひとりの老賢者が住んでいて、世界の隠された秘密を知っているという伝説があったのだ。男は見事にその塔にたどり着いたのだ。
男の目の前に建つ塔は円柱形で、天に向かってそびえ立っていた。いったいどこまで伸びているのか見当もつかない。雲に隠されてしまっている。男は意を決して、中に入った。
「すみません。だれかいませんか」
声をあげてみるが、返事はなかった。仕方なく上へ上へと登っていく。
もしかすると秘密の部屋でもあるのかもしれない。いくらか階段を登り切ったところで、ふうふうと息をあげた。外はもう日が落ちている。まさか塔の中で野宿というわけにもいかぬだろうと思って、男は必死に登っていった。
何日かかけて塔を登り切ると、そこには一人の老人がいた。
「おお、ここに人がきたのはどれくらいぶりだろう。ずいぶんと疲れ切っているようだ。まずは喉を潤しなさい」
男はようやく見えた光明に顔を明るくさせると、何度も礼を言った。
「あなたが、世界の秘密を知っているという賢者ですか?」
「そんなに必死にならなくても大丈夫さ。きみの聞きたいことはわかっている」
老人は頷いた。
「それに、私は世界の秘密などという大それたことを知っているわけではない」
「なんですって? それじゃあ……」
「まあ聞きなさい。焦ってはいけない」
老人は男を落ち着けさせ、まずはきちんと話ができるよう準備を整えた。
ようやく向かい合って話しはじめた。
「私が知っているのは、世界の秘密を知るものがあるという場所のことなんだ。私ももともと、きみと同じように、世界の秘密を求めてここまでやってきた人間なんだ。そうして私はここにたどり着いた。以前住んでいた賢者に後を任されてしまったのでね。ここに住んで、きみのように世界の秘密を求めてやってくる人間に、世界の秘密を知るものがあるという場所を教えているんだ。だけど私もそろそろ死期が近い。秘密を知るものがあるという場所を教えるから、もしたどり着かなかった場合にはここに戻ってきて、次の若者に秘密を託してほしい……」
男は急いで秘密の場所へと出発することにした。
それまで老賢者の生を祈りながら。
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