DAYS1 日中
駅までの道すがら、ナプキンが擦れる。その上にストッキングを履いて、その上にインナーボトムスを履いているから余計に圧迫されている。その上、ヒールのある靴なのだから歩きづらいったらない。
インナーボトムスも履いていないと、腰が安定しない。普通の日より、骨盤が緩くなっている感覚があり気を抜くと座り込んでしまいそうだ。骨も期間に寄って、強度が変化するのだろうか。
ようやく駅に辿り着き、いつもの時間の電車に乗れたことに安堵する。
この時間は、いつも満員。
座れるなんて希望は一日も持ったことがない。とりあえず、なんとか安定して立っていられる場所を確保し、手摺にしっかり掴まる。
ポケットからスマホを取り出し、出社後のToDoリストを確認する。今日はデスクワークだけの予定で、他社の人と会う予定もない。メイクが手抜きだから、逆に都合が良い。
それから、生活管理アプリを開いて予定より早く来たことを入力する。ついでに、メモアプリを開き買い物メモに「ナプキン昼用」と入力する。
キュウウウウウ
あぁ、鈍痛。これがお尻側の激痛だったら、トイレに駆け込むのに。そして、遅刻するかもしれない旨を連絡するのに。
このくらいの鈍痛なら薬を飲むまでもないかと、今まで一度も痛み止めを飲んだことはない。まだ、我慢できる範囲。
しかし、体制が安定しない電車内では屈むこともできない。何もない顔をして、停車駅まで耐えるしかない。いつもの電車もこの期間だけは、とても長く感じてしまう。
ドロォォォ
あぁ、コントロールできない排泄物。出来れば、尿や便みたいに出すタイミングをコントロール出来ればいいのに。なぁんて、今まで出来たこともなく、これから出来るはずもない望みを抱いてしまう。
この動けない状況下でナプキンの濡れた部分と、自分の皮膚が触れていて不快感がある。とりあえず、体勢を立て直したい。
小さい頃、水浴びをした時に下着まで濡れてしまった。あの時は夏場で、動き回っているうちに乾いてくれた。その濡れた感覚が局所的に、続く。早く駅に着いてくれ。
コンビニにギリギリ寄る余裕があり、サンドウィッチと飲むヨーグルトとお茶を買った。一度ナプキンのことが頭によぎったが、これから出勤であろうサラリーマンが多くレジに並んでいるその中で買う勇気は私にはなかった。
もし、同じ会社の人や、それこそ、あのセクハラ上司に見られた日には仕事どころではなくなる。
自分のデスクに座り、朝礼が始まる前に無理矢理胃袋に押し込む。食べた気がしないがエネルギー補給として摂取した。
朝の慌ただしさから、このサンドイッチが美味しいのか感じている余裕などない。お腹が満足した感じもない。胃がまだ足りないとキュルキュル鳴っているが、あの状態じゃ仕方なかっただろうに。文句があるなら子宮に言ってくれ。
出社前にいつもより頭を使って大分覚醒はしているが、朝はやはり目覚めの一杯のコーヒーが飲みたい。飲みたいのだけれど、今は我慢だ。
私の働いている会社は各部署に無料で飲めるコーヒーが設置されている。新入社員が毎朝準備してくれてるものだ。このデスクまでコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。止めてくれ。飲みたくなるだろうが・・・。
「おはよう。あれ、ここで朝食べたの?珍しいね」
隣のデスクの若宮が目ざとく、ゴミ箱の中に入っている私の朝食の残骸を見つける。若宮とは同期入社でデスクも隣なので仲はそんなに悪くはない。一緒にランチにも行く仲だ。
「朝、バタバタしちゃって」
「あるよねぇ。コーヒー持って来てあげようか?」
若宮は着席する前だったので、自分の分のついでなのか声をかけてくれた。
「あ、欲しいって言いたいところなんだけど、我慢期間入っちゃった」
それで全てを察したのか、若宮はなるほどと言った顔をした。それで分かってくれるのはありがたい。
「コーヒー飲むとお腹の痛みが倍になるような気がするよねぇ」
若宮は、そのタイプか。私の場合は、吐き気を催してしまう。好きな物を我慢しなければならない。いつも思うが、自分の身体の為に自分の好きな物を我慢しなければならない仕組みはなんだか理不尽だと思う。
キュルルル ドロォォォ
あぁ、この痛みさえなければコーヒーだって飲めるのに。
若宮はスタスタとコーヒースタンドに行き、自分の分のコーヒーを持って戻って来た。同情はしてくれはするけど、配慮はしてくれないんだ。・・・いいんだ。若宮は前からこういう所があるが、嫌いではないから許してしまえる。
「うちの会社、こうやってコーヒーも無料だし、世間の中ではホワイトな方なんだけどさ、生理休暇だけ全然実施されないんだよねぇ。」
砂糖を入れて混ぜたのか、クルクル回っているコーヒーを眺めて若宮が言った。
確かに。世間では男性の産休や育休が一般的になって来たが、女性だけにやってくるこの現象の休暇だけはなかなか浸透しない。
もし、うちの会社で実施されたとしても私は使わないだろう。会社組織や、同僚などに自分の周期を自分から言いふらしているみたいなものだ。特に、セクハラ上司にその休暇で休みを貰いたいなんて絶対に言えない。
「まぁ実施されていざ使うぞってなっても、うちの上司じゃ『女だけそんな権利を持つのはおかしい。男にも射精休暇が欲しいもんだ』とか言い出しそう。」
若宮、それ分かる。言いそう。絶対、言う。
「みんな、おはよう!」
部署内に大きく不快な声が響いた。ほら、噂をすればご本人の登場だ。今日も嫌な一日が始まるのか。
入り口付近から、一人一人に声をかけていくのが彼の、部長仁科の日課だ。それがコミュニケーションだと勘違いしている、昭和感満載の上司だ。私たちのところに近づいて来た。
「若宮くん、おはよう。今日も可愛いねぇ。高橋くんもおはよう。あれ、今日はなんだか化粧が薄くないか。そんなんだから、彼氏もできないんだよ。社会人として身支度くらいはちゃんとしないと、モテないよ。あぁ、でも俺には可愛く写ってるから大丈夫だよ。」
なんだよ、俺には可愛く写ってるって。朝からセクハラ満載。セクハラ機能を搭載して産まれてきたのか、この人は。
「すみません、気をつけますぅ」
今日に限っては、メイクはしたくなくてしてない訳じゃない。男には一生分からないんだろうな。
満足気に自分の席に着席し、朝ミーティングの準備を始めた。
「今日も朝からセクハラのシャワーだったね」
若宮が部長本人に聞こえないように話しかけてくる。
「これ以上、今日はセクハラ受けないようになるべく近づかないようにする。朝から最悪なのにこれ以上気分害されたくないし」
「それがいいと思う」
しばらくして、朝ミーティングが始まった。とりあえず、本当にこれ以上はなにも無いように願うしかない。
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