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noteを半年続けて

本当はタイトルを「noteの功罪」にしようかと思ったけど主張が強すぎてこうした。

noteを半年続けてた結果を詳細に振り返るのは今までの記事を読み返すのに時間がかかるので今度にしたい。
今回はふと思ったことを。

noteは意外に続いたどころが、ものすごいペースでまあまあな長文を連投すすことが出来たなと感じる。
普段から考えることが多かったので、その思考を吐き出すことで整理したり、心が軽くなることがあった。また、読み返すことで自分の思考について気づきも多く得た。
一番は、「時期によって考えがコロコロかわっている」ことだった(笑)。

noteを続けることは個人的には課題もあると感じた。
note自身は「たくさん書こう」「書けば書くほど良い」ことを推してくるが(当然のこと)であるが、私としてはこの考えにハマると罠である。
ただでさえ思考回数が多いのが、noteの習慣的な投稿によって思考力が強化され、投稿回数が増える……のループにはまってしまう。考えすぎることのデメリットは、行動力が減ることと、ネガティブ(不安)になることだ。

本当にnoteが書きたいなら書けばいいのだが、習慣化されると義務感が発生する。「考えが生じたのだから吐き出さなきゃ」と考えPCに飛びつくとあっという間に時間が無くなってしまうこともある。もし趣味があるのならそちらを優先させた方が心の充足になるのだろう。

最近投稿頻度が少し減ったのは、趣味ややるべきこと(趣味や家事や運動)を楽しもうとして、行動を増やしたからだ。それからすこし精神的余裕が生まれた気がする。

前回書いたことが恐らくnoteを始めてから大きな発見だと思う。「今を生きる」ことは以前も何度か触れたが、ようやく本当の重要さが分かってきた気がする。これからはすこし内省の活動からは離れてこれを実践していきたい。

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