ネパールとの親和性について🇳🇵
こんにちは、ゆもです!
ただいまバングラデシュ、ネパール、インドの3カ国周遊旅の真っ最中。現在はネパールのカトマンズにトレッキングから帰還し滞在しています。
まもなくインドへ旅立つ。いよいよ2度目のインド(どきどき)。
今回はそんな中で、ネパールに滞在して感じたことをメモ感覚で呟いていこうと思う。今回がネパールに2回目の渡航であったのだけど、感じるのが親しみやすさ。めっちゃ滞在してて心地よい。日本人にとってネパールの人たちはなんだかフィーリングが合う印象がある。
それは一体何故なのか。自分なりの解釈を述べていく。
ネパールに親しみを感じる理由
人種的親和性
まず生物的な理由から思うものとして、人種的に日本とネパールが近いというのが挙げられると思う。もちろん、ネパールは多民族国家である。町を歩いていても人の顔立ちはさまざま。けれど隣国のインドなんかと比べると、チベット系の人が多いのが事実。日本人の顔立ちもチベット系であるから、結構「この人日本にも居そうだな~」っていう人をよく見かける。逆に私が町を歩いてるとネパール語で話しかけられたり、「ネパール人みたい」って言われることが多くある。
文化的親和性
続いて思うのが、文化的背景の近さ。初渡航の時に色々と衝撃を受けたから今回は慣れてしまっているのもあるが、やはりネパールと日本の外観の違いは間違いなくデカい。なんかやたらと砂っぽいし、標高が高い地域が多いから温暖差が大きいし、カラフルな家やぐるぐるの電線、どこを見ても捨てられている大量のごみといった全く日本とは異なる街並み。
けれども、いざ話してみると、日本人と似通った雰囲気を有しているのである。ひとつはおだやかなこと。笑いかけたら笑い返してくれるし、困っていたら多くが声をかけてくれる。のんびりしている印象で、インドのひっちゃかめっちゃかに声を張り上げクラクションを鳴らし、自己主張している様子とは少し異なる。もう少し謙虚っぽい雰囲気が日本人の特徴と重なるのだと思う。
あとは集団的まとまりが強いということ。ネパールは家族間や隣人間の結びつきが強くて、集団行動を好む印象がある。”みんな一緒”が好まれる日本社会の空間と重なる瞬間が、自分がこれまっで訪れた国と比べると多いなーって思う。
今回トレッキングをしにポカラへ行った際に、日本を2ヶ月間旅したというロシア人女性と友達になったのだけど、「ロシアや他の欧米諸国は個人主義国が多いけど、日本やネパールでは他者と近くで関わり合えるところが好きだよ」って言っていた。確かに人との距離の近さというか温かさはあるなと思った。まあ集団主義にも残念なところはあるのだけどね。
宗教的親和性
もうひとつ今回新たな気づきだったのが、ネパールとの宗教的価値観の親和性について。ネパールはインドと同じくヒンドゥー教国であるが、一方で仏教の文化も有していること。聞いてみると、ネパールの人たちは仏教とヒンドゥー教を明らかに分けて考えてはいないみたい。ある日のタクシー運転手のおじちゃんが話してくれたけど、「自分はヒンドゥー教を信じているけど、仏教も信じている。信じているというか、哲学的なものだよ」って教えてくれた。確かに歴史的にもヒンドゥー教は仏教の派生とも言えるみたい。だから人々の根幹には仏教が根づいているみたいで、これがなんちゃって仏教の日本の宗教価値観と似ていると感じる。あからさまに「自分は仏教徒だ」とは認識していないんだけど、行動習慣や思想や文化的には仏教から来たものが多くある。そこが日本人にとって感覚的に親しみを覚えるのかなって感じた。
もうひとつ呟きたいこと
ネパールのカーストについて
逆に日本とこれだけは違うよねっていうのは、やはりカースト。日本にはない感覚だからカーストによって手につける職業や人からの扱いが決まってしまうというのは、すごく不思議に感じてしまう。
カーストって私が知っているのはバラモンやクシャトリヤ、シュードラといった代表的なものだけだけど、彼らにとってはめちゃくちゃ種類があるらしい。クシャトリヤの中にもまた細かく種類分けされているんだって。で、日本人が関東人と関西人の人柄を特徴づけて考えるように、ネパール人の中にも特定のカーストに対する固定概念みたいのがあるそう。例えば友達から聞いた話だけど、彼は親から「〇〇のカーストの女の子は自我強いからあのカーストの子との結婚だけはやめてくれ」とか言われて育ってきたらしい。出身地を聞くような感覚なんだと思う。
一方でカーストはなすすべもなく社会的地位が固定化されてしまう暗い一面がある。例えば最下層のカーストの中にも入らない人たち。これも同じ友達から聞いた話だけど、彼らは友達の結婚式に行ったとしても一緒に食事をすることを許されず、はるばる山から降りてきて病院に行ったとしても門前払いされてしまったりすることがあるという。これは宗教的差別であるけれど、現代の視点からみるとただの不平等や倫理的問題に感じてしまう。
過渡期にあるネパールの若者たち
現代はグローバル化、資本主義が覆う消費社会である。スマホひとつで世界中と繋がり、情報が画一化されている。前述した伝統的なカーストの価値観もそうした現代社会に直面し、変化しつつあるようにみえる。例えばカーストに縛られた子どもが欧米の自由な恋愛感をネット上で知り、自身の価値観との違いを見つけるのは時間の問題だろう。
そうしたグローバル化の現代に生まれた若者の一方で、彼らの親世代というのは伝統的価値観で育った世代である。この世代間の価値観のギャップというのはきっと大きいと思う。
ネパールにも日本でいう“不良”の子どもたちはいる。お酒や煙草、大麻に走ってしまう若者は多くいるのだとか。ネパールの現代の若者たちは、現代社会とのギャップや親世代とのギャップにまさに直面している過渡期の世代なんだろうなって感じた。
Nepal should be as Nepal
ネパールは列車がなくほぼ移動手段がバス移動。首都カトマンズからトレッキングで有名な随一のリゾート地であるポカラへの移動であっても、その道のりは険しく車内はかなり激しく揺れる(笑)
そのため国の発展に伴い、道路の整備は課題であちこちで現在進行形で進んでいる。またネパールはヒマラヤがあるように豊かな自然が特徴であるから、観光業もめきめきと進んでいる。
一方で、少し都心から離れれば、いまなお現代社会とはかけ離れたような古き良き田舎暮らしが残っている。自分は今回都市であるカトマンズやポカラだけではなく、ステイ先のディベンドラさんの故郷であるチャリコットという小さな村にも滞在した。そこではまだ人々がヤギや水牛を育てて、村の中の固く強いコミュニティで暮らしているのがみれる。平和で温かな空間、時間の流れかたが日本とは180度違うから、ぼーっとしてしまう。けれどもそうした小さな村であっても、人々は携帯を片手に常に電話している。世界中が現代化に直面しているんだなってしみじみした瞬間であった。
ホストファザーであり、私にとってはネパールの父でよき先生でもあるディベンドラさんに「ネパールが日本や欧米みたいに発達しきった国になってほしいか」と聞いてみた。すると彼はNoときっぱり言って、「Napal should be as Nepal. ネパールはネパールとして発展すべきだ」といった。いい回答だなってその時思った。
先進国である日本で暮らして思う生きづらさ。
チャリコットの人々の暮らしもより便利になるといいなと思う一方、なってほしくないな、現代社会が抱えるストレスに染まってほしくないなって考えてしまう自分もいる。発展はすべき、けれどいまの発展の末路は欧米や日本のように行き詰まっているのが現状。何事もバランスだけれど、いまは過渡期、まさにパラダイムシフトの転換期なのだろうなって本当に思う。
世界はこれからどうなるんだろう、
そうした漠然とした不安をゆったりとしたチャリコットの暮らしを見ながら感じていたひとときであった。
学び続けること
今回の旅でたびたび思うのが、自分は勉強しなきゃって思うこと。世界について何にも知らない、将来やるべきことも見つけてない、自身の未熟さ。そして過渡期である現代社会を生きるには、ついていくための知識や経験といった武器が必須になると思う。もっと強くなって自分のことももっと知らなきゃと思う。けれど今は休学中、旅ができる絶好のチャンス。できるだけ多くの新しいものをみて、異文化を肌で感じて、感情や思考を動かしたーい!まだひりひりしていたーい!って思います。
以上、ネパール滞在での呟きでした。
またまた呟きまーす*^^*
(続)