【前】寒い部屋のセックス、私の男と中出し
私は、見た感じとか普段のイメージとは、ギャップがあると思われることが結構ある。
ひとつは、お弁当くらい簡単に作っちゃうくらい料理が得意なことだし、もうひとつは、じつは体育会系なことだったりする(リケジョなのはあまり驚かれないけれど)
厳密にいうと体育会系、というわけじゃない、部活じゃなかったから。インカレのサークルでちょっと遊んでたら、思いのほか楽しくて、本格的に始めることになった、みたいな感じ。だから、学校もインカレも関係ないとこに通うことになった。
細かいことを書いちゃうと、身バレ要素満載になるからボカすけど、私が通ってたところは、熱心な人は全国大会レベルの人もいるくらい、レベルも意識も上から下まで幅が広くて、そして私は下の下の方だった。
そして、普段の生活、──最初は学校、そして今は仕事の利害関係とは無縁の環境は、私にとって大切なものになっていた。
就職してしばらく経ち、通うペースは間遠になって、今ではジムに行く回数の方が多くなってしまったくらいだけれど、私にとって必要な時間であることに変わりはない。
あるとき、先輩のひとりが結婚することになり、東京を離れてお相手の地元に移住するから、送別会をしよう、という知らせがあった。
先輩は、歳下の彼女が、就職のタイミングで実家に帰ることに合わせて、その地方の公務員試験を受験したというから、用意がいいというかなんというか、幸せそうな話だ。
彼は、私と5歳も離れてはいなかったと思う。上級者だったけれど、面倒見のいい人で、よく練習につきあってくれたのを思い出す。
本音を言うと、体育会系のノリとかメンタリティが、本当に苦手なのだけれど、例えばそれは、先輩後輩の硬直した人間関係に対する拒否感だったりする。
だから私は、そんなふうに緩く、先輩たちとの関係性を持てる環境の方が合っていたんだろう。
先輩の家はたまたま、私の大学の最寄駅で、私も住んでいたことがある街にあって、それもあって当日集まる場所は、その路線のターミナル駅の商店街にあった。ひさしぶりに眺める景色、変わってしまったテナント。ちょっとした時間旅行をしながら店まで歩いた。
そして──激しく飲んだ。取り止めのない話をしながら、私たちはひたすら飲んだ。
職場の同僚と飲みに行っても、リラックスできることはなかなか無い。かといって、学生時代の友達とは疎遠になる一方だったから、こうして気の置けない仲間たちと、他愛もない話をして飲んだり食べたりできることが、本当にうれしかった。集まったメンバーは、多分そんなことも共有してたんだろう。
そして、こんなふうに──誰かが結婚するとか、遠くに引っ越すとか、何か理由をつけて、何か理由がないと、こんな時間を持つこともできないのが、社会人とか、家庭を持つことのリアルなんだろうな、みたいなことも思った。
例えば今日は週末だけれど、家族や家の都合で、早めに帰る人がいたりする。宴会コースの時間が終わったら、基本的にそこでおしまい。あのころみたいに、いつまでもぐずぐず駅前で飲んでいたり、もっと遅くまでやっている店を探して移動するようなこともしない。
だから二次会は、主役の先輩と、あと何人かしか残らなかった。
商店街を歩いて、適当な店に入る。お腹はもういっぱいになっているから、飲む、ひたすら飲む。
ここでもやっぱり、途中で帰る先輩がいる。電車のあるうちに──とか言いつつ、お金を多めに置いていってくれたりするのは、やっぱり体育会系のノリなのかもしれない。
「東京に来ることもあるんだろ?」
「ふるさと納税とか観光の部署になったら、イベント出張とかあるみたいですよ」
誰かが帰るたび、同じようなやり取りが繰り返された。
「──って、先輩の地元と真逆じゃないですか、北と南みたいな」
「寒いの苦手なんだけどさ、家の中は東京なんかより全然あったかいって言うんだ。通勤とか移動も全部クルマだから、逆に今より快適に暮らせるかもよ?」
「仕事って新年度からなんですよね? それなのにもう引っ越し?」
「有給の消化もあるし、向こうの家とかいろんなことの準備もあるから」
「奥さんのご両親とかに手伝ってもらえないんですか?」
「ああ、おんなじ街じゃないから。めんどくさいから──って言ってるけど、少し離れてる。──っていうところ」
教えてもらったその街の名前は、音と漢字の組み合わせがピンとこない、不思議な響きをしていた。
駅の反対側にある、小さな店がたくさん並んでいる一画に移動して、また飲んだ。
もう何軒目だったのか、とうとう三人だけになっていた私たちは、最後は潰れそうになっていた後輩の男の子を、駅前からタクシーに乗せて家に帰した。そろそろ宴も終わる。日付が変わって週末。休日があって、またすぐ月曜が来る。
金曜日の夜が永遠に続けばいいのにと思って、ずっと飲んでいたところはある。なんだか、家に帰りたくない。
タクシー乗り場に、冬の風が吹く。東京の冬は、そんなに──北国よりも寒いのだろうか。
「山田ちゃん、もう一軒だけ付き合わない?」
今日の優勝と準優勝の私たちは、まだまだシャキッとしていた(自覚としては、だけど)
「──(隣の駅)の飲み屋街の──って店覚えてる?」
「去年の花見の帰りに連れてってくれたところですか?」
「俺、多分、今日じゃないともう行けないから、マスターに挨拶したくて」
「じゃあ、このままタクシー乗っちゃいましょう」
「山田ちゃん、お膝の上に座るかい?」
「もう! 酔ってるんですか?(まあ、酔ってるよね)」
ジャパンタクシーの高い天井だと、本当にそんなことができそうだな、と思った。
「駅から近いんだっけ?」
「え?」
「あ、店の話じゃなくて、山田ちゃんの家の話」
「いつの話してるんですか? 私もう何回も引っ越してますよ」
「え、家近いから残ってくれてたんじゃなかったの?」
「タクシーだったらまあまあ近いです」
隣の駅まで、歩けば線路沿いにまっすぐだけれど、クルマは少し遠回りになる。
「──が交通事故で死んだのって、このへんだっけ?」
「もう少し先じゃありません?」
「この近くのファミレスで何度か一緒になったことあったんだよね」
ご近所あるあるみたいな話をできるのは、なんだかうれしい。
そして、私たちは運が無かった。その店のドアは閉まっていて、少なくとも今日はやっていなかったオーラを、暗い店先に漂わせていた。
なんだか、明かりのついている店自体が少ない。その一軒のドアを開けたら、「今日はもうおしまいなの」とサラッと言われた。
「どうする?」
「牛丼は嫌ですよ」
「食べる気満々なんだ」
「口がマスターのご飯になってたから」
「じゃあコンビニで何か買ってって、俺の部屋で食べる?」
「それでもいいです」
もうすぐ結婚する先輩は、こんなふうに言っただけでギルティだ。
そして私は、共同正犯だ。だって、今日は最初から、ひとりで帰りたくなかったんだし。
何軒かのコンビニを覗いたけれど、どこも週末の深夜的にスカスカで、食事的なものは望めなかった。私は仕方なく、いくつかの飲み物を買った。
「え、まだ飲むんですか? それ、花見のときに買った熱燗になる日本酒ですよね?」
「じつは、俺の部屋が寒い。もうすぐだけど」
夜の住宅街は心底寒々としていた。風が抜け、コートのポケットの中の手が冷たい。
そして……先輩のアパートは、レトロというよりは単に古い感じの昭和のアパートだった。モルタルの壁、鉄の外階段、玄関横に置かれた洗濯機。鍵は大げさな音をたてて開き、真ん中にインターホンのあるドアがゴトゴトいいながら空いた。
「うわ、ほんとに寒っ!」
「一日中日陰だから」
「稼いでるんだから、もっといいとこ住めますよね?」
「この何年か、ほとんど嫁のところにいたからさあ」
そして──この部屋にはエアコンが無かった。
「ちょっとこれ、信じられないんですけど。エアコンの形のホコリの跡しかないし」
「業者とタイミング合わなくて、先週撤去してもらった」
「先輩、寒いです」
「熱燗飲む?」
「っていうか、寒っ! マジで寒っ! ほら、リアルに震えてきたじゃないですかどうするんですかこれ!?」
「今この部屋に温かいものは、熱燗の他はシャワーくらいしか無い」
古い板張りの壁に不似合いの、真新しい湯沸器のリモコンのスイッチが入れられると、間の抜けたチャイムのような作動音が鳴った。
これは結構、かなり、酔いが冷める展開になってしまった。
「先輩、私なんかムカついてきました」
「そんなこと言われても」
「だってこれじゃ、寒くてすることないから、シャワー浴びてベッドでお布団にくるまっちゃうしかないねー、みたいな展開じゃないですか」
「まあ……」
「それはやだなー」
「……だよね」
「嫌です、全部じゃないけど。とりあえずシャワー浴びないと、ほんとに震えてきたから。何か私の着るもの探しといてください。あと、せめてお布団暖めといてください!」
洗面所で脱衣所みたいな作りの場所の引き戸は、しばらく動かしたことがなかったような音を立てて閉まった。
とりあえずシャワーを全開にして、一旦お風呂のドアを閉めた。湯気が立つのをドア越しに眺めながら、後先考えずに服を脱ぎ散らかした。
とにかく、寒い。
床も壁もまだまだ冷たいお風呂に滑り込む。シャワーのお湯だけが温かい。こんなときはもちろん熱いのがいいけれど、ちょっと熱すぎる。これも古い部屋には似合わないピカピカの混合水栓の温度を少し下げる。
いつものように胸元からシャワーを浴びるけれど、まだ寒い。耳だってまだこんなに冷たい。
こういうときは、首の後ろだ。私は振り返って、壁にかけたシャワーヘッドに背を向けた。
「え?」
ドアがこういうときだけ音も立てずに開き、真っ裸の先輩が入ってきた。
──【中】寒い部屋のセックス、私の男と中出し に続く