失敗をほめてあげる。
子どもの頃に「 どんどん失敗してみなさい 」と、
「 なるべく失敗しないように行動しなさい 」「 間違わないようにしなさい 」のどちらを周りから言われてきたかによって、大人になってからの行動も変わってくる気がします。
自分はどちらかというと、「 失敗しないように 」の方。性格も慎重なので、何かを始める時はものすごく時間をかけて悩まないと決断できないタイプでした。
そして子どもの頃にみんなの前で大恥をかいたことが何度もあります。子どもの頃に感じた気持ちって、大人になっても強く影響を受けることありますよね。
そういう経験ってありませんか?
私はおっちょこちょいなので、よくやらかしました。ある体験は(今思えば大したことない内容なんだけど)当時の自分にとっては心が委縮してしまう出来事。
それは「給食を台無しにしてごめんなさい事件」
当時自分は小学生。事件のあったその週は給食当番で、お鍋を給食室から運ぶ役割になっていました。
1人で運んでいたんだけど、この鍋を何かの拍子に転んでしまい、あろうことか中身をほとんど全部ひっくり返してしまったんです。
給食といえば生徒にとって学校の中で1番楽しみの時間。みんな大ショックです。
急いで先生と一緒に給食室へ余っていないか尋ねてみても、全クラスに配分していたので残っていません。
仕方なく、各クラスへ少し分けてもらえないかお願いしに行きました。
当時4年生くらいだったかな? なので、上級生と下級生のクラスにも行かないといけない。知り合いの人だっています。もう、恥ずかしいやら心苦しいやら …
すでに配り終わっているクラスもあり、結局半分も集まりませんでした。その時の給食の様子は無意識に消去したのか、すっぽり記憶に残っていません。
今でもはっきり覚えているのは、帰る前の「 その日の反省会 」の時。先生に言われてみんなの前に立たされ、「 ごめんなさい 」を改めて言わないといけなくなりました。謝らないといけないのは当然です。みんなに迷惑をかけたのだから。
でもなぜか、「 ごめんなさい 」が言えない。何分経っても…だめ。とうとう最後まで言葉にできなかったんです。
本当に反省している時って、声に出ないこともあるんだと体験しました。
それと同時に、みんなの前で恥をかきたくないという思いが強く残ることに。
事件はこの1つだけでないけれど(どれだけ‥)、「失敗は悪いこと」という観念が自分の中で根付いていきます。
でも正直、この考え方に基づいての行動はしんどいの一言。
だって、周りの目を常に気にすることになるから。例えば
・ 人前で話す時も、自分はどうみられるかを気にする。
・ やりたいことを話しても、周りからやめた方がいいと言われたら自信がなくなり諦める。
・ 委縮して行動に移せない。始めることができない。
・ いい子ども、いい母親、いい妻、いい友人にならないと悪く思われるから無理をする。 など。
感情面でも、行動面でもマイナスの割合が多いんです。
でも今は、ようやっとこの考え方から解放されてきたように思います。
それは「人間は、失敗するのが当たり前」だと考え方が変わってきたから。
何をするにしても「自分は、失敗することが前提」として考えるようになってから、気持ちがとてもラクになりました。
それに「1回目で成功するのと、間違えを繰り返してから成功するのどちらか選びなさい」と言われたら、やっぱり後者の方だと思います。
なぜならそれだけしっかり土台ができる。
多分、これからもたくさん失敗をします。恥も何度もかいていきます。
「失敗リスト」を作ってそこに書くたびに、「よくやった」とほめてあげようと思います。
こんなに完璧でない自分が、相手に「 失敗しないように 」なんて偉そうに言ったらいけなかった!特に子ども達に 。
… 本当、ごめんなさい。
「失敗をしてもいい」と言える人や言われて育った人は、きっとのびのびと行動できる人。
私もこの人たちのように、いつか心から信じて相手に言えて、そして自分でもそうなりたいなと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます🙏