【A FREETER】2004年晩夏までの時点についてのメモ
この記事について
愛の楽曲工房を聴き A FREETERにハマってしまった私が、まとまった情報を見たい!あとで見返したい!と思い作成したメモ書きです。
愛の楽曲工房 #219 時代の名曲・番外編!A FREETER 『2004年晩夏までの時点』の、樋口聖典さん・樋口太陽さん・青柳貴哉先生のお話を元にまとめています。
また、私が音楽業界弱者の為、用語について自分なりに調べて記述していますが誤りがありましたらすみません。ご指摘ください。
この頃のA FREETERについて
福岡大学に入りたて。桧原(ひばる)の一軒家に樋口兄弟+オカくんで3人暮らし。
芸工大の軽音学部にも所属していた
このミニアルバムについて
前のアルバムから数ヶ月しか経っていない
レコーディングは8月くらい。夏休みに録音
半年後にもう1つアルバム作っている。やり口がわけーちゃ(聖典さん談)
ドラム撮りを芸工大のスタジオで行った
1枚目はバンドサウンドだったので、この2枚目は打ち込みも取り入れようと考えていた(ミスチル?レディオヘッド?マッド・カプセル・マーケッツ?)
楽曲解説
晩夏とは:夏の終わり頃。 8月中旬から9月上旬頃
1. A tune
バンドサウンド
2. 点滅灯
俺の中でA FREETERの代表曲(聖典さん談)
音源が出た時、これが入っていないことが苦しかった。初めて聞いた時マジで痺れあがった(貴哉先生談)
最初からライブで弾き語りしていた曲
1枚目に入れなかった理由
打ち込みが結構入っている。にいちゃんにやってもらった。ここまでやれていないと出したくなかった。
田川の添田(※1)に蛍を見に行った思い出を元に作った歌
蛍が点滅していることを比喩して点滅灯としている。歌詞(※2)と共に味わってほしい(聖典さん談)
田川は蛍が多く、子供の頃によくみに行った。ばーっと森全体が光る様子が印象に残っていた。大人になると、友達と車に乗って蛍を見に行く。小さい頃の思い出と、蒸し暑い感じと、老若男女集まってみんなぼーっと見ている感じがおもしれーと思って曲にした
弾き語りである程度形になっているものをアレンジしていく難しさはあった。「ベース入れるんやったらどんなんやかー?生ドラムと打ち込みの感じどうしようか?」などを想像しながら形にしていった
打ち込みする時、完全に0の状態から太陽が後ろにいて、俺がオペレーションする感じだった。こういう音をこんな感じでこういうタイミングで入れてというのを全部指示された。それを踏まえて「だったらこんなのもあるぞ」と提案し、「あ、いや、にいちゃん。ごめん。やっぱそれいらんわ」と言われ、こだわりつえーと思った(聖典さん談)
聖典さんは、2003年の夏からPCで音楽を作り始めたので、これを作っている時はDTM歴1年だった
ライブだと弾き語りのパワーがすごい(そこに人間がいて大声でメッセージを伝えるので)。CDになるとその臨場感・ライブ感が伝わりにくく、同じ弾き語りでライブに叶うわけがない。一方で、音源だからこそできることもある(色々な楽器の音を入れる・撮り直しが出来る等)。音源を良くするためならなんでもすると当時言っていた(聖典さん談)
どんな20歳?(太陽さん)
20年前やきね、これ。全然色褪せんよね、なんか(青柳先生)
1,2番目のサビは、結構ピコピコ入れていたり打ち込みも細かいが、最後で思いっきり生ドラムっぽくなる。ここのミックスもとにかくこだわっていたのを覚えている。とにかく音圧を上げまくってぶっ潰してパワーマックスになるように。エフェクトかけまくった。ドラムは普通にやると潰しすぎて汚い音で歪ませたりもしている。完全に生っぽくもなくちょっとエフェクティブで演出が入っているようなアレンジ。ミックスもかなり色々やっている(聖典さん談 / 当時23歳・ノーギャラ・学生・金ない・自分のバンド活動もある)
この辺は椎名林檎さんの影響を受けまくり。アルバム「勝訴ストリップ」が反映されている(太陽さん)
相当刺激をもらった。自分だったらこんなミックスしないな、このアレンジのパターン思いつかないな等が相当あった。1個の音を作る為に何時間もかけたりしていたので、技術向上に繋がった。自分だったら80点出たから良いかと思うところを太陽が拘り強すぎて「いやー、にいちゃん。ちょっと違うんよね」とずーっと言うのでやるしかなかった(聖典さん談 / 樋口兄弟の家庭内暴力)
加減を知らなかった。今なら音楽制作に対してのバランスを掴めているが、当時はやるしかないと思っていた(太陽さん)
頭の中でイメージがあって、今その音がなっていないんだったら、ならないことが不義理(聖典さん)
(※1) 田川郡添田町の素敵な蛍の写真が掲載されているブログを発見しましたのでぜひご覧ください!
(※2) 歌詞はこちらに掲載されていますので、ぜひ味わってください!
3. 1 Week
結構衝撃だった。ギターのリフの頭が分からない感じ。「無理やりながら〜(歌詞)」に入るところでやっと4拍子の頭が分かる感じが、リズムのトリックで意図的に分かりにくくしていると感じる(聖典さん談)
あまり意図はなく割と自然にやっていたが、ベースは頭鳴らしてなかったりする(太陽さん談)
初めて指弾きでベースをレコーディングした。指弾きにずっと憧れがあって。檜原の家でずっと指弾きを練習した
4. My turn
特にお話ありませんでした( 泣
A FREETER以外の当時のエピソードについては特にまとめていないのですが、そちらも面白いのでぜひ本編をお聞きください!
5. 今晩は
聖典さん談
この曲は魔力がある
アレンジがすごい。左からカチカチみたいな音はギターの弦をミュートしてからキュッキュッとしている
パン(※1)が右から左にいきよー。楽器が一回なくなってギター1本でフリーテンポでディレイかけてやるとか…しゃーしーちゃ!ハタチそこらで。
今聞いてもぞわーっとくるね
「楽しい」連呼をレコーディングしている時、母親が「太陽が、楽しい楽しいとか言っているけど、ものすごく怖い」といっていた(聖典さん談)
太陽さん談
これはいい曲ができたね。普通に良いと思うものを作ったらどん底まで暗くなった
なぜ変わったアレンジになったかというと、ループできるエフェクターを使ってライブでやっていた。普通やらないような、ギターを何本も重ねているようなアンサンブルを元々ライブでやっていた。その上で音源化したので変わった感じになっている。
当時あまり音楽を聞いてきていなかったはずだが、本当に少ない摂取量から最大限エネルギーにしてきたことを感じる。(影響を受けたバンド:レディオヘッド)
演奏とか今普通に聞いても文句ない。ベースとか普通にいい。めちゃくちゃすごい
この部分だけ生ドラムだから、叩いとかないとねと最初のうちに決めて、そこだけ押さえておくわけだけど、よーやるよね。プロデューサーみたいなことを当時からやっていた
その他エピソード
芸工大について
学外の人も呼んでばんばんイベントをするような校風
レコードは歴としたサークル活動の一環。レコーディングしたのは、TRP(※1)というサークル。音響設計学科があるくらいなので、レコーディングしたりPA(※2)だけするサークルがある
聖典さんの後輩の檜谷(ひのきだに)さんがやりたいですと言ってくれ、レコーディングをした
貴哉くんはベースがうまかった
1枚目「2004年 初春までの時点」はご挨拶、2枚目「2004年 晩夏までの時点」は実験的にDTMやミックスを使って、色々な音を沢山入れたり楽器を切り刻んで鳴らしたりした。3枚目の「2005年 老春までの時点」で一旦、A FREETER の集大成となり、4枚目「2005年 季秋までの時点」では「こだわらない」をテーマにし、1日で1曲終わらせる、多重録音でギターを重ねない等をした。最後の「2006年 終春までの時点」では、全曲ゲストを入れた
感想
まずはレコーディングに前向きだった檜谷さん、ありがとうございます。あと、たくさんの美しい蛍たちにも感謝!蛍をイメージしたライブTシャツを売ってください!あわよくば、ライブで「ゆ〜ら〜り〜」とペンライトを振りたかった・・・
1 Weekも大好きで、娘を車で保育園に迎えに行く際は必ずこれを再生します。「1ウィークを流していく」というフレーズがなんだか生活に馴染むのと、トンネルを抜けて夕焼けがわーと広がる綺麗な情景のところでちょうど「俺のさ 虚しさ 察知する暇も無く」が流れるのが自分的に本当にエモくて最高なのです。
今回のアルバムは、当時の樋口兄弟のやりとりが面白く、話し言葉でのまとめが多めになってしまいました。でもやはり音声で聴くのが一番雰囲気が伝わると思うので、まだお聞きになっていない方ももう一度聞いてみようかなと思った方も、ぜひぜひ聞いてください!
1つ前のミニアルバム「2004年初春までの時点」についてのメモも拙いですがまとめていますので、よろしければご覧ください!
2024年は、A FREETER を沢山聴けた良い年でした。次作「2005年 老春までの時点」も名曲揃いで、1番聴いているアルバムなのでまたまとめようと思います!
2025年もまだ聴いていないA FREETERの曲と出会えたら嬉しいです。
あー!!A FREETERが好きだー!