幽霊子育て飴
昔から六道珍皇寺と六波羅蜜寺の間に幽霊子育て飴というのが売られています。松原通に面したお店ですが、歴史は古く400年から500年前の創業だそうで、京都で2番目に古いお店だそうです。子供のころからあるのは知っているのですが、ちょっぴり怖くていまだに買いに行けずにいます。でも、観光客の方々は珍しいようでよく覗かれています。
子育て飴にはこんな話が伝わっています。
今から421年前の慶長4(1599)年に、鳥辺山(とりべやま:平安時代以前から京の埋葬地となっていた場所)から夜な夜な飴を買いに来る女性が現れ、この女性は毎回1文ずつ手にして飴を買いに来ていたそうです。ある朝、銭函の中を見てみると、しきみの葉(お墓にお供えする花)が入っていました。不思議に思った店主が買いに来た女性の後をつけていくと、鳥辺山にある墓地の前ですーっと姿を消し、お墓の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきたそうです。翌日、お寺の住職と一緒にお墓を掘ってみると、中から飴をくわえた赤ん坊が出てきました。
その幽霊は赤ん坊をみごもっている時に亡くなり、土葬された女性だったのです。しかし、亡くなったあともお腹の中では子どもがすくすくと成長し、お墓の中で赤ん坊が誕生しました。母親は自分が母乳を与えることができないため、幽霊となってうちに飴を買いに来たといわれています。
このことから、いつしか『幽霊子育飴』と名前が付けられました。
赤ん坊はお墓の中から出され、8歳になるまでこのお店で預かっていたようです。8歳で仁和寺近くにある立本寺に引き取られた後、お坊さんになり、立派に68年の生涯を終えたそうです。創業当時からの銭函があり(現在は使用されていません)、この中にしきみの葉が入っていたことから幽霊が飴を買いに来たことが分かりました。京都では、お墓にしきみの葉をお供えしてご先祖様の魂を供養するんですよ。この銭函が残っていることで、幽霊伝説を後世に伝えることができるというお話です。
子育て飴は幽霊が買いに来た当時は、水あめのような形でお箸に飴を巻いて売っていましたが、いつしか固形の飴として販売するようになりました。 材料はいたってシンプルで、麦芽糖とザラメ糖のみを使用。麦芽糖とザラメ糖を溶かし、飴が固まったら専用のとんかちで飴を砕いたらでき上がり。艶やかな琥珀色をしています。味も製法も昔と変わらないので、赤ん坊が食べた時と同じ、懐かしい味だそうです。前を通られることがあればぜひ一度覗いてみられてはどうでしょうか?7/29
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