ホテル百景|山梨の湖畔で「結局ホスピタリティがすべてじゃないか!」と叫ぶ
ホテルの仕事をしていると、ごくたまにはホテルの経営にまつわることを勉強します。
ホテルって、これといった資格も無いし、専門的な猛勉強が必要な業種ではないのですが、ただし扱う範囲が広いのが特徴です。
利回りとか投資対効果(ROIとかいうやつ?)など事業計画もあれば、デザイン、建築、インテリアみたいなクリエイティブな分野もあるし、OTAとか決済システムとか、SNSも含めたITまわり、飲食、飲料、衛生なんかの飲食分野、多言語対応、異文化、宗教などのグローバルな対応など…まぁとにかくいろいろです。
で、それぞれ、これからの時代はこうすべきとか、勝ちパターンとかもあるわけです。
一応、人にアドバイスをする職業の私としては、付け焼き刃ながらも他人に教えを垂れることもあるのですが…
ただ、実際にいろいろなところに泊まりに行ってみると、もうそういうのどうでも良くて、「結局ホスピタリティマインドがあるかどうかだけじゃん!?」と思いたくなることってあるんです。
チェックインと同時にリピートを決意
先日お邪魔したのは、山梨県の牧丘町というところにある『ホトリニテ』。乙女湖という人工湖の、その名のとおり「ほとり」にあります。
予約方法は「メールのみ」で、価格も聞かないとわかりません。普通に考えたら面倒です。ファイブウェイポジショニングというところの「アクセス」には反するのですが、それだけリピーターが多い証拠でもあるし、数よりも強くマッチングする顧客と繋がろうとする姿勢でもあり、こちらも身が引き締まります。
到着すると、ご主人の高村さんが丁寧に宿を案内してくれました。
メールの文面から、すでに高村さんのお人柄は伺えたのですが、実際にお会いしてみると予想していたとおり、物腰の柔らかい丁寧な方でした。
宿は現在1日1組のみ。広めの和室の他に、朝食の会場になる部屋、夕食の会場になる部屋、さらに離れと、1泊ではつかい切れないほど。当初は1日数組が泊まれる仕様だったそうなので現状は想定外なのだとは思いますが、それぞれの部屋のデザインを変え、くつろぎ方の提案があり、この時点ですでに「リピートせねば…」という気持ち。
テントサウナに蕩ける
この日のメインイベントは「テントサウナ」。
ダムを見渡す場所に、すでにテントサウナとプールが設置されていました。
私自身は、テントサウナはイベントでちょっと入ってみたことがある程度。本格的に水風呂とセットでの体験はありません。「水着持参で」とのことでしたが、要するに濡れても平気ならいいので、濡れてもいい短パンと、「絶対透けないしめっちゃ丈夫そうだから」という理由でラグビー日本代表のレプリカジャージで参戦しました。
テントサウナの心地よさは、多くの人があちこちで熱狂的に書いているので、いまさら語るまでもないと思いますが、この快感はなんとも他に変えがたいですね。結局1時間以上かけて、サウナから出たり入ったり、水風呂に入っては断念したり、写真撮ったり、友人とまじめな話をしたりしていました。
私たちがサウナを堪能している間も、高村さんや熟成兄弟(後述します)が、火の面倒をみたり、タオルを用意してくれたり、リラックスの邪魔にならぬよう黒子のように世話を焼いてくれました。
特に感動したのが、このお漬物のサービス。汗をかくと塩分のあるものが美味しいから、ということなのですが、たしかに劇的に美味しい。このあたりで私としてはかなりノックアウト。難しいこと考えてないで、ここのサービスに身を委ねよう…と、サウナ効果で蕩けきった頭で考えたわけです。
サウナを満喫したあとは、大浴場で温泉にはいれるのですが、そのあたりも細かい気配りが。部屋で水着に着替えてサウナに行くと、汗だく&ずぶ濡れになって帰ってくるわけですが、ここでいったん部屋に戻るとあちこち濡れるし面倒。ところが、ちゃーんと大浴場にはタオル、浴衣、アメニティ、新しいスリッパの用意があるので、サウナから直行できるんです。ひとつひとつは小さなことですが、こういうことが大事だと思えるかどうか、気づいたときにすぐに行動に移せるか、その積み重ねこそがホテルの醍醐味だと思います。(ちなみに私は、気づいてるのにイザとなると忘れるタイプです。)
熟成兄弟。箱入り娘を送り出すがごとく
続く夕食は『熟成兄弟』プラン。さきほど登場した謎の兄弟です。
熟成兄弟とは、「熟成肉」の美味しさを世にお届けすることに指名を燃やす男子ふたり組。
栃木から仕入れた赤身肉を、それはそれは大事に、(正しい表現かわかりませんが)まるで舐めまわすように焼き上げてくれます。これがもう…肉の概念が変わります。言われなかったら「炙りトロ?」とか言ってしまいそうなほどのとろけ具合と舌触り。まるで大事な箱入り娘を嫁に出すが如く、愛をもって焼かれた肉は、こんなにも違うのか…。
恥ずかしながら、これまで霜降りと赤身の違いすらロクに目を向けず、牛角では喋ることに夢中で肉を黒焦げにしていた私。今後絶対に焼肉屋では喋らないことを誓います。
料理の写真を撮り忘れる大失態で、完成品をお見せできませんが、感動しきりだったことをお伝えしておきます。
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たったひとつ、宿になければならないもの
さて。宿で起きたことを全て書いていたら、どこまでも長くなりそうなので結論に向かいますが、ホトリニテは普通に考えたらセオリーに沿ってないことだらけです。
いきなりきな臭い話題になって申し訳ないのですが
・場所めちゃめちゃ不便
・予約アクセス弱い
・おそらく利益率めっちゃ低い(価格帯とサービス内容から推察)
しかも、営業終了が2033年と宣言されていて、それにもいろんな事情やこだわりがあるようですが、ということは初期投資を回収するのにギリギリなんじゃ…なども考えてしまいます。
おそらく「宿って儲かるんでしょ??」というマインドの経営者には全くもって信じられないことばかり。でも、本当に評価されるのは、便利さや価格ではなくホスピタリティに溢れた宿。そのマインドが「もっと美味しい料理を提供したい」「もっとわかりやすく説明しよう」「もっと無駄を省いて接客に集中したい」と宿を進化させるし、すべてのレベルを押しあげます。経営的な側面で見ても、災害や経済危機に弱い観光産業では、真に応援される宿こそが、経営的にも「勝つ」んです。
さらに言えば、これから日本が本当に観光立国になるなら、本当に呼ばなければならないのは先進国の富裕層たちであり、彼らが求めるのは立派な設備や利便性ではなく、この土地にしかない魅力や感動、心から心地よい滞在ができるかどうか。これはエクセルを叩いても出てきません。
「宿って儲かるんでしょ??」って、思ってた経営者の皆さん。
いちどPCを閉じて、山に出かけてみるのはいかがでしょう。
※チェックアウト後にオススメされて出かけた滝。地元に住んでいても聞いたことなかった隠れた名所。こういうところに出会えるのは、どんなにネット社会になってもやっぱり実際に行ってみなければ難しい。