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N子さん 81歳にしてデビューする

加齢に伴う変化

いくつになっても人は成長する-とは言うものの、年齢に伴って新しいことへの挑戦が億劫になるのも事実だ。

N子さんも実家にいた頃は自分や夫の老化や長女家族の状況で少しずつやることは変化していたものの、家事と読書が生活の中心になっていた。

むしろ以前は孫の送迎や近所の買い物に利用していた自転車を「転ぶと危険だから」とやめ、散歩は行くものの、買い物は「たくさん物を持って歩けないから」と一人では行かなくなった。

服も「このデザインは脱ぎ着しづらいから」「これは似合わなくなってきたわね」と合わない物を処分し、スッキリしたと言いつつもどこか寂しそうだった。

歳を重ねると今までできたことを辞めていく店じまいのような面があり、親の老いという現実にこれからも直面するのだな、と両親を見るにつけ感じていた。

え?初めてだったの!?

そんなN子さんだが、このところ初体験のことが増えたせいか、「もうこの歳なのにー!」「色々やらなきゃ、となると億劫に感じるのよ」と言いつつもどこか楽しげだ。

N子さんがデビューしたできごとを記録していこうと思ったきっかけは、彼女と転出届を出した後「遅くなったからこの辺りでお昼ご飯を食べよう」と二人で役所近くのカフェに入ったことだった。

食後N子さんに「こんなに何も気にせずにご飯食べたの、初めてかも。癖になりそう」と言われ、「そうか!今まではみんなの都合を考えながらセカセカご飯を食べていたし、外出していても慌ただしく戻らないとだったものね!」と今更ながら彼女がそこまで他人に合わせて暮らしていたことに気づいて驚いたのだった。

「そうよ。それにお金だって贅沢していなかったのに『無駄遣いするな!』とか色々言われていたもん」と口をとがらせていた。

私の父は昭和一桁生まれだったこともあってか、母N子さんに対しては男尊女卑かつモラハラ・パワハラ・DVの態度で接していたようで(後になって色々事実を知って「父よ…」となった話は事欠かない)、N子さんは楽しみのためちょっと外出するにも父の顔色を伺い、姉一家のスケジュールに合わせながらだった。

幼い頃も独身の頃も生活に追われていたようだったし、思えば81歳にして人生デビューなのかも、とのんびり飲み物を口にする母を見ながら感じたのだった。

デビューあれこれ

あらかじめ断っておくが、きっと姉や姪・甥とは経験していることがあるかもしれない。しかし、実質デビューと思って間違いないだろう。

もちろん昨今の新型コロナの流行もあり、様子を見ながらというのが実情だ。

その1 自分のペースでの外食やテイクアウト

これは先にも書いたとおり。転居した日の経験が楽しかったのか、時折「ご飯食べに行こうよー」と私や夫を誘うようになった。

「外食やお惣菜だと味付けが濃いし、野菜も少ないから」と今でも自炊中心ではあるが、食事作りに疲れた時などに一人で気軽に出かけて利用できる場所を増やしたいと本人も考えているようだ。

その2 100円ショップ

流行りのお店へ行くこともほとんどなかったようで、新居の整理整頓のため「収納グッズ買いにダイソーへ行こうよ」と連れて行ったら「世の中、こんなにいい物があるの!?」と目をキラキラさせて店内を巡り始めた。

N子さん「この値札ないのっていくら?」

私「だから100円+税金!」

N子さん「えー、安いわね!」

と何も知らない人が聞いたら冗談としか思えないような会話を交わしながらのデビューとなった。

デビューその3 ユニクロ

ある日様子を見に部屋を訪問したら、「昨日一人で散歩していたら『あなた、大丈夫?』って声かけられた!」とお冠。

徘徊高齢者と勘違いされたのか、好意で声をかけてくださったのか詳細は不明だが、いずれにせよN子さんにとっては屈辱的だったらしい。

「古い服捨ててきれいな色の服を買いたい!」ので「じゃあ、ユニクロへ行こう」と近所のユニクロへ。

ここでも「私も着られるサイズが豊富!」と嬉しそうに店内を周回し、「まだ着られるからって、古い服や合わない服抱えていてもダメね!」とどこか吹っ切れた様子。

「前の家の近所にもあったよね?」と尋ねたら「見る余裕なくてほとんど素通りしていた。もったいなかったわー」とのこと。

確かにこの品揃えから選ぶには時間が必要かも…。アプリやオンラインストアもN子さん一人では難しい(詳細は次項で)から今まで未経験だったのね、と妙に納得。

デビューその4 スマートフォン

母N子さんはガラケーユーザーである。一方父は亡くなる半年ほど前突然「らくらくスマホ」を買ってきて私に操作を聞いていたが、目の持病でよく見えなかったこともあってか、結局使いこなせないまま世を去ってしまった。

父の死後各種手続きのため携帯電話のお店へN子さんと出向いたら、「端末のお支払いが残っています」といった仰天事実が次々と出てきたこともあり、N子さんは「あんな無駄な料金プランで契約して!」「もう絶対スマートフォンは持たない!」とスマートフォン自体に対して根強い不信感を抱いてしまった(「いえ、スマートフォンが悪いわけではないのですよ」と言いたいところだが、こうなるとN子さんは梃子でも動かない)。

新居にはネットがないため夫や私は「第二波に備えてせめてネットが使えるようにしようよ」と声をかけたが、元々PCはゲームができればいい人(以前自宅にあったPCで麻雀ゲームと上海にハマった)なので、全く響かない。

「困ったな」と頭を抱えていたが、彼女が好きな放送大学を視聴するには衛星アンテナを設置するか、ネット環境を整備する必要があることが判明し、手軽に済ませるために亡父のスマートフォン(当然残債は支払済)を活用することにした。

夫も「N子さん、ゲームを楽しむためにもメモリを足してWindows10にアップグレードしておきましょう!」とふんわりと説得(いや、誘導に近いかも)し、N子さんの古いPCは外観はそのまま中身だけ最新マシンに変身した。

「いい機会だから文章を書いてみたら?」と声をかけたら「そうよね!せっかく個人に戻ったし!」とやる気になったので、またデビューすることが増えそうである。


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