ママが一家の大黒柱!1人目の産院は詐欺で逮捕!トピック多めなMさんの場合【母親インタビュー#6】
世の中の「母親」に、母・妻・娘・仕事人の4つの顔についてお話を伺う企画「母親インタビュー」。
6回目となる今回は、一家の大黒柱であり会社経営者として奮闘するM.Tさん(30代/3歳・0歳の母)!
Mさんはなんと、2021年に詐欺で逮捕された産婦人科医院で出産しており、(しかも産後すぐに逮捕というタイミング...)初産でひどい目に遭っています。産後も娘の塩対応に傷ついたり、ふたりめ出産後に産後クライシスを経験していたりと、波乱万丈。
それでも仕事にも家庭にもいつも真剣に向き合うMさんと、Mさんを尊敬・尊重して温かく支える夫さんは、本当に尊敬する夫婦です。(わたしの息子もふたりの子どもが大好き)
波乱万丈な妊娠出産と、2人目育児、産後クライシスの症状やママが大黒柱のお財布事情など、オープンマインドなMさんに遠慮なく質問をぶつけさせていただきました!
前回のSさんもなかなかの濃さでしたが、今回も濃いめ&盛りだくさんでお届けします~。
妊娠出産について
ーMさんは1人目出産後、出産した産院が詐欺で逮捕されましたよね。いきなりハードですが、そのお話から聞いてもいいですか?
M ほんとハードでした(笑)。私が通っていた産婦人科が実は詐欺病院だったっていう。当時はそんなこと知らなかったし、口コミも良かったから普通に通ってたんです。そしたら初期に出血したころから「危ない」って言われ始めて。6週目くらいの時にまず1週間入院させられました。普通こんな時期って入院しないじゃないですか。だけど「少しでも流産率を下げたい」ってことを言って。さらにその後、頚管長がもともと短い、3㎝もないよって言われたんです。のちに2人目出産のときに嘘だったことが発覚するんですけどね(笑)。元々子宮筋腫もあったし、頚管長が短いしで「私やばいんだ」ってビクビクしながらずっと過ごしてました。
ーーその嘘、許せないですね....。
M そもそも私たちって妊娠を望んでからできるまで、結構時間がかかったんですよ。不妊治療はやらなかったけど検査は問題なかったから「流れに任せよう」「来た時がタイミングだね」って話してて。だけどなかなか妊娠しなくて、この時期すごく複雑でした。だからできた時はとにかく「この命を大事にしなきゃ」って思って。だけど私、かなり心配性で。なんかあったらどうしよう、流産したらどうしようって、人一倍心配してたんです。だから出血も頚管長の話もめっちゃ怖くて。ずっとビクビクしてて。
ーそうなりますよね。
M 本当にきつかったです。だけどなんとか中期は落ち着いてホッとしてたんですけど、後期からお腹が張るようになって。病院に行ったら「頚管長がさらに短くなってる」、しかも「逆子」で「赤ちゃんが小さい」って言われて、入院することになったんです。
ー何か月の時ですか?
M 32週とかです。9か月になったばかりかな。それからずっと入院です。出産まで家に帰してもらえなかった。
ーえ?!9か月から出産までですか?!
M そうなんですよ。コロナ禍だったから面会も出来なくて、誰にも会えませんでした。この入院が本当に辛かった。
ーそれは辛いですよ。信じられない。
M ですよね。毎日病室でYouTube見て過ごしてました。ずっと点滴入れっぱなしだったから、腕も痛いし差し替えもすごいストレスで。シャワーも3日に1回とか。でも本当に地獄だったから、逆に出産後は反動でめっちゃ楽!ってなったんですけどね。「病院にいなくていいんだ」「点滴がないなんて最高」って(笑)。
ーそれが普通なのに...。お金はどれくらい払ったんですか?
M 高額医療制度を使ったけど、手出しで100万くらい払ってました。入院だけじゃなくて検査の数もすごい多かったんですよ。妊娠中期でも週1とか。一応今のところ娘の体には何も影響がないからまだ、こうやって笑って話せますけど、子どもに何かあったら一生恨んでたと思います。
ー本当ですよね。逮捕されたのはいつでしたっけ。
M 私が出産した2週間後です。そう、だから出産後、退院して1週間後にテレビで見たんですよ(笑)。え?!みたいな。
ータイミング!
M 私が入院してた時にはすでに監査が入ってたみたいです。知ったのが出産前じゃなくて良かったとは思いますけどね。出産前に聞いてたらめちゃくちゃ動揺しただろうなって。
ーいやほんとにそれですね。だけど「二度と出産したくない」ってならなくて本当に良かった。
M 1人目が壮絶だったから、2人目の時はすごく評判のいい那覇の産婦人科を紹介してもらいました。そこはめちゃくちゃ快適で(笑)。違う世界に来たのかなってレベルで大満足。さっきちょっと話しましたけど、頚管長3㎝って言われてたのに、その病院で調べると5.5㎝ありました。お医者さんに「3㎝って言われました」と言うと、言葉を濁してましたね。そのまま2人目は問題なく、無事に快適に出産しました。
ー頚管長嘘つくなよって感じですね。でもよかった!
M 終わりよければって感じですけどね。教訓しかないです。だからみんなに言ってます、医者選び大事にしてくださいって(笑)。
2人目育児について
ー2人は2歳差ですよね。2人目も自然にできた感じですか?
M それが、意外な展開でした。うちら夫婦は良くも悪くも結構周りに影響されるタイプで、仲がいい知り合い夫婦が、「そろそろ妊活しようと思ってるんですけど、Mさんたちのところも2人目どうですか」って言われて。めっちゃ軽いノリで(笑)。そしたら夫が「お、いいですね」「同級生やりますか」って(笑)。
ーうける(笑)。
M 本当に軽い気持ちで妊活をしたんです。そしたらたった1ヶ月でできちゃって。1人目の時と全然違うパターン。妊活中はわりとお花畑で、名前とかも考えてたんですけど、いざ妊娠したかもしれないって思ったら、急に私がビビっちゃって。
ー2歳差だと結構ハードですよね。
M そう。私たち、ふたりで会社経営してて、役員だからふたりとも育休が取れないんですよ。だからお金を生み出せないままあと1、2年ってやばいな、私がもうちょっと収入の柱を作ってからの方がよかったんじゃないか、って。でも妊娠検査薬を今日やろうって決めた日、ネガティブな感情ではやりたくないから、夫に「これから検査をやるけど、テンション上げたいから、今2人目を授かったらどんないいことがあるか、楽しいことを言い合おう」って提案したんです(笑)。
ーそれめっちゃいい!
M 「すぐふたりで遊べるようになるから可愛い」とか「一気に育児が終わるから、後から仕事に集中できるよね」とかをひたすら言い合って、「もういいことしかないね」ってなってから「よし、検査してくる」って(笑)。そしたら速攻、陽性がでました。
ー最高な流れ(笑)。
M めちゃくちゃ盛り上がりました(笑)。そして1か月で授かったんだから、もうこれは運命だと腹が決まったんです。そこから一気に妊娠出産モードに切り替わって。
ーよかった!出産後はどうですか?2人の育児ってやっぱり1人の時とは全然違います?
M 「1人から2人になるタイミングが大変」って結構みなさん言うんですけど、あれ、分かる気がします。1人から2人になるタイミングで「こんなに大変?!」って。とにかく2人にかける時間をどう分配するかがめちゃくちゃ難しい。娘もまだ2歳だから、できないってこともまだまだ多くて、なんかもう2人を生かすのに精一杯でした。
ーそうなりますよね...。性格的にはどうですか?性別も違うし、育児もまた違ってきそう。
M もう全然違いましたね。1人目は本当に育てやすい子で、楽させてもらってたんです。赤ちゃんの頃からよく寝たし、夜泣きも周りの話を聞くと、うちは全然大したことないなって。だけど下の子はやっぱり男の子だからか、ベッドに全然置けなかったですね。上の子は全然置けてて、なんならベビーベッドとか床に置いておいたら、勝手にひとりで遊んでくれてた(笑)。子どもの病気問題も大変でした。それこそ私が産後すぐと、産後1か月経った時に、上の子が感染症にかかって隔離生活になったんですよ。そうなると私が息子につきっきりになるから、隔離された部屋で産後入院中の“あの感じ”がずっと続く、みたいになっちゃって。帝王切開で体も回復してない時期だから、本当に辛かった。
ーそれは辛い。
M その時が一番辛かったですね。上の子もまだ2歳になったばっかりで可愛い盛りだし、「ママ」「ママ」って呼んでるのも聞こえてくるから余計に悲しい。0歳児って可愛い時期でもあるけど、まだ人間になり切れてない感じじゃないですか。だから上の子は可愛くて接したい存在なんだけど、下の子を守らなきゃいけない。精神的には娘に愛を向けたいのに、ただただ本能で守らなきゃいけない方を優先してるっていう、この感覚がなんか、すごい辛くて。気持ちと行動がちぐはぐっていうか、宙ぶらりんな感じでした。
ーそれしかないって分かってても、気持ち的には歯がゆいですよね。
M そうなんです。目の前に守らなきゃいけない命があるから、他に選択肢はない。だけどその時のメンタルが本当にきつくて、産後クライシスが起こってしまって。
(※産後クライシス=出産後の様々な変化により、夫婦仲に亀裂が生じてしまうこと)
ーえ!そうだったんですか。全然気づかなかった...。仲良し夫婦のイメージが強いです。
M ですよね。1人目の時は、スーパー仲良し夫婦でした。ずっと夫と娘と3人で、半年以上はどこに行くにも一緒。だけど2人目が生まれてからは、当たり前だけど夫は娘につきっきりになっちゃって、私は新生児担当で。私の中では、夫には私のケアをして欲しいっていう気持ちがずっとあったんです。落ち着いて考えれば、娘をずっと見てくれてたから感謝しかないんだけど、当時は産後1か月とかで体もボロボロで、もっと私をいたわってよって気持ちがどうしても勝ってしまった。
ー休まなきゃいけない時期ですよね。
M そう。だけど夫からしたら、本人も言ってましたけど、娘のケアをしながら私のケアもして、自分のストレスも管理するのは無理!って感じだったんです。自分のストレス発散の時間まで排除しちゃうと、それが私とか娘への対応に出てしまうから、この3つの中で切り捨てるとしたら、私しかないんですよ。娘を切り捨てるわけにはいかない。
ーわ~、そうですよね。それはそうだ。ふたりともきつかったですね。
M そう。気持ちはめっちゃ分かったけど、割り切れなくて。うちは1人目の産後に夫が超ファインプレーをしまくってたから、ギャップにも腹が立ってしまったんですよね。できるタイプなのになんでやらないの?!あの時みたいにして欲しかった!って。結構根に持ってて、自分でもこんなに根に持つんだって(笑)。今でもまだちょっと根に持ってます。
ー産後の恨みは一生ものですよね(笑)。産後クライシスって具体的にはどんな症状が出るんですか?
M たとえば夫に自分の気持ちを伝えようとするたびに、寄り添ってくれなかった時の夫の顔を思い出すんですよ。フラッシュバックみたいな感じで。だから「どうせまた、“あの顔”されるな」って思っちゃう。あの時の夫を思い出すだけで、お腹が痛くなったり頭が痛くなったりしてました。喧嘩してない時でさえも、顔を見るだけで自分の中で”あの顔”に切り替わっちゃって。その頃は好きで結婚したのに敵みたいに思ってしまうのが、本当に嫌でした。今でもよく夫と「あの時はお互いが敵だったよね」って話しますよ。
ーあ、でも振り返ってその話ができるのっていいですね。
夫婦関係について
ーふたりは学生時代から付き合って、結婚したんですよね。私、ふたりの信頼関係というか、何でも話せる関係性がかなり羨ましいんですけど、最初からなんでも話せる関係だったんですか?
M 全然違いました。私がもともと弱音を見せられないタイプだから。だけど夫はずっと「自分にだけは弱みを見せて欲しい」って言ってくれてたんです。その時は「私は絶対こういう人と結婚した方がいい」って思いました。だけど結婚していざ見せたら、「やっぱしんどい」ってなってるから話が違うぞみたいな(笑)。
ー(笑)。付き合い始めたのはいつぐらいでしたっけ?
M 21歳だから、大学3年生くらいですね。だから今ちょうど干支が1周した感じ(笑)。
ーすごい!10年以上!それだけ付き合いが長くても、付き合ってる時と結婚してからって変わるものですか?
M 変わりました!そもそも遠距離が長かったんですよ。5年くらいかな。私がもともと海外に一人旅するのが好きで、ほぼ日本にいない生活をしてたから。遠距離の時はすごくいい距離感で、自由を尊重できるカップルみたいな感じだったんです。だけど色々あって、夫の故郷である沖縄にふたりで住むことになりました。沖縄に来て半年くらいで結婚したんですけど、子どもができるまでの5年くらいで、初めて向き合う時間が増えたんですよね。その時期にお互いの本音とか本性を知っていった感じです。
ー遠距離5年と近距離5年(笑)。
M そう(笑)。結婚するまでの5年は、お互いのことを何にも知らないレベルですよ。うっすい関係だった(笑)。本性を知らなかったからすごく楽でした。お互い自分の好きなことを尊重してくれるから付き合ってるみたいな感じだったけど、一緒に住み始めてからは「お互いこんな性格だったんだ」って知って、ぶつかりまくりました。付き合ってた時はあんまり喧嘩したことがなかったのに。
ーそんな時期があったんですね。でも大事な時期ですよね。
M 夫がありがたいことに私のことをすごい好きでいてくれたから、だいぶ合わせてくれたとは思います。私の話を聞くようにしてるのが伝わってきたから、「この人私のこと好きでいてくれてる」みたいな自信はずっとあって。それが結婚を継続できてる理由かなって思います。だけど正直ビビったと思いますよ(笑)。結婚してこんなに弱いところ見せてくるのか、こんなにさらけ出してくるのかって。ちょっと結婚詐欺かなって思うレベルで人が変わったと思います(笑)。
ー出してほしいって言ってる時って、まだ余裕があって言ってるわけですもんね。いざ出されたら、自分の器を試されることになっちゃう。これは夫さんの戦いですね(笑)。
M 本当にそう(笑)。彼はすごく戦ったと思います。
ーMさんだからって気はします。
M そうですね。本人も言ってました。自分から好きになった人じゃないと彼は無理みたいで。今までの彼女の話も全然普通にするんですけど、夫の場合は好きになられたらダメみたい。振り回しちゃうみたいです。でも夫が犬側になった時はすごい相性がいいみたいで、私はいつも猫タイプで逃げてきたから、ちょうど良かったみたいです(笑)。
ー(娘)ちゃんとMさんの性格が似てるかもしれませんね。(娘)ちゃんも構われるのが嫌い系な感じがします。
M そうなんですよ!だから夫は今、娘を追いかけてるんです(笑)。もちろん恋愛感情じゃなくてパパとしてなんだけど、そこにすっごい熱を注いでる感じがあって。多分私はそれに嫉妬してると思います。娘を優先してほしいっていうのは当たり前にあるから、父親としては好ましいんだけど、自分とすごく似ている性格の娘に心を奪われてる姿を客観的に見たら、「私負けた」みたいな(笑)。そういう自分を冷静に分析してみたら、なんかちょっとおもしろかったです。
ー(笑)。逆はないですか?2人目は男の子だから、夫さん側が嫉妬するみたいな。
M ちょうど2人目はめっちゃ夫に似てます(笑)。甘えん坊で、とってもワンちゃん(笑)。だから息子を見てると守りたい、可愛いって思うんです。夫がそれをどう感じてるのかは分からないんですけど、今後はもしかしたらヤキモチも出てくるかもなっていうのはありますね。私も息子を溺愛しちゃいそうだなって。
ー1人目がドライだったから、その反動もありそう(笑)。
M そうなんですよ!めっちゃ寂しかったから(笑)。上の子は超パパッ子で、 ずっと「ママはいいよ」って感じだったから。私も私で、上の子が生まれる前は「娘をあえてパパッ子にさせて、私は仕事に集中しよう」って思ってたのに、いざ生まれたらもう可愛くて「子どもに構ってもらいたい」「ママを求められたい」って辛くなった。その経験があったから、今息子がママッ子になってるのが本当に嬉しい。
ーちょうどいいバランスに!
M 本当に!娘もママママで来てたら、両方は勘弁!ってなってたかもしれないけど、娘に塩対応された分、 息子がママママしてくれるから「ありがとうございます」「この時期なかったのよ~」って感じ。ありがたい(笑)。
「妻が大黒柱」について
ー今はMさんがT家の大黒柱ですよね。
M そうですね。夫も経理とか私たちが任されてるコワーキングスペースの管理はやるんですけど、基本的には私が働いて、彼が家事育児担当。
ーこれってどういう話し合いでそうなったんですか?
M 妊娠する前から、そうしようって決めてました。妊娠が発覚する前、夫が会社を辞めて、ふたりで会社を立ち上げることになって。夫はずっと会社員として時間給的な働き方をしてたんですけど、私がずっと前から個人事業主として、自分で商品を作って提供するビジネスモデルをしてたから、それをずっと見ていた夫は「Mの方が効率がいいな」って思ったらしいです。「俺がMの倍働いても収入が追いつかない」っていうのを計算して分かってしまったから、じゃあ私が大黒柱の方がうちはいいねって。私の性格的にも仕事をしていた方がストレスが減るから、お互いにちょうど良かった。
ーお金はどうしてるんですか?Mさんが給料を払う感じ?
M ふたりとも役員報酬です。ただうちの場合は、役員報酬をそれぞれの口座には入れてるんですけど、家族の財布としては一緒にしちゃってますね。経費でできる部分に関しては会社から落として、それぞれがプライベートで欲しい物があったら相談して、家のお金から出す。子どもたちのものは家の財布から出すので、やっぱり財布は一緒ですね。
ーえ?全部一緒ですか?
M 全部一緒です(笑)。
ー買いづらくないですか?欲しいものがあるときとか。
M よく言われるんですけど、私たち夫婦の共通点が「物欲まじでない」で(笑)。欲しいものないんですよ(笑)。服とかも、自分たちの服はまるで欲しくなくて、子どもの服ばっかり。飲み会もあんまり行きたいと思わないし、ランチも2人で行くか、2人の共通の友だちと行くことが多い。しいて言えば、自己投資とか学ぶお金とか、スキルを習得するために払うお金ぐらいですかね。
ーじゃあ実質、Mさんが作った給料をまるっと家族のお金にしちゃうって感じですか?
M そうですね。わたしの売り上げが大部分を占めてるので、それが会社のお金になって、それぞれ給料が一旦個人の銀行口座に振り込まれるんですけど、基本的に家族の支払いは一個のカードです。
ーへぇ~~!これは超レアな気がしますね。離婚したら大変(笑)。
M ほんとですよね(笑)。うちは会社の経理も夫が担当してるので、離婚したら家だけじゃなくて会社も色々ややこしい(笑)。
ー絶対真似できません(笑)。仕事は今どんな感じでやってます?
M 今はWeb制作とコンサル業を両方やってます。ただ、思ってた以上に自分の気持ちが育児に向いてるので、お客さんと時間を合わせてやるような仕事はほとんどできない、やりたくない。 なので制作を請け負って、時間の限りバーって作業するのが圧倒的に多いですね。仕事は70%くらいの力でやってます。仕事を逃したくないけど、子どものイレギュラーのために余力は残したくて。
ーもっと仕事したいとか、もっとこんなふうにできたら、みたいなのってあったりします?
M 今はないですね。やろうと思えば仕事100%にもできるんですよ。何かあった時、夫に任せることはできるから。だけど自分も子育てに関わりたいから、あえて70%にしてるんです。収入が落ちるのを覚悟で。自分が気持ち的に「子育てから離れてもいいな」って思ったら、多分100%でやるんだろうなって思います。100%にしたら多分もっと稼げるんだけど、これを今してしまったら、5年後10年後に後悔するだろうなって。
ーたしかに。そしてMさんってそういう時、自分の感情もちゃんと見て整理して答え出せるのすごいなっていつも思います。
M これをやらないと自分が苦しくなるんです。だから自分の中の正解みたいなものをなるべく出すようにしてます。育児に関しては、生まれてみてからどうなるか、自分の感情がどう動くかって全く予想できなかったんですけど、やっぱ実際に生まれたら可愛くて。30%は確保しようっていうのは、結構スッキリ出せた気がします。40%でもいいくらい。
ー頭の整理っていつもどうやってます?
M 基本的にはアナログですね。紙に書きだすとか(笑)。お金を払ってコンサルをお願いすることもあるし、夫にバーっと喋って頭の中整理したりすることもあります。それこそこの前やって面白かったんですけど、プリンスホテルのクラブラウンジで夫と経営ミーティングをしたんです。気分を変えよう!形から入ろう!って、昼間クラブラウンジでパソコンふたりで開いて、喋って、その会話の録音と夫のメモをAIに文章化してもらって、それをchatGPTにアップして議事録作らせて、また別のアプリでそれを資料化してもらう。これで経営理念がめちゃくちゃ綺麗にできたんですよ!これ全部無料でできます!
ーめっちゃいい!!それ、やろう。
M やばくないですか。もう驚愕。そのミーティングで決まったのは、とりあえず子どもの年齢をひとつのゴールにしようって話ですね。うちは上の子が小学校に上がるタイミングをひとつのゴールにしようって決めました。3年後くらいですね。じゃあ3年後いくら売り上げてないといけないかって考えたら、今の金額じゃ全然足りない。これは自分たちが手を動かすだけじゃ生み出せないね、じゃあ今のうちから人に任せていくっていうのをやらなきゃね、社員ではないけど業務委託で誰かにお願いするようなビジネスモデルを作ろうか、みたいなのが次々出てきました。やっとできました、こういうことが。下の子を保育園に入れるまでは、できなかったから。
ーガチの経営会議だ(笑)。もう何から何まで見習いたいことばっかり。
M うちは将来的には、娘も息子もうちの会社の社員にする予定なんですよ。役員って13歳とか15歳でなれるらしくて。もちろん最終的に選ぶのは本人だから、全然別のことをやりたいならやってもらっていいんですけど、でも家族の会社の役員として、「好きなビジネスやっていいよ」みたいなのを一度やってみたくて。子どもたちがやりたいことのための資金作りを親がやろう、みたいなのは、なんかすごい夢があるなと思って。試行錯誤で手探りなんですけどね。
ーたしかに夢があるし、働き甲斐もありますね。
母子家庭で育った娘時代
ー最後に、実家のお話も聞いていいですか?実家は県外ですよね。
M はい。うちは母子家庭で、母ひとり子ひとりで育ってきました。でも特殊だなって思うのが、母子家庭だけどお互いドライなんです。周りから「沖縄に連れてこないの?」って聞かれることもあるんですけど、本人が嫌がってるんですよね(笑)。私には私の世界があるからって。私が自立するのが早かったのもあるかもしれない。
ー自立したのは何歳くらいの時ですか?
M 18くらいですね。実家にはいたんですけど、ほぼほぼ家にはいなくて。海外に留学することへの憧れが強くて、ずっとバイトしてたんです。母子家庭なのでやっぱり全然お金がなくて、生活するだけでいっぱいいっぱいだったし、私もそこに不満はなくて、とにかくやりたいことをやるためにバイトばっかりしてました。19の時に初めて海外のカナダに1ヶ月間留学をして、そこからリミッターが外れて、もう外へ外へみたいな感じになっちゃって。
ー海外に行くのは反対されなかったんですね。
M そうなんですよ。今思うと、自分が娘をもつ親になったから、絶対心配だっただろうな、よく許してくれたなって思いますね。だから娘が生まれたタイミングで大きな尊敬が生まれました。だけどそれまでは、私の中では「別にお母さんに頼らなくても生きていける」みたいな感覚があったんです。親戚とか祖父母との交流もなかったから、どこかドライに考えてた。
ーそうだったんですね。社交的なMさんからは想像できないです。
M 逆にそれが原因で社交性が見についたんだと思います。お母さんにべったりだと、この人がいなくなったら私生きていけないって思ったから。保育園のお迎えも一番最後だったし、小学校も学童にずっと通ってて。だからお母さんはいつも、申し訳ないって気持ちで私に接してたなって思います。
ーお母さんはどんな人なんですか?
M それが私と正反対なんです。私は計画性の人だけど、母は自由奔放な人。私は慎重だしきっちりだし、でも大胆なこともやる、みたいなちょっと大人びた子どもだったらしいんですけど、お母さんからしたら「どうして私からこんなしっかりした子が生まれたのかしら」って思ってたみたいです(笑)。でも、本当に性格が反対すぎて、一緒に住んでる時代はいつもぶつかってました。
ーどんなことでぶつかってたんですか?
M ちっちゃいことだと思います。私の話を聞いてくれないとか、分かってくれないとか。全然覚えてないぐらいの喧嘩です。私はやっぱり我が強かったから。母は言い方がきついこともあるけど、基本的にすっごい素直なんです。私が理詰めでいっぱい喋ると「そうかもしれないみたい」「Mの言う通りかもしれない」って納得しちゃう。素直で正直な人ですね。夫と似てるかもしれない(笑)。
ーお母さんと夫さんが似てるってレアですよね。子育てにお母さんが影響してることはあります?
M どうだろう。でも私が求めてるタイミングで手放してくれたことは真似したいなって思ってます。一番感謝してるし、思い返してみれば私が「やりたい」とか「行きたい」って気持ちはいつも尊重してくれてたなって。信頼してくれてる感じが嬉しかった。小学生の頃くらいから、母がしょっちゅう私の意見を聞いたり相談してくるようになったんですよ。「どう思う?」「Mはどうした方がいいと思う?」って。私は幼少期から選択を迫られてた(笑)。しかも「私はこうした方がいいと思う」って言うと「Mが言うならそうする」って、本当にそれを選んじゃう(笑)。
ーへぇ。でもいいお母さん。
M 結構重めな相談もありましたけどね。離婚どう思う?とか(笑)。だけど、そこまで重いのはしないけど、今のうちから娘に少しずつ選択をさせてるのは、母親の影響ですね。それは夫も同意見で「早い段階から子どもに選ばせる」が夫婦の方針になってます。
ー私もそうしよう(笑)。いっぱい参考になる話ばかり、ありがとうございました!