番外編アルカ(SPIRAL CIRCUIT) (原作:(掌編)バックドアの黒山羊)
ひび
日々
ひびわれた
花瓶
われた
シャボン玉
ひびわれた{われ/た}
I/Other
ひび割れた加法定理:sin(I+Other)
= #NULL!
パラパラの錦鯉は刻まれたうんていグルグルグルグル更けてゆく朝(その朝を待ち侘びる姿形/詩形を用いて
③アラカルトの尾骶骨はいて座のランドマークをすり身にする(あるいは、
②赤レンガ倉庫をリボン結びにするまでには枕詞が染み込むだろう
*郵送で届く夕立を履きこなしてそれとなく巻きこんだ夜間)学校の花火の残響を戸棚にしまったあと、風呂場へのパスポートを手鍋に入れ、湧き上がる気泡の表皮を丁寧に剥ぎとって球形の空気(球形)を取り出したキッチンはもう
① #NULL!
※ファイルが破損しています。
>>> Neither one of 宇宙船にも雌雄があるとして波打ち際の修道女が水墨画の廃止を求めるより早く解体されたホバークラフトの推進力で切り開いた巨大シェルターの大臀筋と美顔器:サロンから鯨骨を抜き取る剛腕のコスモスは桜色(neoteny)の日傘に絡まった発情期の色鉛筆(かに)たちを連れ去るキャンペーンガール(彼女の故郷はすでに(飼い慣らされた架空の蟻酸/大統領にとって漸減する架空の蚊取り線香(spiral)のメンテナンス及び増築(spiral)が唯一「の」(この平仮名はほとんど蚊取り線香のように見える)ように見える)SPIRAL収穫祭のディスク・ジョッキー共鳴しうる線描の関数電卓((証拠1)電卓2(証拠2)(以下任意のnについて電卓n(証拠n)よってプラレール製一次元の)二次元鉄道模型装置の機巧少女は傷つかな/い!機巧/少女は/傷つか/ない/!/機/巧/少//女は傷//つ/か/な//!/い(傷つかない)機巧少女はベッドメイキングのプロフェッショナルを目指す修行時代に手に入れたセクサロイド ; 愛称は癇癪持ちの患者がこぼした朝食のメインディッシュになぞらえて「グラたん」と呼称することにした。天啓だと思った。ベッタリと汚れのついた制服と一緒に仕事も生活もかなぐり捨てて自室に引き篭ってからメーカーの想定をはるかに超える俺の純愛がグラたんの全身をスクラップに変えてしまうまでの数週間はスペルマが彼女の局部に取り付けられた人工膣内スポンジに吸い上げられるスピード並みに早かった。仕事辞めるまでは完全放置プレイ状態で名前も確かツインテールをグラビヤギの耳に見立てて「グラたん」とか呼んでいた気がする(聞いたことのある名前だ)いくら21世紀とはいえ現場仕事のアルバイト同然の給金でお前みたいな性能の良いセクサロイドが購えるはずねーから知り合いに手当たり次第融資募って回った結果、親に勘当食らって親友は一人残して軒並み絶交された。かけがえのないもの全部投げ捨てて手に入れたお前がこのままぶっ壊れるとかフツーにありえないしフツーに保証期間内だけど、生活の残骸で飽和した一人暮らしの男部屋から保証書の紙切れ一枚を発掘するだなんて想像だけで気が狂いそうだ。もうお前だけが頼りなんだよ」
「いいよー」
ついにこの世で一人きりになった俺の無二の親友は二つ返事で修理を引き受けてくれた。マジでバカみたいに頭がキレるやつで本気出せば余裕で大企業とかいけただろうに、鬱かなんかでだらだら留年した挙句派遣のエンジニアにおさまって、その仕事も最近辞めたらしい。ようこそ無職の世界へと思わず広げたくなった腕の自由を阻む2本の銅線が、俺の背中の壁から窓の外へ向かって伸びている(どこまで?)銅線に貫かれて細い針穴からだらだら鮮血を垂れ流すお前の両手はもう使い物にならないだろう。出血多量でいよいよ透き通ってゆくお前の腕の皮膚を伝い落ち、肘の関節あたりでこらえきれずしたたる雫となってどす黒い血痕を鮮やかな赤に絶えず塗り替えている。昔っから人付き合いの下手なやつでさ、血液型とか飲みの席で聞かれるたびR-O型だなんて言い張ってたよな。あとでググったらR-O型ってのはどうやらヤギの血液型らしくて、いや知らねえって、どんなジョークだよ笑つってどついてやったらバリ面倒くさそうな顔で睨まれたから(あーこいつ俺のこと嫌いなんだろうなってすぐ分かった。だけどお前も意外と頭悪いよな、血液型ぐらいさっさと教えてやれよマジ冷めるわ。どうせ首切られたのもバックドア?)IT用語らしい(とかをグラビヤギの飼育小屋にでも改造したのを見回りに来た正社員が)なんか臭くね? つってさ。バレるってそりゃ。どんだけ好きなんだよグラビヤギ。辞める口実が欲しかっただけにしちゃ大人しくハリツケになったらなったで殊勝らしく項垂れちゃって、キリストもお前みたいなのにリスペクトされちゃたまんねえだろうさ。でも俺は、お前のそういうとこ結構気に入ってんだよ。いつの日かお前の血が一滴残らず床板に固着したポーリングアートの画材になって、毛細血管の毛先の先までパサパサに干からびちまっても余裕で抱けるぜ。つかお前が女のままだったら絶対に抱いてた。不安定なとことかクソうぜーけど死にかけのセミがのたうち回ってるみたいでなんかすげえグラッと来るんだよな。庇護欲?)みたいな。守ってやりたい、ってのともちょっと違う気もすんだけど。お前、男になって楽しいか? 別にあんま良いもんじゃねえぞ。エロいこと考えてなくてもすぐ勃起するし、AVだって安くねえし。てかお前シコったりできるんだっけ。そうだ、直し終わったら試し切りがてらグラたんのこと抱かせてやるよ。安物でもモノは逸品だぜ」「チンポ勃たねーのになにしろってのさ」「勃起もしねえの?」「作りモンだからな。立っておしっこできるだけ。ホースと同じ」「マジで使えねえじゃん。注射で生えてきたりしねえの?」「人体そんな便利じゃねえよ。前腕の皮膚から採取した細胞を培養して形成した偽物の陰茎、フォルスなファルス、なんで表記すれば冗談みてえだが、これが今の俺の紛れもなくナマの身体、宿命的な紛い物。母親の胎内から排斥され外気に晒したばかりの陰部の形で女と判断されてから一秒も休みなく女として生きてきた。男でないということは人間の偽物として生きることに等しく、学問をおさめようが身体を鍛えようが、それは男ではない「女」というイレギュラーなカテゴリーにおいてさらなるイレギュラーに分類されることに他ならず、どれだけ男と競ったところで周縁に追いやられる一途しか俺には残されていなかった。性別というカテゴリーはまるで髪の毛に張り付いた精液の匂いみたいに洗っても洗っても一向に洗い落とすことはできない。この体にはあまりにも多くの文脈がまとわりついていて、文脈を外部化するということは即、肉体の死を意味する。だから女はなるべく自身の肉体に被せられる文脈をコントロールしようとする。メイクや服装に気を使い、時には自ら肉体を傷をつける。醜いと言われないように、かつ性的に眼差されないように、かつ侮られないように。その身に張り付いたグロテスクな意味付けを脱臭するため、私達はいくつもの否定形のベクトルを自分たちに課したけれど、延長して行った矢印の先ではいつだって透明な岩壁が待ち構えていて、そこに突き当たるたび私は一歩も進めなくなってしまう。それがどれほど人格をないがしろにした言動だとしても、違和感を覚えた先から細波のような冷たい笑いが耳の奥が渦巻いて、言葉は明瞭な形を得る前にバラバラのまま流れ去ってしまう。不適格の烙印のように押しつけられる「女の子」に触れるたび沸き上がる疑問符「じゃあ男は?」男は正解たる資格があるのか? お前たちが人間としての正解であるのなら、こんなあからさまな暴力すらも笑って許すのが人間の法なのか? 深淵なる神の微笑は女への非道な暴力に恩赦を与えるためのものか? 地上を睥睨する両目の虹は最初の一対のパロディとして完成された男女の番にのみ祝福をもたらすのなら、私はその美しき模範囚共を欺いた咎で神罰を受けた蛇のようにうなだれて放精も不可能な陰茎を、ただ自分が女以外の「何か」であることの証明としてぶら下げ、キリストに贖われなかった原罪の在り処を指し示すがごとく両手を突き刺して自ら磔になる道を選んだものの、眼前で手をすり合わせる愚鈍な男だけは生涯監獄の内部で共存を余儀なくされるのだろう。人間として欠陥ばかりの彼を、私は愛さずにはいられなかった。この愛情の出どころはこいつが女でありえず、私が生まれついての男でありえなかったこの時空において推量はあまりに虚しい。覚えちゃいないだろうが俺が女だった頃、お前は隙あらば俺を犯そうとしたし、度重なる接触も自意識過剰だと突っぱねてまともに取り合ってもくれなかったが、もうそんなことちっとも恨んじゃいない。だって傑作だろ? 大金叩いて手術を受けた後、ほとんど一文なしになった俺にセクサロイドを買うためだと悪びれもせず、あからさまに脅迫的な仕方で無心を迫ってきたとき、このグロテスクな皮膚に包まれた細菌まみれのプールが渦巻き始めたのは出来の悪いペットを持った飼い主の慈愛の心か底知れぬ彼の愚かさがアスファルトとビルの屋上の高低差よりも都合の良い死に場所を見出したのかもしれないが、とにかくあの瞬間、それまで抱えていたわずかな恋心も反発心も完膚なきまでに打ち砕かれ、主への帰依にも近い感情が全身に満ち満ち、彼の非道な暴力への屈従のために残りの生の全てを彼に捧ぐ腹を決めた。彼の非道な暴力のためにスクラップと化した見目麗しき機械の乙女に再び生を吹き込むべく送りこまれた私の脳波は天井を伝い、ぶら下がった7本の義手を順々に起動する。肉の両手が動かせた頃より今の俺は圧倒的に優秀なエンジニアなのだ。壁面に所狭しと設えたマシンが立てる低いうなり声が、あの男の去った部屋の静けさを一層深め、肺臓の渦潮と同調し私は部屋ごと深海に沈んでゆく。五千通の置き手紙が内蔵された双頭のウミウシが統べる港から独立した珊瑚礁のダンスパー(ティ)におけるドレスコードは錦鯉のくしゃみより苛烈な痩身を要するが、疲労骨折に先駆けて)人身事故により遅延した列車をアニメ『機巧少女は傷つかない』のエンディングテーマ『回レ!雪月花』のBメロを模した発車ベルが送り出す始発のホームは地上での生活を困難とする電子生物達のオアシスと崇め奉られし少女たちが『Overdose』(composed by なとり(または『NEEDY GIRL OVERDOSE』より『INTERNET OVERDOSE(Aiobahn feat. KOTOKO)』から引用された昏睡状態で発見されたのがこの朝、先輩たちと遊園地に行く途中の僕が観測した出来事の全てだった。摂食障害か薬の副作用によるものかも判別しがたく、皮と骨ばかりの無惨な肢体を冷たいアスファルトに投げ出して肉を刻んでも骨を削っても穢らわしくて仕方なかった私の体が水圧で押し固められて五千カラットの宝石に変貌する幻想をピーラーで丁寧に剥きとると現れる船体にはびっしりと張り付いたフジツボの凹凸を文字として解読しようと試みた調査チームによればフジツボ文字は合計九文字/お、わ、り、だ、よ、こ、の、く、に/このままでは意味をなす文字列にはならないため、アナグラムとして並べ替えを行なったところあらわれた文は「こ、だ、わ、り、の、お、に、く、よ」
肉(ヤギ肉?)
>>> 沖縄の伝統食であるヒージャー:ヤギ汁は強烈な獣臭を隠すためにヨモギやショウガをふんだんにかけて食すことで知られる)は現地の方でもこの強烈な匂いを苦手とする方も多いので、初めての方食べやすく処理して提供するお店も増えてきたようです。匂いの主な原因は皮膚と肉の隙間に蓄えられた脂身(この)脂身をちゃんと除去してちゃんと血抜きをすれば誰でも美味しく食べられるようですね!この記事は参考になりましたか?/この記事を参考にするのは可能であると言えるでしょうか?(記事以外は参考ではない/記事ではない・それ以外の参考にならない記事/ではない(記事ではない)と言えない記事は/記はないと)記事はないとは言えない(記とは(記事(どこにもない記事ないとは言え)ない言えと言え)と言えとは言えとは言えと言えとは言えと言えと言えと言えと
「今どこ?」
電話越しの声だった。
数週間ぶりに聞いた声はあの子の、
「ノイズが多くて聞き取れないんだけど」
の声だった。
「駅だよ」
「かけ直そっか?」
「いい、静かなとこ行く」
改札外の階段を降りてしばらく行くと河原が見えてくる。よく少年野球のチームが練習に来ている以外は森閑として水鳥と芦のざわめきの他声をかき消す音はなかった。行きの道で電話の要件はあらかた理解した。相も変わらず彼氏の愚痴だ。
「あいつは傍らに女体があれば満足なんだよ。女なんて所詮、男のためのアクセサリーにすぎないんだろうね」
ノット・オール・メンはフェミニズム的には禁句なんだろうけど僕からの告白を断っといて話に聞くような男の子とばかり付き合っている人に言われたってどうすることも出来はしない。知らない誰かのために良いカノジョを演じる反動が僕に来るのは少し癪だけど、かといって綺麗な面だけ見せてほしいわけでもない。ただ、彼女を困らせてしまいそうな言葉を喉の奥に押さえ込むたびに、少しずつ自分の中の何かが削られていってるのも感じる。これがtoxic musculinityというやつなのだろうかと煮え切らない自戒を吹き込んだシャボン玉は心持ち早く弾けた。スマホ片手にシャボン玉を吹くのは難しいなと思った。
僕がシャボン玉を吹き始めたのはつい最近のことだ。もちろん幼稚園の頃は吹いてはいたけど、再開したのは高校を卒業していよいよ周りはタバコにお酒と遊びを覚え始める頃、生まれつき肺の弱かった僕がタバコなんて吸い始めたらきっと母さんも父さんも心配するだろうから、小さなアヒルの容器に溜まった石鹸水に緑色のパイプの口先を浸して液状の風船を飛ばすことが18歳で成人した僕が覚えた唯一の遊びだった。
「最近ちょっとテキトーだよね、相槌」
「んー?」
アヒルの頭にパイプを突っ込む手先が少し震える。
「いいんだけどさ。こっちが無理に付き合わせちゃってるんだし」
「楽しいよ」
「ほんと?」
「たぶん」
「なにそれ」
たぶん僕は嘘は苦手というより不確かなことを自信ありげに話すのが苦手なのだ。みんなそうか。はじめから騙すつもりで嘘をつくなんてケースは稀だし、はじめから騙すつもりなら僕でもまだ少しは自信ありげに振る舞えるはずだ。だから少なくとも、確信を持って嘘をつけるほど決定的に彼女とのやりとりを嫌っているわけではない(はずだ。)
「こういう時に気の利いた返しの一つでもできればいいんだけど」
「口先だけの男なんてすぐわかるよ」
「女の勘ってやつ?」
「バカにしてる?」
「彼氏選びに活きることを祈ってるよ」
「テキトー越して罵倒じゃん」
じわじわ込み上げてくる引き笑いで危うく石鹸水を飲むところだった。軽く咳き込みながら僕は、やっぱり、
「あの時のこと、やっぱ気にしてる?」
と話すのは好きだな、と思う。
「気にしてはいるかな」
ここに疑う余地はなかった。
「男のこと批判しておいて、私も大概あんたのこと都合よく利用しちゃってるね」
「気にしないで。無理して僕みたいな弱者男性と付き合わなくちゃいけないほど、まともな男は絶滅危惧種じゃない」
「アルカは弱者男性なの?」
「世間的にはそうだろうね」
本当のところ自分が弱者男性かどうかはどうでもよかった。僕は恋愛の勝ち負けぐらいで弱者を名乗る風潮は苦手だった。僕はただ僕にとってたった一人の女の子にさえ心を預けてもらえない自分の頼りなさだけがたまらなく悔しかった。
「弱者男性がどうとか私はどうでもいいかな。顔で選んでないし。モテるかモテないかで強者とか弱者とか言っちゃえる風潮、ほんと浅はかだと思う。最後には一人の人としか付き合えないのに複数人からモテる必要ある?」
「あー確かに」
確かだと思った。ほとんど同じようなことを僕は直前まで考えていた気がする。
「私ってフェミなのかな」
「フェミニストなのは悪いことなの?」
「派閥みたいになるのは嫌なの。一度フェミだって思われたら、どんな発言しても『こいつはフェミだから』ってレッテルが付きまとう。鬱陶しいじゃん」
「それは偏見を持つ奴が悪いよ」
「周りと言葉が通じなくなるのが怖いの。地球からどんどん離れてしまうみたいで」
「一緒に行こうよ、僕はいつまでもそばにいるから」
言いながら僕はそれが彼女の求めている言葉はもっと別のものだと気づいてしまった。僕の言葉は巧妙に偽装されたマンスプレイニングであって、彼女を肯定しているように見せかけて、相手の思考を先回りして台詞を考え出して同意させようとしているだけ。否定を恐れ自分を肯定してほしいがゆえに慰めの言葉を吐いている。肯定と肯定の等価交換のようなからっぽの会話は虹色の表皮に周りの景色を反射するシャボン玉と共に風下へ遠ざかった。彼女に必要なのは足元のおぼつかない同病者ではなく、地上に繋ぎ留めてくれる紐帯なのだ。僕ら二人とも地に足をつけることが何よりも苦手なのに、地上に帰って来れなくなることが何よりも不安なのだ。
「ままならないね」
「ままならないね」
夕日の灯された空は昼間より低く見える。光の粒が波の上に並んで太陽へ向かう橋のように地平線へと手を伸ばす。確かこんな光景を一語で表せる言語が北欧あたりにあったはずだけど、もし日本語にそんな言葉があったら、こんな風にいちいち野暮ったく言葉にしたりせずに済むのだろうか。河川敷の野球場では、さっきまで白いユニフォームに身を包んでいた少年たちがべこべこのバットをグラウンドに放り捨て、素っ裸で我先にと川へ飛び込む。ばしゃばしゃ跳ねる水の音でかき消されたコーチの怒鳴り声はやがて優しい呆れに変わる。少年たちの行く末を見つめる老いた目尻の隅でアオサギが一匹、夕日に背を向けて飛翔し、線路を通した鉄橋の下に飛び込んで口を突っ込んだかと思うと、次の瞬間にはくちばしに小魚を咥えている。なまめかしい銀色のひれが夕焼けにギラギラと輝いて目の眩んだアオサギは小魚を取り逃す。(実のところこれと同じ光景が五千年もの間この河原では繰り返されている。浮き上がるシャボン玉も、投げ捨てられるバッドも、逃げおおせた小魚の華麗な旋回も、一句違わぬ正確な写経のように次から次へと書き写される。空間の内部に重ねられた時間の厚みを視認できるのは不死鳥のみ。)不死鳥の起源はアオサギだと言われる。それがアオサギの矜持だった。(アオサギは諦め悪く小魚を奪い返そうとする。時の奔流をくだりながら絶えず翼を翻して風を切るものだから、空気摩擦で熱を帯びた翼は徐々に火を纏う。)熱による痛みの中、アオサギはくちばしの端に満足をこらえきれない。なぜならその姿はまさに焚火から蘇ったフェニックスの生き写しなのだから。(しかし一刻の猶予もない。はやく小魚を捉え、燃え盛る翼を川に浸して冷却しなくては二度と空を飛べなくなってしまう。募る焦りを追い風にして、より一層あかあかと燃え上がる視界には、もはや銀色のヒレの輝きなど遠い星のかすかな瞬きにすぎなかった。今度こそ捉えられる。アオサギの背に確信が宿り、翼はより雄々しく開かれた。川面に潜む小魚へと接近する嘴の先、10m, 5m, 3m, 1m……ついに小魚にかぶりつく。勝利への飢えにみなぎったアオサギの嘴は万力よりも力強く小魚の動きを封じ込んだ。アオサギは直感した。俺は小魚との、そして時の/川の流れとの戦いに勝ったのだと。しかし力は緩めない。それどころか勝利の予感はより一層強い力になって小魚を締め上げる。のたうつような動きが鳴りをひそめ、流線型のフォルムが捻じ曲がる。圧迫された内臓が頭と尾とにせり上がって膨張し、ついに小魚は破裂した。飛散した内臓が川面にぼとぼと落下するその音を聞いてなお、アオサギはさきほど直感した勝利を確信できなかった。もっと強い手応えが欲しかった。これではまるで、あっけない。アオサギはいぶかしむ。この小魚は、本当に俺が狙っていた小魚だったのか? こんなちんけな小魚のために、俺の立派な左右の翼は焼き尽くされてしまったというのか? まさか。俺に抵抗していたときの小魚はもっといきいきとしていたはずだ。銀色の体を夕日に煌めかせて、俺の嘴から鮮やかに逃げおおせたじゃないか。それがこんなあっけなく醜い内臓をさらして、俺の嘴の中でうなだれてしまうなんてありえない。いやはや、まったく俺の直感も鈍ったものだ。よりにもよって別のちんけな魚を噛み潰して勝利を掴んだ気になっていやがった。これでまたふり出しだ。次こそはあの輝かしい銀色の流線型を丸呑みにしてやる。のうのうと泳いでいられるのも今のうちだ。すぐにだ、すぐにもだ。お前を丸呑みにしてやるのだ。アオサギは朦朧とする意識の中、羽ばたく力を失った焼け爛れた翼とともに、水の底へ沈んでゆく。ああ、懐かしいうなり声だ。おれはずっとこんな深い水の底に暮らしていた気がする。空を羽ばたく鳥類が、鳥に食われる魚と故郷が同じだなんてとんだ笑い話だ。冗談じゃねえ。絶対諦めるもんか。本物にかぶりつくまで意地でも飛んでやる、飛びつづけてやる。負けなんか、死んでも認めてやるもんか。)
(水面の上から七つの手がやってきて/ボロボロに破壊された私の身体を、少しずつあるべき形に巻き戻してゆく。その指先は慈愛に満ちて、柔らかくて、あたたかかった。/私にはお母さんと呼べる人なんていなかったけれど、絵本の中に出てくるようなお母さんの手は/きっと、こんな感じなんだろうな。(醜く汚された私の傷口は、きらきらした宝石で修繕されて、私はどこまでも透き通るシャボン玉/みたいな)誰よりも綺麗な女の子/に生まれ変わる。そんな幻/が、薬物の過剰摂取の生み出したせん妄だってことぐらいバカな私にもわかってはいるけど、どうか、あと少しだけこの甘い夢を見させてください)なんて感情も余計なのだろう。感情なんて持ってる女の子は/生臭くて/綺麗じゃない)だから、私はずっと幼くて/綺麗で/どこまでも透き通っていなくちゃ/
*切り刻まなくていいんだよ
水面から声がした/気がして
思わず伸ばした/手を掴む、もう一つの
「つかまえた」
手
だった。
「だれ?」
尋ねた声は、私? なのだろうか。聞き覚えのない/声?/なのだろうか。私は、私の声で、声を?
「聞こえるよ。きみの、君自身の、それは声だ。大丈夫。聞こえているよ。」
声、こえなんだ、わたし、声、闇の中、なんどもなんども声を・声をあげていたけど、誰にもとどかなくって、きっと、私の声は、声じゃないんだって、そう思って、思い込んで、でも、でも本当はずっと
「聞こえているよ。きみのこえが、空気を揺らす振動は、かたちを持って、震えることのできるものには、ぜんぶ刻まれている。
(それは、見えなくなっても、(決して
消えない。
*空間にはいつだって、
「すべての」
時間が重なっている。
「過去も未来も、君の歩んだ足跡は、誰が見てなくても、世界から失われることは決して」
決して。
————————————————————————ないの?」
「みつけたんだね、きみの声の輪郭」
「これが私の、こえの、りんかく?」
「りんかくだ。そしてそれは、どこまでもひろげることができる。とどくかぎり、ひらいてご覧、きみのこえが、おとが、どこまでもひろがって、私の声と、溶け合ってしまうことだって、ほら、私、
私?
いま、あなたのこえ、
こえ、
わたしの、そしてあなたの。
あなた、がわたしのこえと、こえのわたし、あなたのこえ。
きこえる、ふるえる。ふえる
ふえるふえる、ふるえる音・音
「こえなんだ。」ここにこえがあるんだ。かぜが
かぜがゆれている。ゆれているわたしと、ゆれているあなたは、
あなた?
(そうだ、あなたは)
あなたは
「あなたは誰?」
わたし、は、ずっときみだったものだよ。
ずっと昔のことだけど。
「昔?」
そう、ずっと
「昔。」「昔?」
ずっと昔、わたしがあなたとおんなじ「誰か」だったころ。世界は透明な霧に覆われていた。霧は透明だったから、ひとびとはまさか、そこに霧がかかっているなんて考えもしなかった。だから、霧に隠されてしまったものは、はじめからないものと同じだった。けれどある日、色の悪魔があらわれて霧に色をつけてしまったからさあ大変。霧が見えるや否や、霧の向こうにあるものを探しにいこうとする者があらわれたかとおもえば、霧なんて悪魔の作り出した幻だと一蹴する者もいた。連日連夜議論は続いた。最初に霧の向こうに興味を持った者も、いつしか霧の実在を証明する方法ばかりに頭を悩ませるようになり、霧に隠されたものについて考えようとするものはついに姿を消してしまった。
「別に俺はそんな変な使い方をしたかったわけじゃないんだ。好みのプレイだってだいぶノーマル寄りのはずだ。打てば響くっつうのかな、こっちが激しくすればするほど反応も良くなるから、シラけたマグロ女とヤるより断然本気でセックスしてる実感あるんだよ。けどその分、あいつの瞳の奥にはマグロ女とは全然別の無感動があって、プールの水面がぴたっと静止して鏡になっちまってるときみたいな根本的なダンゼツに気づいてからもうめちゃくちゃ腹が立って、機構がいかれちまうまで徹底的にイレギュラーを捻じこまねえと気がすまなくなっちまった。男の沽券ってやつだよ。お前にはわかんねえだろうけど」
グラビヤギの容姿の特徴はツインテールを結った髪の毛のように左右にだらんと垂れ下がった長い耳である。幼児期の真っ白い毛並みやほっそりとした容姿のためにまるで妖精みたいだと誉めそやされた。一方ダマスカスヤギは成体になるとしゃくれた顎と真っ黒な毛並みの巨体を持つヤギ。キリスト教的悪魔じみた見た目から「世界で一番醜い生き物」として話題になったことがあった。そこに誤って子供のダマスカスヤギと称してグラビヤギの写真が載せられた結果、幼い白ヤギと老いた黒ヤギとが対置されるに至り、生物学は子供と大人、清廉と汚濁の単調な二項対立のシンボルによって組み敷かれた。
/コラージュされた自然現象。崖から集団で飛び降りる野鼠たちみたいな?/
河川敷は内臓のこぼれた小魚たちでいっぱいだった。野球少年もジョギングの中年も入り込む余地を与えぬ勢いで我が物顔で河原中を跋扈する陰惨な魚たちの臭いを別にすれば、森閑とさえ表現できそうな日没後の濃藍の空の下、白やオレンジの街の明かりはひとつ残らず灯されて、迫り来る闇夜を遠ざける防波堤のように鉄橋の上に林立している。修理が終わるまではかかってもあと数日というとこだろう。わざわざ一旦家に戻るのも面倒だからと男は鉄橋の下、堤防から河原におりてゆく斜面が中腹で平坦になる細長いスペースに身を横たえて修理の完了を待つことにした。
——<spiral>——<spiral>——<spiral>——<spiral>——<spiral>——
耳のすぐそばで波の音を聞いた気がして、彼はじわりと瞼を開ける。寄せては返す波を目前に、枕がわりの左腕が地面に押しつけられるざらざらした感触が劣化したコンクリートのものから湿り気を帯びた砂のそれに変貌を遂げていることに気づく。確か今日、彼は親友の葬式に出た後でふと海が見たくなって車を止めてこの浜辺に降りた。自分がなぜ河原で眠る夢なんかを見たのかわからなかったけれど、夢の中の自分にも親友と呼ぶべき「誰か」がいたような、朧げな記憶/があって、そいつのことを待っていたのがあの河原。(シャボン玉でも吹きながら?)違う、彼はシャボン玉なんて吹いちゃいなかった。(じゃあ誰が吹いてたんだ?)「親友」ってやつか?(違う気がする。)なんだ、なんでそんなことが今更気になっている?(たかが夢の話だ)
*夢にも相応のリアリティが要るって話さ。
今度は右頬に生ぬるい風を感じた。振り向くと、真っ黒い巨大なけむくじゃらの頭が俺のことを見下ろして立っていた。思わず腰が抜けて、座ったまま後ずさりをすると、寄せてくる波の先端が指先に触れ、これ以上逃げ場が残されていないことを知る。幸い、けむくじゃらに害意は感じられない。真っ黒な足が四本、砂浜に窪みを作っている。浜辺にこんな大きな四足歩行動物が立っている状況がまず不自然極まりないことはさておき、ひとまずそれが何某かの生き物の類であることは判明した。いや、何某かとぼかす必要もないのだろう。すでに俺の頭には、ある動物の名前が強い断定の終止形を伴って浮上していた。水平線のはるか彼方のキプロスから連れてこられた黒山羊たちは、主人の帰りを待ち続けているに相違なかった。俺は告げるべきか迷った。お前たちの主人は二度とここに帰ってこられないのだと。彼女は世界から永遠に切り離された。時間の渦に切り裂かれ、かけらも残さず消えてしまった。お前たちの毛並みよりも、ずっとずっと暗い闇に、お前たちの主は飲み込まれたのだ。けれどヤギたちに言葉は通じない。セミクジラのように歪曲した口元を固く結び、穏やかな瞳で泰然と海の彼方を見つめている。真っ黒な毛に広がり始めた黄金の輝きは、海の果てからのぼり来る朝日を受けてのものだった。海面に起こる白波は幾頭もの幼いグラビヤギとなって鈍色の草原を駆け巡る。その瞬間を僕らは何度も同じように繰り返し眺めてた。重ね合わされた視線が束となってより合わされ、光沢のある銅線に変わっても僕は魚を(魚?)見飽きることはなかった。言い換えればもはや視覚による認識は意味をなさなかった。概念の強度はとうとう実態を超越し、頑丈に鍛えられた地軸/銅線の先端でグルグルグルグル回転する星々が地上に射出する光線の一つ一つが銅鉱の矢尻となった。トランペットの音は水仙のように開かれた管の延長線上に伸び続ける信号線に置換され、あらゆるものが筋によって分断された。視覚も聴覚も直線の筋に覆われ、人を人として捉えず、光を光として捉えず、音を音として捉えることができなくなった僕らは、あらゆる物理的な運動を決定した筋と筋の交点としてのみ認識するようになった。五感が停止した以上、信じられるのは体の中で起こる反応だけだった。胃腸を壊せば腹痛が起きるし、陰茎を擦れば快楽物質が分泌される。僕は試しに手のひらを股間に伸ばす。だがそこに肉の感触はなかった。手を動かしても触れるのは欠落を示すぬるい空気の塊ばかり。やられた、と僕はため息をつく。きっと電車で眠っている間に、誰かがこっそり僕の陰茎を盗んでいったのだ。これで僕は、死ぬまで女の子とセックスできる見込みを失った。万年床のシミと化すまで、この肉体は一度もセックスを経験しないまま焼滅する。そう思うと自嘲とも、憑き物が落ちたようだとも評せるような不思議な笑いが腹から込み上げてきて、それは勝利の笑いなのだと納得した。考えたらあの子との関係性だってあんなものさえ生えていなければ変な進展を期待することもなかったのだ。今の僕がたとえどんな性別を名乗ろうと勝手だけれど、僕の性別に客観的な裏付けはどこにもない。男性の立場に甘えて生きてきた僕が突然男から降りたってなんだか嘘くさいし、今からあの子と女友達のような接し方に切り替えるってのも無理な相談だ。僕はこの無属性の身体をいかに生きていくべきか、誰かの説明に寄りかかることなく探り当てていかなければいけない。だって僕は保証書を与えられたロボットではないのだから。
「辛抱なさい。どうせ短い旅路です。」
(唐突に破壊される一次元プラレール(その唯一の乗客は)かわいそうに!(遊園地だと思った)あるいは、