数値のむこう側へ
お久しぶりです!医療WEBライターの富永ユメです。
前の記事ではご挨拶と自己紹介を兼ねて、医療WEBライターとして活動するに至った理由を少しお伝えしました。
今回はそのことについて物語チックに、徒然なるままに書いていこうと思います。
富永ユメ、初エッセイです!笑
プロローグ:心の奥の熱いもの
「Thank you for your prompt reply...」
オフィスの窓から差し込む夕日を眺めながら、私は今日も英文メールを書き続けていた。グローバル企業で働き始めて3年目。華やかなオフィス、海外とのやり取り、英語や中国語を活かせるこの仕事に、それなりにやりがいを感じていた。
でも、心のどこかで、ずっともやもやしている自分がいた。
メールの文面を見つめながら、ふと気づく。私は誰かに何かを「伝えたい」と思っていた。でも、それはビジネスの話でも、商品の説明でもない。もっと、その人の人生に寄り添えるような。もっと、誰かの生きる力になれるような。
「本当に伝えたいことって、なんだろう」
その問いは、日に日に大きくなっていった。周りからは羨ましがられる仕事なのに、どこか満たされない。心の奥に、ぽっかりと穴が空いているような感覚。
私は、誰かの人生に、もっと深く関われる仕事がしたかった。
第1章:父の闘病、母の献身
人生は、一本の電話で大きく変わることがある。
「おとう、大腸がんかもしれない」
電話越しの母の声は、震えていた。発見は偶然だった。健康診断での便潜血検査が陽性となり、精密検査を受けると決まったときの電話だった。
それはその後される告知よりも、私たちに大きなダメージを残していた。この日から、私たち家族の日常が大きく変わっていった。
そして精密検査の結果が出た。はっきりと、「大腸癌ステージⅣ、肝臓に転移あり」と、伝えられたのであった。
その後の母の変化には、目を見張るものがあった。毎日の付き添いに加え、良い病院や医師、治療法を探し続ける日々。検査のたびに渡される結果を、母はひとつひとつ丁寧にノートに記録していた。
「手術のあと、やっとCRPが下がってきた」
母が見せてくれる検査データの数々。私は初めて気づいた。この無機質な数字のひとつひとつが、父の命の状態を映し出しているのだと。
第2章:決断の瞬間
母が持って帰ってくる検査データの束。CRPや白血球数、ヘモグロビンの値、CEAやCA19-9といった腫瘍マーカー。それらは父の体内で起きている変化を、正確に教えてくれる羅針盤のようだった。
「おかあ、この数値ってどういう意味なの?」
「この値が基準値に近づくほど、おとうの体が良くなっているってこと」
母の説明を聞きながら、私は深く考えさせられた。医療を支えているのは、目の前の医師や看護師だけではない。見えないところで、こうした大切な情報を提供している専門家たちがいる。
そしてふと気づいた。自分もその一員となって、誰かの命を支えたい。そしてその経験や知識を、誰かに伝えたい。その思いは、日に日に強くなっていった。
第3章:新たな挑戦の日々
会社を辞め、臨床検査の専門学校に入学した。
自分自身を奮い立たせるためにも、甘えられない環境を自ら作り出すためにも、私は身内も知り合いもいない北の大地へ飛び込んだ。
あとから考えれば、突拍子もない挑戦だった。
「おいしいもの、たくさん食べてこい」
抗がん剤治療の合間に、父がそう言ってくれた言葉が、私には最大のエールに聞こえた。
血液検査や生化学検査、生理検査の実習。難しい専門用語や複雑な手順の数々。でも、父の検査データを見てきた経験が、すべての学びをリアルなものにしてくれた。それぞれの検査値が持つ意味を、身をもって体験し、理解していたからだ。
第4章:試練と成長
勉強の日々は決して楽ではなかった。
文系出身の私にとって、専門的な化学や生物の知識を身につけることは、想像以上に困難だった。実習でのピペット操作や機器の扱いも、最初は悪戦苦闘。
しかし、母と父のがんとの闘いを間近で見てきた経験が、すべての学びに意味を与えてくれた。検体を扱うたびに、その向こうにある患者さんの姿を思い浮かべることができた。
エピローグ:出発
3年間の学びを経て、臨床検査技師の国家試験に合格。今、私は病院の検査室で働いている。
父は見事に寛解を迎え、今も元気に過ごしている。定期検査の度に、「あいつもこうやって、優しく声をかけて検査をしてくれるのかなあ」と、検査技師になった私に思いを馳せるのだという。
検体を扱いながら、いつも思う。この向こうには、懸命に闘病する患者さんとその家族がいる。母のように、一喜一憂しながら検査結果を待つ人がいる。
だからこそ、ひとつひとつの検査に、私は魂を込める。時には、がんの早期発見につながる検査データとの出会いもある。父のように、ステージが進んでしまう前に、早期発見で救われる命があると信じて。
数値の向こうにある「命」と、それを支える「愛」を見つめ続けることが、今の私の使命となっている。
fin.
あとがき
人生の転機は、時として予期せぬ形でやってくる。苦しい経験の中にこそ、新たな道が開かれることがある。
私は心底過去の自分に感謝している。心の中にある小さな声に耳を傾けてみたこと、無視をせず一歩踏み出したことを。
その一歩が、誰かの人生を支える大きな力となるかもしれない。そう信じて、今日も私は検査結果と向き合いながら、こうして綴っている。
contact
富永ユメ
https://x.com/YumeTommyMT
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